第百三十九話 不穏な気配
ケーネさんに治療してもらってから一週間、俺はずっと安静にしていた。とはいえ何もしないというのも暇なので授業後は亜人族の様子を見に行ったり、コータと一緒に異世界について記述がされた本がある禁書庫へと足を運んだ。いつぞやの王様からの報酬でコータには閲覧許可が降りているが、俺にはないので入っても良いのか疑問だったがこれまでの功績で閲覧許可が降りたので今日まで手伝いをしていたのだ。
「で何かわかった?」
「いや、全然。そもそも俺には異世界の文字の部分は何を書いてあるかわからないからね。」
「じゃあ何で行ったの?」
「最初の方は異世界の文字が書いてあるんだけど途中からこっちの文字に変わるんだよ。重大なことはどこに書いてあるかわからないしコータ一人で見るのは大変だろ?だから手伝えないかと思ってさ。」
「なるほどそういうことね。」
アリアにコータを手伝った経緯を説明する。《迷い人》つまり転生者は最初の方こそ前の世界のことを覚えているがその殆どが成長と共に忘れてしまう。コータは俺達《勇者》の近くにいたからこそ覚醒することができ、記憶があるという例外なのだ。しかし日記が残っているということは何か役に立つ情報が残っているかもしれないと考えたので隅々まで漏らさないように手伝いに行ったのだ。
「とはいえ最初の方は帰りたいって感じの内容だけど、徐々に自分で書いた文字が読めなくなるせいか振り返りもしてないし普通の日記になっちゃうんだよね。他の国や時代のことがわかるのはありがたいんだけど、《魔王》や魔族に関する有力な手がかりは残念ながら今の所ないよ。」
「うーん。獣人族に魔族が貸したっていう異世界の衣服についてわかればよかったのにね。」
「そういえばシャーロットの方はどうなったかな?」
「それが最近連絡取れないんだよね。」
「まあお姫様だし忙しいのは当然じゃないの?」
忘れてはいけないがシャーロットは《剣の勇者》である前にセルベスタ王国の第一王女様なのだ。今はセルベスタ王国を中心に各国協力体制を取っている。その音頭を取るために色々動いているのだろう。お姫様で思い出したが第一王子はどうなったんだろうか?カイラとトリップが職業体験で虐められたと聞いていたが…
「ここ3日くらい学園にも来てないんだよ。カルロスも…どうしちゃったんだろ。」
「そうなんだ。ちょっと心配だね。」
「何かに巻き込まれたら連絡はしてくると思うんだけど…。」
「とりあえず明日も学園に来なかったら城を訪ねてみようか。」
「そうだね。」
シャーロットだけじゃなくカルロスも3日間学園に来ていないとは少し心配だな。明日学園が終わった後に城に行くことにした。翌日、エレナと合流しいつも通り学園へと向かう俺達は少し雰囲気の違う街の様子に気がついた。
「なんかこんなに人少なかったっけ?」
「そう言われると…」
「たしかに人通りは少なく感じますね。」
朝は早いというほどでもないし、この時間ならぼちぼち冒険者や仕事に行く人の影をそこそこ見るのだがいつもより人が少ないように思う。今日は特別な何かがある日ではなかったはずだ。
「エレナはなんか知ってる?」
「いえ、特別何かあるわけではないはずです。」
「病気でも流行ってるとか?」
「それならマルクさんかユキさん、シロの誰かが教えてくれそうだけど…」
俺達はともかくあのマルクさん、ユキさん、シロが街で流行している病気を知らないということはないだろう。仮に何かの日であってもエレナも三人も知らないということはないだろう。何かが起きている…というのは考えすぎか。こんな日もたまにはあるだろう。
「そろそろ行かないと!」
「いくら二学年は真面目に通っているからといって遅刻はよくないですからね。」
「それは俺のことを言っているのかな?」
「さぁ、急ぎましょう。」
エレナにバカにされた様な気がするが…まあ遅刻がいけないことは事実だからな。急いで学園に向かわないと。教室に入るとジークの姿が見えた。ランマ達の付き添いをしてもらったお礼を言わなければ。
「ジークお帰り。」
「ユーリ君。ただいま。」
「悪いね、二人の面倒を見てもらって。」
「そんな面倒だなんて。僕も凄く良い物を見させてもらったよ。ムーバスさんやピルク君の鍛冶の腕は一級品だと思う。もし剣を作ってもらうなら僕も紹介してもらうよ。」
「それはよかった。もう俺が紹介しなくてもジークなら作ってもらえると思うけどね。」
ムーバスさんもピルクも誰相手でも剣を作ってくれるわけじゃない。もし本当に作りたくなければ俺が紹介したとて刀を打って貰えなかっただろうし、工房にも入れなかっただろう。コーデリアはともかくランマもジークも少なからずあの二人に認めてもらえたからそれぞれ目的を達成することができたのだ。
「そうかな?」
「うん、あの二人に認められたと思うから。」
「それならいいんだけど。」
「もうすぐ授業が始まりそうだからまた。」
俺は自分の席へと着く。そういえば以前学園長に頼んだ『詠唱魔法』の使い手の話はどうなっただろうか。今日授業が終わった後にでも訪ねてみようか。悪いことをしたわけではないのに自分から学園長室に行くのは少し抵抗がないわけではないがまあ仕方がない。そんなことを考えていると少し教室内がざわついていることに気づいた。
「うん?何かあった?」
「いや先生遅いなって。」
「たしかにもう時間は過ぎてるしな。」
教室がざわついていたのはこのクラスの担任であるリリス先生が時間が過ぎているのに来ていないからであった。まあ多少遅れたりするくらいはあり得ないことではない。先生だって人間だし何かあったとて不思議ではないが、ただリリス先生は俺が出席した日では一度も遅刻をしたことはない。まあ学園に行ってない時のことはわからないいが少なくとも寝坊やら何やらで遅刻する様な人ではない。
「珍しいよね。」
「まあ体調不良とかかもよ?すぐに代わりの先生来るでしょ。」
トリップがそう言ったすぐ後に教室のドアが開いた。だがそこにいたのはリリス先生ではなく、初めて見る顔の男だった。俺は学園の全ての教師を把握しているわけではないからこの先生が誰なのかはわからないいが、代理の教師なのだろう。そしてその男は教室の前に立つと口を開いた。
「やあ、ここにいる皆は初めましてだと思う。私の名前はバーリットだ。」
「あのリリス先生は?」
カイラが皆の意見を代表して質問をする。すると男は肩を竦める。
「さぁ私にはわからない。」
「えっ?」
「悪いが私は代わりの教師なのではない。」
バーリットはそう言うと腰から何かを取り出すような動作をし、それをカイラに向ける。するとそこから爆音がしたと思ったときにはカイラの腕から血が流れていた。咄嗟のことでカイラの得意な『防御』も発動できなかったようだ。
「カイラ!」
「それと君達と話に来たわけでもない。」
バーリットが使用したのは恐らく銃というやつだろう。カルロスの使用していた《狙撃銃》という物より大分小さい。すると教室にリリス先生を抱えた男が入ってきた。頭から血を流して気絶しているようだが命に別状はなさそうだ。
「我々は君達を人質にするためにここに来たのだ。」
「人質だと?お前ら一体何者だ!」
「それを君達がしる必要はない。そこの女生徒の様になりたくなければ大人しくしていることだ。言っておくが魔法の発動を感じたらすぐに《弾丸》を打ち込むからな。」
さてどうする。恐らく向こうも魔法を感知できるのだろう、迂闊に動いてはカイラのようになってしまう。俺はともかくここにいる全員を守るのは難しい。飛び込んで一人は制圧できるだろうがもう一人も同時にとなると厳しい。せめて誰か一緒に飛び込んでくれればいいのだが。
(…リ。ユーリ!)
(この声はラインか!)
(よかったギリギリ届く距離みたいだ。)
ラインの能力《精神同調》という能力は複数の人間同士で『|念話テレパシー』を共有できるというものだ。しかし【王の領域】以降の鍛錬によって短い距離であれば『|念話テレパシー』を発動しなくても頭の中で会話できるようになっていたのだ。
(ライン!他に誰かに繋げられる?)
(ジークなら多分届くよ。)
(わかった、ジークに今から1分後に俺はバーリットに飛び込むからもう一人の男を魔法なしで抑えれるか聞いてくれ。)
(任せてくれ。)
このクラスの中で魔法無しで一番動けるのは恐らくジークだ。ラインの能力があったのも通じたのがジークなのも幸運だった。
(ユーリ、ジークに伝えたよ。任せてくれって。)
(助かった。ラインは俺達がしくじった時のために援護を頼む。)
(了解した。)
あとの皆にも連絡ができればよかったが仕方がない。それにこんな状況だと言うのに恐怖している者はいない。皆、【王の領域】の時には考えられないくらい成長している。そろそろ1分だ。
(3…2…1!今だ!)
俺とジークは飛び出しそれぞれの男の方へと向かっていく。バーリットは俺に銃を向けて《弾丸》を発射する。しかし俺はそれを回避し銃を握っている手をへし折り、背中に回り首を締め落とした。ジークの方に目を向けるとジークもリリス先生を運んできた男を地面にねじ伏せていたのだった。
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