第百三十四話 目覚めの時
《剣の勇者》の魔力を引き出している状態で《聖剣クラレント》をただの魔法で作った風の剣で受け止められたことにユーリは驚いたが、すぐに気持ちを切り替えて攻撃を続けた。
「『剣神の一閃』!」
「『悪魔の風斬』」
お互いの剣がぶつかり合う。厳密に言うならぶつかっている訳ではなく、ユーリは目に見えない壁にぶつけているような感覚だった。ワンダーの剣技自体はそこまで高くない、ユーリの方が押しておりワンダーの身体には徐々に傷が付き始めていた。
「うぉぉぉ!!!」
「ぐっ!いいぞ!」
ワンダーは自分の方が押されているのにこの状況を楽しんでいるように笑っていた。確実に魔力も減ってきているし、こちらの方が優勢だとは思うがなぜ笑えるのかユーリにはわからなかった。
「何を笑っている!」
「これが我の望んでいた戦いだ!『悪魔の風斬』」
「『剣神の連閃』!『剣神の連閃』!『剣神の連閃』!」
「フッ!」
『剣神の連閃』でダメージを連続で与え続け、ワンダーの風の剣はとうとう《聖剣クラレント》を魔力の風で押し返すことができなくなり剣同士が触れる。すると簡単に風の剣は砕かれた。ワンダーは特に動揺などはしておらず当然といった顔をしていた。しかしユーリはこのチャンスを逃すことはしなかった。
「『聖剣・剣神の連閃』!」
《聖剣クラレント》による最大の攻撃。ワンダーの身体は3つに斬られ、肩から上の部分以外は消し飛んだ。それと同時に俺も《剣の勇者》の魔力が切れその場に膝をつく。まだ《剣の勇者》の魔力は残っているはずだがさすがに3連続で《勇者》の魔力を扱うことに限界が来たのか元の姿に戻ってしまったのだった。
「はぁ…はぁ…。」
「見事だ。」
「これでやっと…。」
ワンダーの姿を見ると回復もしていない。やっと、やっと倒すことができたのだ。だが何かがおかしいとユーリは感じていた。ワンダーの身体は回復していない、だが魔力は感じる。今まで倒してきた魔族は倒した後はすぐに魔力がなくなり消滅していた。それに気付くのが遅かった、ユーリはワンダーから放たれた強力な風に吹き飛ばされた。
「くっ!まさか!?」
「よもやこの魔法を使うことになるとはな。」
俺は少し放たれたところまで吹き飛ばされた。ワンダーの身体は消滅したままだが感じる魔力はどんどん大きくそして荒々しく感じた。
「『悪魔解放・パズズ』」
ワンダーが魔法を発動すると消滅していた身体は一瞬で回復した。周りの空気は荒々しく吹き、上手く呼吸ができない。地面に立っているだけでも吹き飛ばされてしまいそうだ。ワンダーの方に目を向けると元の姿よりも一回り大きくなり角が伸び、背中からは黒い翼が生えていた。今まで戦った魔族よりも魔物に近い印象を受けた。
「な、何なんだ。その姿は…。」
「これが我ら魔族が内なる悪魔を解放した真の姿。この姿を人間族に見せるのは貴様が初めてだ。」
「なんて魔力だ。」
俺はなんとかワンダーに受け答えをするが内心焦っていた。今のワンダーの姿や魔力からほとんど最初に会った状態、いやむしろそれ以上である。対して俺は《勇者》の魔力を全て使い切っており、残るは素の状態での魔力しかない。それですら全快ではなく、ダメージを負っている状態だ。
「だが…」
「な…!?」
「フンッッッ!!!」
「がっ!」
ワンダーは俺の視界から一瞬で消え気づいたときには真横に移動していた。そしてこちらに向かって拳を突き出す。俺は咄嗟に《聖剣クラレント》を身体と拳の間に挟み込み直撃を避けるが、吹き飛ばされる。この辺り一帯にワンダーの魔力のせいか風が吹き荒れておりそれも相まってかなり遠くまで吹き飛ばされた。
「間に《聖剣》を挟んだのに躊躇ない攻撃だった…。ダメージは無視か…ぐっ…。」
ワンダーは翼で上空を飛行しながらこちらまでやってくる。拳は《聖剣クラレント》に触れたことで煙が出ているがすぐに消えダメージは回復している。
「やはりその《聖剣》は厄介だな。『悪魔の風球』」
「がぁぁぁ!!!」
ワンダーは俺の聖剣を握る腕に向かって魔法を放つ。回避することができず俺は《聖剣》を手放してしまい、少し離れた所に飛んでしまった。
「しまった!」
「これでもう動けまい。」
「ぐわぁぁぁ!!!」
俺はワンダーに両足を踏みつけられ足の骨を折られる。痛みで意識が飛びそうだ、早く『治療魔法』で回復しなければ…しかし、上手く魔力を扱うことができず、『治療魔法』を使用することができない。
「この辺り一帯の風はすでに我の魔力で変化している。吸い込むだけで魔力操作が困難になる、いうなれば毒のようなものだ。」
「ぐっ…。」
通りで先程から上手く魔力を扱えないはずだ。これでは回復や攻撃もできない。
「直にお前は死ぬ、その前に当初の目的を果たすことにしよう。」
「当初の目的…だと…?」
「獣人族の始末だ。元々奴らは任務の成否に限らず殺す予定だった。」
「まさか…オルロス国の反人間族派の連中を…けしかけたのは魔族なのか?」
「ああ、その通りだ。人間族と潰し合ってくれれば良いと随分昔から工作はしていたようだ。」
俺の考えていたことは的中していたようだ。やはり魔族が裏で手を引いていたようだ。だがワンダーの口ぶりから察するに工作をしていたのはワンダーではないのだろう。だが《序列》魔族が使われるような存在といえば四天王なんだろうか。
「ある物が影響を与える実験も兼ねているがな。」
「実験だと?」
「少し喋りすぎたな。さらばだ《勇者》よ。」
ワンダーが羽を羽ばたかせた瞬間、何かがその黒い羽を貫いた。それは砂漠から伸びる砂の槍であった。
「これは…。」
「誰だ…?」
「ジェマ…どうしてここへ!?」
俺が顔を横に傾けると視線の先にはジェマが立っていた。砂を操りワンダーの羽を貫いたのはジェマだったのだ。
「小娘が何をしに来た。」
「そこで転がってる男に借りがあるからな。死んでもらっちゃ困るんだ。」
そういうジェマの声は震えていた。無理もない、ジェマは初めて魔族と相対している。しかも相手は俺でも勝てないような今まで戦った《序列》魔族の中で最も強いワンダーである。魔法を当てただけでも大したものである。
「逃げろ…ジェマ…。」
「面白い少し相手をしてやろう。」
「来い!」
ワンダーはジェマの方へと向かっていく。ジェマは俺と戦った時のように砂の上を軽々と走り抜ける。スピードはあるがワンダーが追いつけないほどではない。奴は手を抜いている、しかしチャンスだ。今のうちになんとか『治療魔法』で回復しておきたい。空気が毒だろうが魔力操作に集中しろと自分に言い聞かせる。
「『砂の刃』!」
「『悪魔の風槍』」
「きゃあ!」
ワンダーはわざとジェマの魔法を受けるがほとんどダメージはない。逆にワンダーの魔法はジェマを吹き飛ばした。
「この状況下でもそれだけ動けるとは大した物だ。」
「アタシが得意なフィールドなんでね。」
「ふむ。中々いい能力を持っているようだ。」
「あいにくアタシは能力がわかってなくてね。」
「そうか、それは残念だ。」
ワンダーは足元のジェマに向けて魔法を放とうとする。ジェマには死ぬ覚悟ができていた、それは皆とオルロス国を出たときから…いや両親が死んだあの日から。
(覚悟はできている。でも今ここで死んだら皆があいつが死んでしまう!)
「何だこれは!」
ジェマの身体から魔力が溢れ出ていた。それは紛れもなく《勇者》の力。
「《大地の勇者》、これが私の能力。私の…力!」
「フハハハ!いい、良いぞ!本当にお前達は面白い!」
今自分の目の前で《勇者》が覚醒したことをワンダーは歓喜していた。これなのだ、戦いの中で成長をする人間族。これこそがワンダーの求めていた最高の殺し合いなのだと。
「それが人間族ってやつさ。」
「ユーリ!」
「そうだな、そうこなくては。」
ワンダーは驚かなかった。以前も確実に目の前で殺したはずなのにこうして目の前に現れた男だ。むしろあれくらいで死なれたら困る。
「決着を着けるとしよう。」
「ああ!」
「アタシも!」
「来い!伝説の《勇者》達よ!」
ユーリとジェマはワンダーとの最後の戦いに挑むのであった。夜明けはもうすぐ側まで来ている。
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