第百二十九話 隠された事実
ジェマは自分が実は人間族であったということを聞いて混乱していた。
「あ、アタシが…人間族だったなんて…。」
「今まで隠してて済まなかった。儂がお前を拾った時の話をしよう。お主らも聞いててくれ。」
「はい。」
「10年前から儂はオルロス国と人間族との外交に勤めておった。その中にはオルロス国近辺に住居を構える人間族もおった。時々セルベスタ王国の騎士団が訪れて近況を報告しておった。」
「俺の父はその仕事の延長でオルロスに行っていたんだな。」
そして長老はジェマを拾った時の話をし始めた。どうやら人間族と獣人族の交流を図る仕事は随分と前からやっていたようだ。ディランもイヴァンさんがオルロスに行っていた謎が解けたようだ。騎士団としてオルロス国周辺に住む人の様子を見に行っていたということなのだろう。10年前といえばまだ今のように騎士団が別れていなかった可能性もあるから担当をしていても不思議ではない。現在はそのまま宮廷魔道士団の管轄というのも納得はできる。宮廷魔道士団は外部との外交も仕事のはずだからな。
「じゃがある時、オルロス国近辺に住む人間族達が殺されるという事件が起きた。犯人はすぐに捕まったのじゃが…その事件を引き起こしたのは獣人族なのじゃ。」
「獣人族が…」
「人間族を殺しただって…?」
「だけど変ですね。そんな事件であればもっと話題になってもおかしくないと思うのですが…。」
「セルベスタ王国の国王はこの事件をなかったことにしたのじゃ。それはオルロス国にとってありがたい申し出じゃった、2つの国の間に亀裂ができるよりもセルベスタ王は和平を望んでくれたのじゃ。だからこそセルベスタ王国には多くの亜人族が今も暮らせているのじゃ。」
なるほどな。セルベスタ王国はオルロス国から遠く離れているものの多くの亜人族が暮らしている。それに差別意識も少ないのはこういう努力の背景があったからなんだな。シャーロットもそういう方面で日々努力していると聞く。10年前とはいえこんな事件があれば両種族の溝は深まっていたことだろう。
「じゃがその時殺された人間族にも唯一の生き残りが居た、それがジェマなのじゃ。」
「アタシは捨て子じゃなくて拾い子だったってことか…。」
「ジェマ、今まで黙っていて本当に済まなかった。」
そう言って長老はジェマに謝罪をする。ジェマは怒りや悲しみといった複雑な表情をしている。それもそうだろうこんなことを言われてすぐに受け入れられる方が難しいだろう。俺は重苦しい空気を少しでも緩和させるために話題を変える。
「長老、先程の『仮装』という魔法は一体何なんですか?」
「『仮装』という魔法は対象になった物や人の認識をずらす魔法じゃ。」
「認識をずらす?」
「そうじゃ。それがこの『仮装』という魔法なんじゃ。やろうと思えばお主にこの砂漠も草原に見せることも湖に見せることもできる。」
俺は今までジェマにかけていたと思われる魔法がどんな魔法なのかを長老に尋ねる。『仮装』という魔法は対象になった物や人の認識をずらす魔法らしいが、そんなこと本当にできるのだろうか?砂漠を草原や湖だって?流石に無理があるように思える。
「流石にそれは難しいように思えますが…」
「やるだけならできるのじゃ、じゃがすぐにバレてしまう。それはどうしても質感や匂いといった感覚を誤魔化すことは出来ないからじゃ。この魔法の弱点とも言えるな。」
「つまり俺に『仮装』でこの砂漠を草原に見えるように認識をずらすことはできても、俺が砂漠に手を触れてしまえばそこにあるのは砂とわかってしまう。そうすれば魔法の効力は失われるということですね。」
「そういうことじゃ。『仮装』を解く方法はその認識のずれに気付かれるか、再び『仮装』を解かれるかの2つじゃ。」
使い方によっては非常に強力にもなりそうだが、かなり使用する場面を選びそうな魔法だな。ジェマに『仮装』を発動して耳や尻尾が消えたということは、ジェマ自身の何かを認識をずらしていたということなのだろう。
「ということはジェマに自分は人間族ではなく、獣人族だと認識をずらしていたってこと?」
「それなら耳とか尻尾の違和感で気付くんじゃないか?」
「そもそも耳や尻尾はどうしてあったんだろう?」
「ジェマは儂が拾ったときにはすでに魔法を使えたようでな。そして儂の姿を見るなり耳と尻尾を自ら魔法で再現しておったのじゃ。そこで儂は『仮装』でジェマの認識を耳や尻尾があることを当たり前と思うように認識をずらしたのじゃ。そうすればジェマ自身、耳と尻尾があること自体に違和感がなくなると考えてな。幸いこの子の魔力の回復速度は凄まじく耳と尻尾を常時再現し続けることは容易じゃったのでな。本人も違和感がなかったのじゃろう。」
なるほど耳や尻尾があれば勝手に周囲は獣人族と思い込むし、疑われることはない。ジェマ自身も自分は獣人族と本当に心の底から思うことが出来ただろう。自身で耳や尻尾が再現できるのも異常な魔力の回復の速さがあってのことだろう。
「どうして…どうしてそんなこと…。」
「それは多分君を守るためじゃないかな?」
「アタシを守るため?」
「そんな事件があった後に人間族の子供が獣人族と一緒にいたら間違いなく殺されてる。生き残ったって復讐されるかもしれないし、せっかく国王が見逃したんだまた事件が起こってはそれこそ両国、いや亜人族と人間族の仲はもっと悪くなる。」
獣人族が人間族を殺した理由は長年の確執による物が原因だろうが、そんな事件の生き残りとわかればまた両族の溝は深くなる。ジェマが両親を殺された恨みから復讐する可能性だって考えられる。そのために長老はジェマを隠すことにしたのだろう。だがそれはジェマにとって本当に良いことなのだろうか。傍から見れば獣人族側の我儘とも取れる。
「だけどある程度成長した時点でジェマを預ければよかったとは思う。実際イヴァンさんは何度かオルロスにa足を運んでいるようだし。事情を話せば預かってもらえたと思う。」
「それは儂の我儘のせいじゃ。この子と過ごす内に本当の我が子の様に思うようになってしまった。じゃから儂は恨まれても仕方がない。」
「アタシは…アタシは…くっ!」
ジェマは耐えきれなくなったのか、逃げるようにして走り去っていった。俺は追いかけようとするが、エレナに止められる。そうだな、気軽に彼女の気持ちをわかるとはいえない。今はそっとしておくべきなのだろう。
「皆、本当に助かったのじゃ。今日はもう遅い、ここでゆっくり休んでいってくれて構わない、何かあれば遠慮なくいってくれ。すぐに用意させるのじゃ。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
「ちょっといいか。休む前に使まえた奴らの尋問をしないか?」
「僕も賛成だ。追手が彼らだけだとは限らないからね。」
「そうだね。聞いてみよう、素直に話してくれると楽だけど。」
ディランの提案に賛成した俺達は先程捕まえた獣人族達の元へと向かい、今回の襲撃の経緯を聞くことにした。
「とんだガキどもを相手にしちまったらしいな。あんな規模の魔法久しぶりに見たぜ。」
「それはどうもありがとう。」
「あなた達は何のためにこの亜人族の集落を襲いに来た?」
「依頼されたからだよ。獣人族の人間族交流反対派のやつらにな。詳しいことは知らないが、個々の連中を一人残らず処分するのが目的らしいぜ。」
「聞いといてなんだけど、そんなペラペラ喋っていいのか?」
「ふん、どうせ任務を失敗したからな。喋ろうが喋らなかろうが処分は免れないさ。」
思いの外、素直に色々喋ってくれたので色々聞くことが出来た。この獣人族の部隊は人間族交流反対派に依頼されているだけで結局のところ詳しいことは知らされていないしわからないということである。
「他の襲撃者達はいるのか?」
「さぁな。俺達にはわからねぇが、失敗したとわかればまた依頼されるんじゃないか?」
「まあそうだろうな。」
「それで俺達の処分はどうなる?殺すのか?」
「目的が殺しだとはいえ、未遂に終わったわけだからな。処刑はされないさ。」
「人間族は…いや、この国は甘いな。だが悪くはない、恩に着る。」
獣人族のお頭はそう言って少し笑った。彼らにしてみれば任務は失敗してしまった、オルロス国に大人しく帰っても処分されるだけなのだろう。それであればこのまま大人しくセルベスタ王国で捕まる方が命まで取られることはない。国によって文化は違うセルベスタの甘さにお頭は笑ってしまったのだろう。
「何はともあれこれで一件落着かな。」
「今は一体何時だろう?」
「だんだん明るくなってきたし、もう朝を待つ方が早いかもね。」
「そうだね。なんだか目が冷めてきちゃったよ。」
日が昇りつつあるようで辺りはまだ少し暗いもののそろそろ夜が明けそうである。目も覚めてきたし、このまま起きていてもいいかなと思っていた時。
「なんだこの魔力!」
「こ、これは…!」
「まさか!?」
突如、暗さが残る空の上から圧倒的な押しつぶされるような魔力を3つ感じた。その中でも一際強い魔力、俺はこの魔力に覚えがあった。大和国で唯一《勇者》である俺を殺した魔族。
「ワンダァァァァァ!!!!!」
「久しいなユーリ・ヴィオレット。やはり生きていたようだな。」
薄暗い空でわかりにくいが、黒い穴が出現し、そこから現れた三人の魔族は魔王軍《序列七位》“風塵”のワンダー、《序列八位》“万電”のボルナそして見知らぬ小柄な魔族だった。夜はまだ明けない。




