第百二十六話 力試し
俺は先程からずっと離れた所でこちらを眺めている女の子のことが気になっていた。あの子もこっちに来て皆と仲良くすればいいのに。そんな俺の視線に気付いてか長老が話しかけてきた。
「すまんのぉ。あの子は人一倍警戒心が強い子じゃから。」
「いえ、構いませんよ。急に俺達みたいなのが来たら怪しまれるのも無理はありません。あの子名前は何ていうんですか?」
「ジェマという名じゃ。あの子は捨て子でな、儂が親代わりに育ててきたせいかあまり人と関わろうとしないんじゃ。。」
「そうなんですか。最初に土の塊を飛ばしたのは彼女ですよね?」
「そうじゃ。この集落を守る任に着いておる。」
最初に俺達を襲ってきた獣人族の女の子はジェマというらしい。年は俺達より上だろう、体も大きいしディランと同じくらいの背の高さはある。体型だけ見れば大人の女性だが、その顔にはまだ少しあどけなさが残っている。俺はそんなジェマの方に向かっていく。
「君ジェマっていうんだね。俺はユーリ、よろしく。」
「………。」
印象があまり良くないようで完全に無視をされている。しかしここで諦めるほど俺はやわではないのだ。
「ジェマは皆の所に行かないの?」
「…アタシはいい。」
「どうして?」
「あんた達が敵じゃないとわかったから。アタシは皆の守るのが仕事だ。」
少しツンとした態度ではあるが、少しづつ会話をしてくれるようになった。ジェマはここの集落の皆を守ってるという責任感が強いようだ。
「最初に土の塊を飛ばしてきたのはジェマだよね?見た所、ここの集落には魔法を使えそうなタイプは君しかいないみたいだけど…あの魔法は誰に教えてもらったの?」
「自分で勝手に覚えた。アタシは近接戦の方が得意だから、アンタには片手で弾かれたけど。」
この集落では魔力を持っている亜人族は複数いるが、武器の有無や魔力から察するにそこまで強い魔法使いはいない。恐らく剣士や戦士系にような近接戦闘型の方が多いのだろう。しかし最初に魔法で俺に攻撃を仕掛けてきた人物がいるはずだ。それは今目の前にいるジェマなのだがどうやって魔法を覚えたのか疑問だった。大方本でも拾って読んだのかとお推測していたが、自分で勝手に覚えたらしい。
「失礼じゃなければ、ジェマは何の能力なのか教えてくれないか?」
「いいよ。ただし、条件がある。アタシと戦って勝ったらだ。」
先程の魔法を片手で弾いいたことを気にしてるのだろうか、自分と戦えとジェマは提案してきた。そうすれば何の能力なのか教えてくれるらしい。喋りたくないならそれでもよかったのだが…近接戦の方が得意というくらいだからよほど自信があるのだろう。ここは一つ戦ってみることにしよう、そうすれば何の能力なのかもわかるかもしれない。
「わかった。その勝負受けることにするよ。」
「付いてきてくれ。」
俺はジェマの後を付いていく。途中こちらを見ている皆の視線に気付いたが俺は手で大丈夫だと合図を送り、そのままジェマに連れられる。付いた先は結界の端っこで住居がないただの砂漠だった。ここなら周りを気にせず思い切りやっても大丈夫だろう。
「武器はなし、それ以外は何でもありでいいか?」
近接が得意なのに武器はなしなのか。まあ安全に考慮してということだろう。どんな条件でも俺は構わない。
「うん。それでいいよ。」
「それじゃあ…行くぞ!」
「来い!」
ジェマは俺の方に真っ直ぐ向かってくる。砂漠の上にも関わらずジェマの足取りは軽い。魔法を使っているのかそれとも技術的なものだろうか?ここはレシア砂漠の中にある結界という特殊な状況のせいか細かい魔力が感じにくく、ジェマが何をしているのかが判別できない。『罠魔法』を使うなら砂漠が一番強いかも知れないな…おっとそんなこと考えている内にもうジェマは目の前に迫っている。
「『砂の爪』!」
「『身体強化・三重』!!!」
ジェマは俺の目の前で止まったかと思うとその勢いで砂埃を巻き上げた。そして『砂の爪』で俺を切りつけようとしてきた。なるほど砂埃で『砂の爪』を隠し、避けれないようにしたのだ。どうやら対人戦もやり慣れているように感じる。俺は『身体強化』で飛び上がりそれを回避した。
「中々やるな。」
「まだまだこんなもんじゃない!『砂嵐』!」
「くっ!何だこれ!」
空中にいる俺に向かって『砂嵐』という魔法を放った。どうやら砂で竜巻の様な物を発生させる魔法のようで中に囚われた人を細かい砂で傷つける魔法のようだ。これは土魔法と風魔法の『合体魔法』でもおかしくないと思う。一体ジェマはどんな能力者なんだろうか、俄然興味が湧いてきた。
「『水の壁・四重』!!!!」
「空中でアタシの魔法を弾いた!?」
「ふぅ…今のはかなりいい魔法だったね。これも独学で身につけた魔法なのかい?」
「そういうのも勝ってからしか答えないよ!」
「そうだね。今は戦いに集中するよ!」
俺は再びその場で構える。下手に動いてもジェマにように砂漠の上を素早くは動けない。それならば迎え撃つ方がいいと判断したのだ。
「『砂の波』!」
「そんなんありか!『水の壁・三重』!!!」
ジェマは俺が動かないと見るやいなや砂漠の砂を大量に巻き上げ、押しつぶす魔法を発動してきた。それを俺は正面から受け止める。水の圧力が強ければ砂が突破してくることはないだろう。しかし先程からジェマは大きな魔法を多用しているが魔力は尽きないのだろうか?それともやけになって無理やり発動しているのだろうか、それにしたってそうできることではないのだが。どちらにせよそろそろ決着を付けなければいけないな。
「これで決める!『砂の雨』!」
ジェマは砂を空に巻き上げると、空中で固まった砂は弾丸の様に降ってきた。
「『陽炎』!これで終わりだよ!」
「アタシの…負けだ…。」
だが俺はすでにそこにはおらずジェマが見ているのは『陽炎』によって出来た残像であった。そして背後に周り背中に手を当てる、これで決着となった。
「…アタシ、もう行くから。」
「あっ、ちょっと!…行っちゃった。」
ジェマは戦いが終わるとどこかに行ってしまった。追うのは辞めておいたほうがよさそうだ。戦いを見ていた皆が俺のところへと集まってくる。
「あの子、魔力量と使っている魔法のバランスおかしくない?」
「そうですね。魔力量はそんなに多くないように感じますが、かなり大きな魔法をインターバルがあるとはいえ連発していましたし。」
「本人は近接の方が得意だって言ってたけどね。」
「砂漠を軽々と走る動き、あながち間違いではないと思うがな。」
「たしかにあれはどうやっているんだろうね。僕も気になるよ。」
皆、先程の俺とジェマの戦いを見て同じ様なことを考えていたようだ。魔力の量に大して使っている魔法の規模が大きいとでも言うべきか。普通魔力は魔法を発動すれば減っていく、だから魔法を使う場面や規模というのは考えなければいけない。それに魔力の残量もある程度相手にわかってしまうからこそ、大きな魔法を発動すれば自分にもう魔力が残ってないということを悟られてしまうのだ。しかしジェマはどれだけ魔法を使ってもこちらが感じ取れる相対的な魔力量が変わっていないのだ。魔法を使っているのに魔力が減っていない。
「魔力が無尽蔵にあるとか?」
「そんなバカな。」
「でもあり得ないということはないと思いますよ。私達が知らないだけで。」
「あの子のことは儂から話そうかの。」
「長老。」
いつの間にか俺達の会話を聞いていたという長老がジェマの秘密について教えてくれるようだ。
「ジェマはな…普通に比べて魔力の回復速度が以上に早いんじゃ。」
「魔力の回復速度が早い?」
「皆もジェマの魔力総量自体はそこまで大きくないとわかっておるじゃろう。ジェマは環境にもよるが魔力をほぼ一瞬で前回にまで回復させることができる特異な体質のじゃ。おかげでこの結界の魔力は全てジェマが担っておるのじゃ。」
「つまり実質無尽蔵に魔法が発動できるわけか。」
「この結界を保ってるのはジェマだったんだ。」
「じゃがそれにも限界はある。それに体力も回復するわけではないからの。じゃから時々交代はしておる、それでも3日に1回くらいじゃ。」
俺はジェマの特異な体質を聞き驚いた。たしかにそれなら大きな魔法の連続使用にも納得がいく。だが魔力の総量以上の魔法は使えないだろうから現段階では『多重展開』などはできないだろう。しかしもっと魔力の総量が増えればとんでもない強さになるんじゃないだろうか?
「珍しい体質もあるものなんですね。」
「そうだね。聞いたこと無いよ。」
「ああ、それと聞きたいことが。元々この戦いは俺が勝ったらジェマの能力について聞こうと思ってたんですけど、当の本人がどこかに行ってしまって…。」
「そういうことじゃったか。ジェマも悪いのぉ、あの子の能力はわからないんじゃ。」
「わからない?《女神の天恵》はしてないんですか?」
「いや以前、儂らの事情を知っていて良くしてもらっている教会でやってもらったんじゃが…《判別不能》だったのじゃ。」
「《判別不能》ですか…。その後はそのままですか?」
「本人もわからないそうなんじゃが、このままでいいと言うのでな。教会にもそう伝えてそのままにしておるよ。」
ジェマは誰にも認知されていない《判別不能》の能力者であるということか。《判別不能》という点で言えば俺もそうだったし、シロも未だにわからないままだ。俺の場合は自分で把握できたが、シロとジェマは何か共通点があるだろうか…獣人だから?わからない。だが何か関係があると感じたのだった。
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