第百二十二話 砂漠の民
職業体験が終わったこともあり、《黒》クラスには全員の生徒が揃っていた。俺は皆と違い一週間よりも少し早く帰って来ていたから2、3日前に比べると随分賑やかになったように感じるな。そして俺もクラスの皆とそれぞれの職業体験について話していた。
「ジークはどこに職業体験行ってたんだ?」
「僕は鍛冶師の手伝いをしてきたよ。」
「そうなんだ。ジーク君が鍛冶師ってなんか以外かも。」
「昔から武器を作ることには興味があったからね。直接色々見て、学んで自分だけの剣を作りたいんだ。もっとも僕は《鍛冶師》の能力じゃないから誰かにお願いするしかないんだけど、知識がないのとあるのでは違うからね。」
「たしかにそうだね。」
ジークの言うことはとても共感できる。自分の武器は自分の命を預けることになる物だ、そんな武器を納得のいく物にしたいという考え方は当然のことだろう。ただそう簡単でもないのが厳しいところだ。《聖剣》とまでは言わなくとも名剣でなければ戦闘を重ねるとどうしても限界が来てしまう。それにそれなりの名剣であれば値段も跳ね上がる。だから冒険者も基本的には使い捨てるという考え方だし、騎士団の武器も自分の物を使えるが基本的には支給されるのだ。良い腕を持つ鍛冶師といい素材を手に入れる調達力、資金と色々な要素が必要なのである。
「ラライとロロイはどこに職業体験行ってたんだ?」
「私達は宿屋に行ってきたよ。」
「実家が宿屋だからねー。」
「こういったら悪いかもだけど実家じゃない宿屋に行く意味あるの?ラライとロロイの実家も王都にあるんだから結構お客さん来るだろうしもう慣れてるんじゃないかなって思ったけど…。」
「ちっちっち、甘いよユーリ君。」
ラライとロロイの実家である《双子星の宿》は王都の中でも上から数えた方が早いくらいには有名な宿屋らしい。元々料理人であった父親と実家が宿屋であった母親が結婚する際に王都に店を出したそうだ。冒険者だけでなく、貴族もお忍びで利用するくらい有名らしい。なんだか矛盾してる気がするが知る人ぞ知るというやつだろうか。俺は宿屋をあまり利用したことがないが、それだけいい宿であれば一度くらい利用してみたい。ちなみに《双子星の宿》という名前は最初夫婦二人で経営し始めたからその名前を付けただけで、双子が産まれたからというわけではないようだ。だからラライとロロイの二人が生まれた時には運命を感じたとか、本人達はこの話をしてくれた時に恥ずかしそうではあったが喜んでいた。
「私達今回は王都じゃなくてイシュカの宿まで行ってきたの。」
「イシュカというとレシア砂漠のか。何でまたイシュカに?」
「レシア砂漠の《迷宮》目当ての冒険者がたくさんいるでしょ?最近は大和国の人達も来るし、色々な文化に触れてみたかったの。職業体験は国内だけだから他の国の人と関わる機会が欲しかったんだよね。まあ実家を継ぐかどうかは決めてないけどね。」
「それに空いた時間は砂漠で修行もできるからね!」
「結構色々考えてるんだね。」
ラライやロロイは進むべき道をはっきりとは決めていないようだが、前に進んでいる。こないだのクラス対抗戦が良い方に働いているな。頑張った甲斐があるというと少し上から目線だろうか、だけど嬉しい。
「そういえば変な噂聞いたんだよね。」
「変な噂?」
「レシア砂漠に住む民族がいるって話。」
「砂漠の民って呼ばれてるんだって。」
「へぇ、でもあそこってたしか迷いやすいんじゃなかったっけ?」
「魔力を身体に纏えば大丈夫だよ、結構難しいけど。だけど住むってなると常に魔力を放出するってことなのかな。」
「さぁ、私達も噂を聞いただけだから詳しくはわからないんだ。」
以前にレシア砂漠に言った時は《迷宮》くらいしか行かなかったからよくわからないな。非常に興味深い仮に本当ならどうやって生活しているか気になる。何か強くなるヒントになるかもしれないし。そんな話で盛り上がっている中トリップは疲れたといった表情を見せてくる。まあそれは珍しいことではないが、隣りにいるカイラまでもが同じ様に疲れた顔をしているのだ。
「二人はどうだった?」
「どうだったじゃないよ!」
「落ちついて…トリップ君。」
怒れるトリップをジークが宥める。たしかにここまでトリップが怒っているのは珍しいし、気になる。一体二人はどこで何をしてきたんだろう。
「二人はどこに行ってたんだ?」
「私達は王都の衛兵として職業体験してきたの。」
「衛兵か…。」
たしか王都の衛兵は普通の街の衛兵と違い宮廷魔道士団の管轄になる。そしてその中身は引退した騎士団員や防御魔法に特化した者で構成されている。他の街に比べて王都の衛兵だけあって高い戦闘能力が求められる。引退した騎士団員といってもそこらの騎士団員よりも優秀であるのだ。
「酷いもんさ!最初は見学だけって言ってたのにあんなに訓練させられるなんて。」
「そうなんだ。衛兵がそこまで厳しい訓練すると思ってなかったよ。」
「私達が来てすぐに第一王子が来られてね。」
「第一王子?」
第一王子と言うとつまり王様の長男か。いやそんなことは当たり前なんだが、第一王子がいたということに正直驚いている。シャーロットは何も言っていなかったし、結構城にも訪れているが今まで一度も会ったこともない。いつも通り皆が知っていることを俺が知らないだけなのだろう。どうせ俺は田舎村育ちの世間知らずだからな。
「珍しいね。第一王子ってたしかずっと国を離れていたんじゃなかったかな。」
「あんまり表に出てこない人だから私も知らないや。」
「私も。それでその第一王子がどうしたって?」
「虐められたんだよ!私の部下に貧弱な奴はいらないとか言われてさ。」
「私達が職業体験に来たってわかったら開放してくれたんだけどね。」
「絶対に衛兵にはならないって決めたよ。」
なるほど、国を離れていたということなら会ったことないのも当然か。しかし私の部下ね…いくら衛兵が騎士団員と違うとはいえ宮廷魔道士団の管轄だ。そんな発言をして大丈夫なのだろうか。シャーロットもこのことは知っているだろうし、俺が考えることでもないか。
「まあまあ、それにしても二人ともどうして衛兵に?」
「私達の能力的に向いているかと思って一度見学をしておこうかなって。これでもトリップもシャーロット様のおかげでやる気を出してくれたのよ。」
「自信はないけど…でもやれることはやらないとって。」
「変わったなトリップ。良い方に。」
「そうかな?」
「ああ、怒っているのもなんだか新鮮だよ。」
「それはいいのかな…。」
ラライやロロイもそうだが一番変わったのはやはりトリップだろうな。せっかくやる気になったのにこの仕打は少し可哀想ではあるがそれはそれで学べることもあっただろう。時間もそろそろ遅くなってきたので俺達は解散した。砂漠の民か…なんか引っかかるんだよな。校門で待っていたアリアとエレナと合流し帰宅する。
「エレナは職業体験どうだった?」
「私は城にある図書館で司書をしてきました。」
「司書か。どうしてまた?」
「ただ待機しているのもあれだったので、異世界についての文献で何か新しい魔法のヒントが見つかるかと思いまして。」
「なるほどね。何かいいの見つかった?」
「全然ですね。コータにも手伝ってもらいましたが魔法についての記述はあまりありませんでしたから。」
そう言ってエレナは笑った。たしかコータの世界では魔法がないと言っていたからな。転生者の文献ではこの世界の魔法についての記述の方が多いのかも知れない。そこで俺はクラスで話題になった砂漠の民のことを思い出した。
「砂漠の民って知ってる?」
「急に何言ってるの?」
「いや今日クラスで少し話題になってさ。レシア砂漠に住む民族がいるって話なんだけど…。」
「レシア砂漠にですか。ですがあそこは魔力を少しだけ放出するという技術がないと迷ってしまいますよね?住み続けるとなると相当な魔力が必要になるかと思いますが…。」
「エレナもそう思うよね。」
魔力自体は休めば回復する。しかし放出しながら魔力を回復するということはできないはずだ。それをしているのだろうか、それとも何か別の方法でレシア砂漠の魔力を防いでるのだろうか?どちらにせよ少し興味があるなそれを知ることができれば強くなれるかも知れない。
「それでエレナの話と何の関係があるの?」
「レシア砂漠の環境を耐えることができる魔法か技術を学べれば強くなれるかもなって思っただけだよ。」
「一理あるかもしれません。せっかくですから今度の休みに行ってみますか?」
「そうだね。あっ、どうせならジンタさんの所に行ってみようよ。」
「砂竜の飼育をしてますから何か知っているかもしれませんね。」
こうして俺達は今度の休みに砂漠の民を探しにレシア砂漠に訪れることを決めるのであった。
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