第百十七話 暴走
それは俺がデリラと話しており、ほんの数秒目を話した隙に起こった。急激にナルガスの魔力が跳ね上がり、拘束を力で解いたのだ。そして気付いたときには俺の背中にボロボロの短剣が複数突き刺さっていた。
「ユーリ!」
「ぐっ!」
「…まだ終わるわけにはいかないんだ。」
俺達が振り返るとそこにはナルガスは血を流しながら、立ち上がっていた。傷は治っていない、すぐに立ち上がれるような状態じゃなかったはずだ。だがナルガスは立ち上がっているのだ、それにどこから短剣を出したんだろうか、魔法袋は俺がたしかに持っている。
「『部分強化・脚』!」
「『創造・剣』!」
「『創造』だって?」
先程までナルガスは一度も魔法を使っていなかった、いや魔法を使えないはずだった。にも関わらず不完全とはいえ『創造』を発動させた。しかも『創造』はそう簡単に使える魔法ではない、それに《鍛冶師》という能力と対極に位置する魔法だ。絶対に発動できないというわけではないだろうが軽くできる物でもないはずだ。
「くっ!僕が押しきれなかった。」
「ナルガス、一体何をしたんだ!?」
「もしもの時に備えて《制限失薬》を口の中に仕込んでおいた。」
「《制限失薬》ってたしか能力を極限まで引き出す代わりに使うと二度と能力が使えなくなるっていう薬だったよね?」
「そうだよ。前に魔族がヴェルス帝国に流していた薬だ。実際に使ってる人を見るのは初めてだけど。」
「魔族とヴェルス帝国との争いのドサクサで流れた物も多くてね、簡単に手に入ったよ。」
ナルガスは《制限失薬》によって《鍛冶師》の能力を無理やり引き上げた結果、本来使えないはずの『創造』が使えるようになったということだろう。だが出来た短剣はボロボロの剣で不完全な状態である。
「『創造』が使えるならもう魔法袋は必要ない。『創造・剣』!そして、『付与魔法・呪』!」
「自分で剣を作って“呪い”を付与か。」
「良い物は作れないが、ここを突破できれば何でも構わない。」
「もうこれ以上無駄な抵抗は…くっ…。」
「やっと最初の短剣の“呪い”が効いてきたようだな。」
身体が重い、それに上手く魔力を操ることができない。最初の短剣に“呪い”が付与されていたのか。ナルガスを拘束する際に《聖剣クラレント》を魔法袋の中に戻してしまった。だが再び握れば“呪い”は解けるはずだ。しかし身体が思うように動かすことができず《聖剣クラレント》を取り出すことができない。
「デリラ…《聖剣》を…。」
「うん!任せて!」
「そう簡単にはやらせない!」
デリラが俺の近くに寄ろうとした所にナルガスは襲いかかる。このまま1人ずつ戦っていく方が2人を相手にするよりはいいとだと考えたからだろう。そうは言ってもナルガスはすでに傷を負っている、このままデリラが倒せればいいのだ。
「デリラ…。」
「はぁぁぁぁぁ!」
「うっ!『付与魔法・呪』!行かせない!」
「危な!これじゃあ近づけない…。」
デリラをユーリの元に行かせまいとナルガスは“呪い”の付与された剣を作り投げる。ちょうどデリラとユーリの間にナルガスが挟まる状態になった。それにだんだんナルガスも力を使いこなしているように感じる。だが《制限失薬》で手に入れた力は身体に無理をかけてしまう。早く戦闘不能に持ち込まなければナルガス自身も持たないだろう。
「『部分強化・腕』!」
「うぉぉぉぉ!」
「きゃぁ!」
『部分強化・腕』によって強化している一撃をナルガスは打ち返した。デリラはそのまま壁の方まで吹き飛ばされる。
「デリラ…!」
「どんどん力が湧いてくる…!これなら冒険者を…ライラを殺すことができるなぁ!」
《制限失薬》で能力が強化されるとは聞いていたが、ここまで上がるとは思っていなかった。まるで別の能力みたいだ、それに人格もかなり凶暴に変わっている。このままだと動けないまま一方的にやられてしまう。ユーリがそう思った時、さらに大きな魔力の上昇を感じた。一瞬目の前にいるナルガスから感じる魔力かと思ったが、それよりももっと大きくそして荒々しい魔力だった。魔力が上昇するたびに地面が揺れる、鼓動のようであった。
「何だぁ?」
「デ、デリラなのか…?」
「グルル…グガァァァァァ!!!!!」
デリラは立ち上がる、魔力が漏れ出ている。普通魔力は魔法を発動しなければそのほとんどは見ることが出来ない。だがデリラの口からは煙のように魔力が漏れ出ており、背中からもまるで羽のような魔力が漏れ出しているのがはっきりと見えていた。あれは魔法なんだろうか?
「まるで化物じゃないか。『創造・剣』!『付与魔法・呪』!だが、どんな姿になろうと今の私には勝てまい!」
「グガァァァァァ!!!!!」
デリラは自身の能力である《戦闘狂》の限界を知らない。それもそのはず戦いが長引くと身体能力が上昇し続け、自分の身体が耐えられないからである。だからこそ自分が果たしてどれくらいの時間戦い続けられるのかという限界を把握していなかった。さらに言うならば『部分強化』の魔法は身体強化こそ上手く活用できているが《戦闘狂》の内なる衝動を無理やり抑えてしまっていた。それがヒョドル、《シャドウ・ウルフ》、ナルガスという3連戦で限界が来てしまい衝動を抑えきれなくなってしまい暴走した。
「グガァァァァァ!!!!!」
「なっ…ぐわぁぁぁぁぁ!!!」
「グルルルルル…。」
ナルガスが“呪い”を付与された剣を構えた瞬間デリラは一瞬でナルガスの正面まで移動し顔面を殴り飛ばした。その一撃でナルガスは洞窟の壁にめり込んだ。ピクリとも動かない、だが一気に魔力は小さくなった。死んではいないだろうがこれ以上は攻撃を与えないほうがいいだろう。だがデリラは止まらない。
「グルルルル…グガァァァァァ!!!!!」
「デリラ!」
俺の声は届かず、デリラは愛用している大剣をナルガスがめり込んでいる壁に向かって投げた。よく見ると大剣からデリラの手元まで魔力の帯の様な物が伸びている。デリラがそれを引っ張ると大剣は手元まで戻ってくる。そしてそれを振り回すと再びナルガスの方へ投げた。このままではナルガスが死んでしまう。
「グガァァァァァ!!!!!」
「『新山田流伍式・泰山砕き』!」
「ユーリ!大丈夫!」
デリラが飛ばした大剣を飛び込んできたランマが叩き落とした。どうやらいいタイミングで駆けつけてくれたようだ。
「あれって…」
「デリラ…だよ。アリア…『聖なる光』を…」
「うん!『聖なる光』!」
俺はアリアに“呪い”を解呪してもらう。幸い短剣自体の傷は浅くそこまで酷い物ではなかったので『治療魔法』によって塞ぐことが出来た。ナルガスを死なないようにアリアに治療してもらうとしてどうにかしてデリラの暴走を止めなければ。
「あれがデリラって…」
「どうしてかはわからないけど暴走してるみたいだ。もしかしたら《戦闘狂》のせいかも、来る時もいつもと違ったし。どうにかして止めないと、アリアはあそこで死にかけているナルガスの治療を。今回の件はあいつが首謀者なんだけど、まだ色々聞かないといけないことがあるから死なれると困る。」
「わかった!任せて。」
「フルーとコーデリアは俺と一緒にデリラを止めよう!」
「OK!」
「うん…。」
「うわぁぁぁぁ!!!」
俺達が役割分担を決めたところでランマの叫び声が聞こえる。どうやらデリラがランマをこちらに向かって投げたらしい。ランマはまるで小石のように軽く吹っ飛んできた。俺はランマの身体をしっかりと受け止める。
「す、済まないでござる。」
「あれ本当にデリラなの?」
「残念ながら本当だよ。元々パワーはある方だけどまさか片手で人間を吹っ飛ばすとは。」
「驚き…。」
「本人も相当負担でござろうな。」
どうやってデリラを傷つけないように抑え込むのか、俺は頭を回転させて戦いに臨もうとしていた。
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