第百三話 【王の領域《キングス・テリトリー》】⑤
ユーリがディランを倒していた頃―――。
ウール、コータ、カルロス率いる第二部隊は《黒》クラスA部隊を全滅させた後、『罠魔法』に気を付けつつ順調に《白》クラス陣地を進んでいた。
「何かおかしくない?」
「おかしいって?」
「たしかにコータの言う通り、何かおかしい気がします。」
順調に進んでいる、しかし何かがおかしいと三人は感じていた。するとハッと何かに気付いたコータが後ろを振り返る、いつの間にか自分達以外のメンバーがいなくなっていることに気付いた。
「他の皆は?」
「どうやらはぐれてしまったようですね。」
「はぐれたって、この森ではぐれることある?」
森林と言っても所詮学園の演習場レベルである。物凄く大きな木々ではないし、多少地面の隆起はあるものの歩くのには苦労しないレベルではある。だからはぐれるということがウールには信じられなかった。
「もしくは…。」
「すでにやられたか…だね。」
「嘘でしょ…。ここまで音も気配もなくどうやって皆を倒したって言うんだよ。」
「それはわからないけど…」
三人は自分達が置かれているこの異様な状況に驚きを隠せなかった。それもそのはず、ユーリに比べればまだまだであるかもしれないが、その他の《黒》クラスの面々に負けているとは思っていない。だが、そんな自分たちがまるで気付かぬ内に他のメンバーはやられてしまった可能性が高いのだ。
「でもまだやられたとは限らないんじゃないか?」
「そうだね。俺達がどうこうしてる可能性もある。」
「知らぬ間に結界魔術に踏み込んでしまったという可能性もありますから。」
「そっかそうだよね。とりあえずいつでも『蜃気楼』できるように準備だけはしておくよ。」
三人が恐る恐る進んでいくとそこには一人の生徒が待ち構えている。
「君が相手をしてくれるのかい?」
「ええ、ジーク・レイヴァンと申します。僕で務まるかはわかりませんがお相手いたします。」
「レイヴァン?」
「知ってるの?」
「レイヴァン家はたしか王都の西の方に領地がある貴族ですね。現当主は跡継ぎに恵まれず、今後のため領地を手放すかどうかという相談に来ていたはずですが…。」
「そうですね。僕は学園に入る直前までレイヴァン家の人間だと思っていませんでしたから。」
「なんか複雑そうだね…。」
ジークはレイヴァン家、現当主の父親が妾との間にできた子供である。現当主とはかなり年の離れた義兄弟ということだ。当時当主だったジークの父親はその妾と赤子であった母親をすぐに捨てた。母親は病気ですぐに死んでしまい、ジークは孤児院育ちであり自分の出自を知らなかったのだ。さらにレイヴァン家がその事実を知ったのはジークが9歳になってからの話である。
「こっちは三人いるが君一人で大丈夫か?」
「僕も剣なしではあまり自信はありませんが、ユーリ君に任されたからには役目を全うします。」
その少年はお世辞にもそこまで強そうには見えない。だがユーリが任せるくらいだ何かあるのは間違いない。コータはカルロスと顔を見合わせる。まずは遠距離攻撃で様子を見ようということだ。
「『魔法弾』!」
「はっ!」
カルロスが放った『魔法弾』はジークの目の前で消え去ったように見えた。
「どういうことだ?」
「消えたように見えたけど。」
「『魔法弾』!」
もう一度カルロスはジークに向けて『魔法弾』を放つ。今度は見逃さないようにと三人は集中してジークの動きに注目する。ジークは手刀で『魔法弾』を消滅させていた。魔法は発動していないが、そのスピードは身体強化を使用していないとは思えない早さだった。
「今度はこっちから行かせてもらいます!」
「来い!」
「受けて立つ!」
ジークは三人に向かって行く。ジークは去年一年間目立たないように過ごしていた。自分は両親のことを知らず育ち、急にレイヴァン家という貴族の血を引いていると言われた。さらには学園に通うことになり騎士団を目指せと言われても理解が追いついていなかった。そんな彼はユーリ・ヴァイオレットという男と会い転機が訪れた。
「俺はユーリ・ヴァイオレット。君の名前と能力とか得意魔法を聞いてもいいかな?」
「僕はジーク…レイヴァンです。」
「よろしくジーク!」
ジークは驚いた。学園に来てからというものレイヴァンという名前を聞くとどうしても噂されることがあり、あまり自分から名乗らなかった。しかし彼はレイヴァンという名前を聞いても特に反応は示さなかった。単純にユーリは田舎育ちということもあり貴族の名前に詳しくないのだが、その反応が気にしすぎているジークには逆に新鮮だった。そして競技に向けた特訓が始まった際に能力をみせるために戦うことになった。
「ジーク思いっきりやっていいからな!」
「うん!行くよ!」
ジークは《独歩向上》という能力で、自分の身体能力を強化するという物である。しかしこれは対人においてしか発動せず魔物との戦闘においては発動できない。さらに周りに味方がいない時そしてレイヴァン家の人間は魔力を上手く放出できないという特性がある。能力は遺伝しないが魔力の特性は遺伝することもある、病気の様な物だ。そのせいで上手く使えない魔法が多いのだが、おかげで身体には魔力が留まりやすく身に纏っている魔力の扱いにも慣れており、身体能力を上昇させる効果は人よりも恩恵が大きいのだ。
「凄いよジーク!これなら俺の友達にも勝てるかも!」
「でも僕…あんまり自信がないんだ。」
「?」
身体能力の上昇だけであればユーリを超えているだろう。ユーリはそんなジークであれば《白》クラスの面々とも戦えると思ったが、何やら悩みを抱えているらしい。よく聞いてみると彼は出自の事やレイヴァン家の複雑な事情のせいで自分はこれからどうすればいいのか悩んでいるとのこと。
「そっか…そういう事情があったんだね。」
「僕は騎士団に入りたいかと言われたら微妙だし、かといって大人しくレイヴァン家に帰ることも出来ないしどうしたらいいのか…。」
「自由にしたらいいんじゃないかな。」
「自由に?」
「うん。凄く無責任に聞こえるかもしれないけど、家の事情や能力がどうだろうとその人の生き方には関係ないと俺は思う。大事なのはその人がどうしたいかじゃないかな。」
ジークはユーリの言葉を聞いて少し楽になった。悩む必要はない、自分は自分のしたいように生きればいいのだ。周りはレイヴァン家という貴族としての自分を求めてくるが知ったことではない。自分のやりたいように生きる。
「俺の周りでも貴族なのに自由に生きてる人たくさんいるし、大丈夫だよ!ちょっと自由すぎるけど…。」
「ありがとう、なんだか気が楽になったよ。まだこれといった夢はないけど、学園にいる内にゆっくり探すよ。僕は僕の生きたいように生きる。」
「俺にできることがあったら何でも言ってくれ。とりあえず俺に力を貸してくれると嬉しいかな。」
「ははは、そうだね。まずは相談に乗ってくれた俺に僕がユーリくんに借りを返すよ。」
こうしてユーリの作戦の要である《白》クラスの主戦力の相手をジークは任されたのだった。あの時の借りを返すために自分の役割を全うするとジークは誓う。
「はぁぁぁ!!!」
「くっ!」
「カルロス!援護に回ってくれ!」
「遅い!」
「残念それは『蜃気楼』だよ。『水の弾』!」
「効きません!」
ジークはまずカルロスを狙う、この中であれば一番近接戦闘が苦手であるからだ。まずは数を減らしこの不利である状況を少しでも打開することだ。カルロスに手刀が決まるがそれはウールが作った分身でありその隙をすかさず攻撃するもまたもジークの前で消える。
「どうして魔法が消えるんだ?」
「消えてるんじゃない、早すぎて見えてないだけだよ。あの魔力を込めた手刀で魔法を弾き飛ばしてるんだ。」
「本当に!?そんなことできるってとんでもないな…。」
「常人離れした身体能力ですね。ですがそういうことならば考えがあります。」
先程の『魔法弾』や『水の弾』は魔力を込めた手刀で弾き飛ばしていたのだった。ジークは能力と特性のおかげで計り知れない身体能力であるが故に大抵の魔法は弾き飛ばすことができる。
「『魔法弾・乱打』!」
「くっ!はぁぁぁぁ!」
「『水の球』!」
「ぐっ!」
「止めだ!『風の拳』!」
「うわぁ!」
『魔法弾・乱打』という魔法は威力が多少落ちてしまうが連続で弾を出し続けることができる。カルロスはいくらジークとはいえ一人で対応できる攻撃の手数には限界があると考えた、それで多少威力は落ちるこの魔法を使ったのだ。案の定手刀で捌くのには限界があるようだった。そうしてジークが気を取られている間にウールは魔法を放ちジークを怯ませる。そして最後にコータが止めを刺したのであった。
「ジーク・レイヴァン、かなり厄介な相手でしたね。」
「剣なしでは自信がないとか言ってたけど、武器ありだったらもっとやばかったかもね。」
「うーん。」
「どうしたコータ?」
ジーク・レイヴァンを倒したのにコータはスッキリしていなかった。たしかに手強い相手ではあったが、少しあっさりしすぎている。それに他のメンバーが消えた謎も残ったままだ。ジークの戦闘スタイルならば倒したとしても気付かないとは考えにくい。
「何か違和感があって、ちょっとあっさりしすぎと…」
「コータ!」
コータはその場で突如倒れてしまった。何か攻撃を受けたのかウールは周囲を確認するが周りには誰もいない。ジークは確実に気絶している、一体何が起こったのだろうか。
「ウール、一旦離れましょう。何が起こっているかわからない以上ここにいるのは危険で…」
「カルロス!くそ、何が起こってるん…」
コータに続いてカルロス、ウールもその場で眠るようにして倒れてしまったのだった。
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