第百二話 【王の領域《キングス・テリトリー》】④
観客席には学園長を含む教師陣、それと騎士団見習いの生徒が見学に来ていた。騎士団見習いの生徒は基本的にそれぞれの騎士団のルールに乗っ取って活動するが、一応学生の身ではあるのでこういった行事には参加はできずとも観戦することはできるのだ。
「さてユーリはちゃんと仕上げてきたかな?」
学園長レリクス・ヴァーミリオンはこの試合の行く末が気になっていた。ユーリに今回の目的を話したが果たして彼は実現できるだろうか。そんな学園長の近くに見覚えのある顔があった。
「弟子の晴れ舞台でも見に来たのか?」
「久しぶりですね、先生。今は学園長だったかしら。」
そこにいたのはAランクパーティー【真夜中の魔女】ディアナ・リーゼ、ユーリの師匠であった。レリクスはディアナや同じく【真夜中の魔女】のメンバーであるディーテ、それに現青薔薇聖騎士団長のセシリアが学生時代にお世話になった教師であるのだ。
「あの問題児だったお前が弟子を取るとは思わなかったよ。」
「先生こそ、人の弟子に色々やらせてるみたいですね。」
とはいえ二人の仲が良かったのかというとそういうわけではない。なにせディアナは超問題児であったからである。レリクスが教師をしていたときから現代に至るまで今の所学園始まって以来の優等生と問題児が揃っていたのはあの時だけである。
「優秀な子には色々頼むのは当然のことだろう?お前より聞き分けが良くて助かってるよ。」
「ふん。」
「失礼してもいいかな?」
二人がやり取りしていると一人の男が声を掛けてきた。ディアナはその男をチラと見る、線が細く今にも殴れば折れてしまいそうだなと感じた。それと年が上なのは間違いない、一体誰なのだろうと疑問に思った。すると学園長は少し驚いたような顔をして口を開いた。
「これはまた珍しい方が来られましたね。」
「なに、最近凄く年下の友達ができてな。様子を見に来たんだ。」
「…?」
どうやらこの男と学園長は面識があるようだが…。ディアナが不思議そうな顔をしていると、それを察してか学園長がこの人物は誰かを教えてくれた。
「紹介するよ。彼はハーミット・ストラテジーさんと言って昔、旧騎士団の参謀として活躍しておられた方だ。ストラテジーさん、こちらは私の教え子です。」
「ディアナ・リーゼです。」
「そうか、君が彼の師匠だな。」
「彼、ユーリ・ヴァイオレットですか?」
「ああ、彼は私の所に来てこの【王の領域】のアドバイスをして欲しいと頼まれてね。それで友達になったというわけさ。」
「そうだったんですか。」
学園長はやはりユーリに他の生徒のことを頼んでよかったなと思った。彼はあの伝説の《戦略家》ハーミット・ストラテジーに教えを乞うことができた、それだけでも十分に凄いことなのだ。実はこれまでにもハーミットに弟子入りしようとした人はいた。しかし何故か誰も彼に教えを乞うことが出来なかったのだ、それ故にいつしか人々から忘れ去られてしまった。実際は屋敷に『罠魔法』を仕掛けるように頼んだ友人がハーミットが頼んでいた以上の魔法を仕掛けたせいで、誰も面会することができなかっただけである。だからユーリがハーミットの屋敷に訪れた際にはすでに建物がボロボロだったのである。
「ほー中々面白いことを考えるじゃないか。」
「魔法の中に実物を紛れ込ませる。うん、実に僕好みの策だ。」
「私の弟子ですから。」
始める前にユーリ達に配られたバッチ型の魔道具はただ戦闘不能者の居場所を見つけるためのものではなくそれと同時に映像を撮影しているのである。観客席ではその映像を魔法で写しており細かな状況を知ることができるのだ。
「戦力差がかなりあると聞いていたが、割といい勝負をしているじゃないか。」
「ええ、個々の実力差は大きいが元々の能力に大きな差はないんですよ。彼らに足りないのは…」
「戦う意志でしょうね。あっちのクラスの子達は私も知ってるけど、あの年で魔族や魔物と戦ってるというだけあってあの子達には戦うという強い意志がある。」
「そうだ。私はそれをこの戦いで学んで欲しいんだ。」
「戦えない身で偉そうかもしれないが、できることなら彼らの様な若者に戦って欲しくはないがね。」
時代が違えばこんなことにはなっていなかったかもしれない、しかし現実はそう甘くはない。《魔王》という脅威が去らない限り心の意味で平和が訪れることはないのだから。そうこう会話している内に試合は進み現在
《黒》クラス13人、《白》クラス15人。
「ここから厳しくなりますよ。」
「ええ、どうなるかな?」
「ユーリ…頑張りなさい…。」
現状では《白》クラスが有利ではあるが、勝負はまだわからない。三人は決着の時まで観客席で見守るのであった。
◇◆◇◆
ディランを倒した後、ユーリはエレナとアリアの元に向かっていた。魔力は残っているが少しでも節約するために『身体強化』なしで森を駆けている。
「しかし、どうやって倒したものか…。」
二人のどちらがキングにしろ、倒すのは容易ではない。しかも自分はすでに手負いの身であり、そもそも倒せるかも怪しい所だ。このまま無策で突っ込んでいくのは賢い選択ではない。
「こういう時はどうするんでしたっけ、ハーミットさん…。」
遡ること2週間ほど前、ハーミットさんに言われて毎日《騎盤》をすることになった俺は皆との練習が終わったあとハーミットさんの屋敷へと来ていた。
「さぁユーリ君、今日もやろうか。」
「お願いします。」
昨日はハンデありでも負けてしまった。今日こそはせめてハンデありでも勝てるくらいにならないと…そう意気込んでいたのだがあっさり負けてしまった。一体どうしてなんだろうか?
「どうして負けるのか…という顔をしているね?」
「はい。」
「ここまで戦ってみて私が思うのは、ユーリ君は一つの策が失敗した後に次の策を考えているだろう?それじゃあ遅いんだ。あらかじめ成功しようが失敗しようがその後のことも考えておかないと行き当たりばったりになってしまう。まあ実際の戦闘ならそうも簡単じゃないのはわかるが。」
たしかにそう言われると考えていないかもしれない。いつも戦いの中でどうするのかという風に考えている自覚はある。それは相手の能力がわからないから多少は分析が必要だからだ。しかしこの《騎盤》や今回の【王の領域】に関してはそれは当てはまらない。なぜなら《騎盤》のコマに役割はあるように向こうのクラスの能力や得意な魔法、性格なんかはあらかじめわかっているじゃないか。
「たしかにそうかもしれません。俺は戦闘に慣れすぎて、まず相手の動きを見てからそれにあった策を考えまてます。ですがこういった物では相手に先手を取られることで不利に働いてしまうんですね。」
「受け身に姿勢に慣れすぎているということだね。まずは意識して変えてみよう。」
「はい!」
俺は回想を終える。そうだ、こういう展開になるとは思わなかったが二人に対する対策はしてあるじゃないか。それを上手く組み合わせて…よしなんとかいけそうだ。後は実行するだけだ。俺は二人の元へと急ぐのであった。一方その頃アリアとエレナはユーリを追ったディランが戻ってこないことに不安を覚え始めていた。
「ディラン君遅いですね。」
「うん、二人の勝負なら長引くことはないと思うけど…。」
「どちらにせよ警戒を怠るべきではないですね。」
「そうだね。気をつけよう。」
《白》クラスにおいてアリアとエレナほど探知能力に長けた者はいない。ディランもなにやら魔法で探知できるようになったようではあるがまだまだ安定はしていないらしい。それを考えると《副技能》によって魔法の痕跡がわかるアリアと魔力が見れるエレナの目を盗んで近づくのは至難の技である…はずであった。
「『揺レ動ク神ノ槍』!!!」
それは唐突にアリアとエレナに向かって放たれていた。『揺レ動ク神ノ槍』はアリアの作り出した魔法だ。だがこれは幻覚などの類ではない、間違いなく『揺レ動ク神ノ槍』そのものである。エレナはそれを見て少し同様してしまったがアリアは冷静に対処する体勢に入った。
「『水の壁・五重』!!!!!」
「くっ!『身体強化・三重』!!!」
アリアは壁を五重に張る、しかしこれで完全には防ぎきれない。エレナは一瞬同様したがすぐに気持ちを切り替えアリアを庇うために『身体強化』を発動させ抱きかかえるように伏せた。直撃は免れたがその爆風で二人はダメージを受けた。もちろん『揺レ動ク神ノ槍』を放ったのはユーリである。
「ぐっ…まさか『揺レ動ク神ノ槍』とは…。」
「でも…全然気付かなかった…。」
「無策で突っ込むわけにはいかないからね。それにおかげでキングもわかったよ。」
エレナは咄嗟にアリアを庇った。あのタイミングであれば自分だけ逃げればエレナがキングである証明になっただろうが彼女はそうしなかった。アリアはあそこで防がず、回避するべきであったがそれができないように不意打ちをユーリは狙ったのだ。
「キングはアリアだ。」
「それがわかったから何だと言うんですか?まだ私も戦闘不能じゃないですし、ユーリ君はディラン君との戦闘でボロボロじゃないですか。」
「それにこっちは2対1だしね!負けないよ!」
「いや、準備は整ってる。」
「?」
ユーリは不敵な笑みを浮かべる、エレナはその言動からすでに何か術中にハマっていると考えており、警戒心を強める。二人はダメージは負ったもののまだまだ戦闘はできるレベルである、流石のユーリと言えど相手をするのは難しいだろうとアリアは考えていた。しかしすでに二人はユーリが考える策に陥れられているのであった。
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