第一話 7人目の《勇者》
《6人の勇者伝説》。
それを知らないものはこの大陸にはいないといっていいだろう。老若男女その伝説を知らないものはおらず文献を見るまでもなく語ることができる。
“遥か昔、闇より生まれし《魔王》が人間族を滅ぼそうとした…
人々が絶望し、世界が闇に包まれかけた時、空から《女神の天恵》が与えられた。
《女神の天恵》を受けた選ばれし6人の人間族は、闇より生まれし《魔王》を封印し世界に平和が戻った。
後にその人間族は人々に《勇者》と呼ばれるようになった…。”
その日は何故か普段よりもとても眠たかった。昨日の晩。今日のことが気になってしまって眠るのが遅くなってしまったからだろうか。別に楽しみにしていたというわけではないが、不安があったのだ。そのせいか身体や瞼が重い。
「ユーリ!!!早く起きて!!!」
「うるさいなぁ…もう少し静かに起こしてもらえない?」
「そんなこといっていつも起きないんだから!」
白金色の髪を靡かせながら、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる幼馴染の彼女にはいつも頭が上がらない。でも先程も言ったが昨日は夜眠るのが遅かったし、そもそも俺は朝が苦手だからもう少し優しく起こしてくれると嬉しい。だけどわざわざ起こしに来てくれた幼馴染にお礼を言えないほど俺はお子様ではない。
「そうだね、いつも感謝してるよ。ありがとうアリア。」
「きゅ、急に真面目に感謝とかしないでよね///」
少し赤面しているような気がするが…とりあえず気にしないでおこう。とはいえ流石に今日ばかりは真面目に起きなければいけない。昨日の晩、俺が不安を感じていた理由でもあるとあるイベントがあるからだ。今日は10歳になる少年少女が集められ、《女神の天恵》を受ける儀式の日であるからだ。《女神の天恵》というのは《6人の勇者の伝説》にも出てくるあの《女神の天恵》で10歳になると人間族であればかならず女神より何らかの能力を与えられる。他種族もそうなのだろうか、似たような儀式をするのか?よくわからない。
「…ユーリは不安じゃない?」
「そうだね。不安がないわけじゃないけど…考えても仕方ないし、なるようにしかならないと思っているよ。」
「そっか…そうだよね…」
「大丈夫、俺も一緒にいるから。」
アリアが心配するのも無理はない。近年この《女神の天恵》によって《勇者》の能力を与えられた人間族がいるという噂がこの辺境の地まで届いている。別の大陸ではほんの数日前に《勇者》の能力を与えられた者がいるという話も大人たちの噂で聞いた。実は近年魔物の動きが活発になっているっこともあり、伝説に出てくる《魔王》が復活するのではないかと考えられている。
「そうそう、大丈夫よアリアちゃん。うちのユーリが守ってくれるから。」
「うわぁ!母さん、いつからそこにいたの!」
「最初からずっとここにいたわよ?だってアリアちゃんと一緒にあなたを起こしに来たんだもの。」
「だったら早く声をかけてよね。」
「二人共早く下に降りてきなさい。朝ごはんできてるわよ。」
そういって母さんは階段を降りていった。アリアに目をやるととても不安そうな顔をしている。ここはひとつ元気づけてやらないといけないな。
「アリア。母さんも言っていたけど何があっても必ず俺が守るよ。」
そういってアリアの頭をそっと撫でてやる。先程までの不安そうな顔から、少し安心したような顔になった。
「うん。ありがとう。」
「さぁ、朝ごはん食べて準備しよう。」
アリアに笑顔が戻ったところで、朝食を取るためにリビングに向かった。この村では《女神の天恵》の儀式は教会にて行われる。この町には俺とアリアを含めて10人ほど儀式を受ける子供がいる。朝食を取った後、アリアと二人で教会に向かった。するとすでに俺達以外は教会に集まっているようだった。時間には遅れていないはずだが、皆かなり張り切っている様子だ。まあ無理もない、どんな能力がもらえるかはわからないが場合によっては英雄になれるような能力になるかもしれない。それこそ伝説の《勇者》になる可能性だってあるわけだから、不安よりもワクワクのほうが大きいのだろう。
「さて、全員揃ったようですね。それではこれから《女神の天恵》の儀式を始めます。名前を呼ばれた者から前に出るように。」
教会の修道女がそう言うと、子どもたちが順番に呼ばれ儀式を行っていく。儀式の方法は女神像の前に立ち、像に手を触れるだけという至って簡単な物だ。そして修道女というのは能力を判別することができるという能力で皆の能力を見てくれる。まあ能力というのは自分ならどんな能力かわかるのだが王都に報告する義務があるらしい。珍しい能力であれば国のために貢献してもらいたいからである。魔物が活発になっている影響か戦闘系の能力がここ数年多いと聞くが…戦士系、僧侶系、闘拳士系etc…やっぱり今年も戦闘系の能力が多い傾向にあるようだ。できれば戦いに巻き込まれない能力が望ましい、それが俺とアリアの望みだ。
「アリア・リーズベルト!」
「はい。」
ついにアリアの番がきたみたいだ。アリアがシスターの前に置いてある女神像に触れ目を閉じる。するとアリアの周りに美しい光の粒が集まってくる。その一粒一粒が様々な色に輝いており、俺はその神秘的な光景から目を離すことができなかった。
「な、なんというレア能力でしょう!!!アリア・リーズベルトは《大賢者》の能力です!!!」
「…《大賢者》?」
くそ!アリアは戦闘向きのレア能力か!《大賢者》とは《6人の勇者伝説》に関連した話にも出てくる能力で《勇者》にも劣らない能力として有名である。《6人の勇者伝説》以降にも数々の伝説を残した英雄が所持していたと言われるのが《大賢者》の能力だ。本人の意思に関係なく、魔物はもちろん来たるべき《魔王》との戦いのために戦闘を避けることはできないだろう。
「最後の一人ですね、ユーリ・ヴァイオレット!」
ついに俺の番がやってきた。俺は女神像の前へと立つ。
「ユーリ…。」
アリアが今にも泣き出しそうな顔でこちらの様子を見ている。約束した以上は俺が必ずアリアを守る。だからどうかアリアを守れるだけの能力を…。そう強く願いながら俺は女神像に触れた。俺の周りに光が集まってくる。すると意識が遠のいていった。…気がつけば俺は何もない真っ白な空間にいた。体の感覚もない。ただ意識だけがはっきりとしている不思議な感覚だ。
《ユーリ・ヴァイオレット、あなたは何を望みますか?》
とても美しく優しい声が俺にそう語りかけてきた。
《俺の望み…。》
俺の望みは唯一つ、アリアを守ることだ。それ以外に望みはない。
《あなたの望みを叶えることはできます。ですがその道は辛く厳しいものになるでしょう。時には命を落としかねない危険に巻き込まれるかもしれません。》
《覚悟の上だ。アリアのためなら魔物だろうが《魔王》だろうが何でも倒してやる!》
《わかりました、あなたには世界を変える力を授けます。使い方はあなた次第です、信じていますよ。ユーリ・ヴァイオレット…。》
最後にそう聞こえた後、俺はまた意識が飛んでいく感覚があった…。
「…ーリ、ユーリ!!!」
俺は意識を取り戻し、身体を起こす。すると目の前に心配そうなアリアの顔があった。アリアは俺の胸に飛び込んで涙を流す、そんな彼女を俺は優しく抱き返した。周りを見回してみると、見覚えのある部屋だった。ここは俺の部屋である、どうやら教会から俺の家に帰ってきたらしい。
「心配かけてごめんアリア。」
「急にユーリが倒れちゃうから心配したよ…。体に異常はない?」
「うん。大丈夫みたいだ。」
特に身体に異変は感じられない、俺は起こった出来事を思い出す。たしか女神像に触れたあと意識を失い不思議な誰かと会話したはず…そしてまた意識を失い目覚めたらここにいた。あれはもしかして…。
「そうだ!俺の能力はどうだった?」
「それがユーリの能力はシスターが《判別不能》だって言ってたよ。」
「《判別不能》?」
そんなことがあり得るのか?と疑問に思ったが、稀に修道女が今まで確認したことのない能力が備わると《判別不能》になると聞いたことがある。《大賢者》のように有名なら話は別なのだろうが。しかし何の能力を持っているか本人ならば判別することができる。
俺は目を閉じて意識を集中させる、そして能力を確認した。俺に与えられたのは、、、
「俺に与えられた能力は…《7人目の勇者》?」
「《7人目の勇者》?それってどういうことだろう。伝説の勇者ってたしか6人だったよね?」
「うん、俺にもよくわからない。一体どういうことなんだ…。」
能力名は判別できたが、《7人目の勇者》の概要まではまるでわからなかった。何かがあるのはわかるが黒いモヤのようなものがかかっていて自分でもよくわからない。しかし伝説の6人いや7人目の《勇者》になることができた俺は、これでアリアを守ることができるかもしれないと歓喜した。この先に待ち受ける困難など今はまだ想像していなかった。
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