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8-7:移ろい揺れる願いの果てに①


 季節が二つ巡り、再度訪れた謁見の間は冬の白い日差しではなく、照りつける夏の日差しがステンドグラスから差し込んでいた。


 若い夫婦の門出を見守った大臣達や貴族達もおらず、査察部の十数人とローレ公爵家の縁戚が中央のカーペットを挟み左右に別れて立った。改めて眼鏡を掛けたステラは、それとなく周囲を確認する。

 査問会の進行をするのだろうシルヴェストリ査察官は玉座のすぐ下に。

 ローレ側の出席者は玉座に近い位置からゴッフリートとその妻、グレゴリオの妻の姿もあった。ユリウスに連れられて立つルクレツィアが、結婚式と同じように落ち着きなく周囲を見回している。

 年若いリベリオ、ステラ、リリアナ、ミケの四人は扉にほど近い位置に案内された。

 関係者全員が揃い準備が整ったことを確認して、シルヴェストリ査察官が声を張り上げた。


「国王陛下、ならびに第一王子殿下ご入場!」


 国王ヴァレンテ・カルダノが静かにカーペットを進み、玉座の前で止まった。婚姻の挨拶とは全く異なる査問会の場で、けれどステンドグラスを背に立つ姿の荘厳さだけは変わらない。変わらないことに、ステラは安堵した。

 少し離れて入場した第一王子殿下は玉座のすぐ下、シルヴェストリとカーペットを挟んで反対側に控えた。厳密にはマリアーノ本人がこの査問会に出席する必要はない。国王暗殺の容疑を掛けられているのはあくまでもマリアーノの祖父ローレ公爵グレゴリオ・ローレと、母のマリネラ妃だ。


「ローレ公爵グレゴリオ・ローレ、ならびに王妃マリネラ・ローレ、ここへ」


 名を呼ばれた二名は並んで入り、カーペットの中央辺りで止まって膝を突いた。扉が閉ざされ内側の両脇に帯剣した近衛兵が立って、謁見の間に沈黙が満ちる。

 シルヴェストリと同じように、結婚式以来に見るグレゴリオもやつれていた。ふっくらとしていた頬は削げ、憔悴しきった姿は沙汰を待つまでもなくこの世から消えてしまいそうだ。


「これより両名の国王陛下暗殺容疑に関する査問会を行う。国王陛下の御前である、嘘偽りはいかなる者にも許されぬと心得よ」

 シルヴェストリ査察官から、春に起きた国王暗殺未遂が改めて説明された。この謁見の間にマリネラ妃が身に着けて入場したアメジストの耳飾りと首飾りが、火と水の複合魔石であったこと。複合魔石の首飾りを片付けようとして握り込んだマリネラ妃付きの侍女が、爆発によって亡くなったこと。件の耳飾りと首飾りはマリネラ妃の父、ローレ公爵グレゴリオ・ローレが贈ったものであること。それにより両名に国王暗殺の容疑が掛かったこと。

「以上の経緯に、両名、間違いはないか」

「御座いません」

 ローレ家にとって幸いだったことに、シルヴェストリの読み上げは起きた事実のみを述べるものであり、余分な推察は入っていなかった。ここから先に何も提示出来なければ状況から両名の処刑は免れないが、結論ではなく経緯こそ得たいという査察部の目的が透けて見える。

「ローレ公爵家より、申し開きはあるか」

 リベリオが進み出てグレゴリオとマリネラ妃の後ろに控えた。

「北方騎士長リベリオ・ローレにございます。今回の事態を引き起こした、装飾品を模した複合魔石、その製作者、及び流通経路について釈明の機会を頂きたく存じます」

「許す」

 申してみよ、とリベリオを促したのはシルヴェストリではなく国王陛下その人だった。


「一連の事件は、昨年の初夏にミオバニアの鉱山の集落が焼け落ちたところから繋がります。魔石の横領を疑い視察に出向いた先で、北方騎士団はレオという四歳の孤児を保護しました。集落の火の手は人為的な放火であり死傷者が発生しましたが、目的は金品の強奪ではなく、ある人物をそこから逃し、隠すことでした。……ミケ、ここへ」

 リベリオに呼ばれたミケが恐る恐る進み出て、リベリオの隣で両膝を突いて頭を伏せた。

「放火の際に連れ去られた、レオの兄のミケです。見ての通り類稀なる水の魔法の才を持ち、魔石を切り出すことに成功しています」

 事前に暗記させられた境遇と経緯を、ミケが語る。謁見の間の、それも国王陛下の御前に引き出されたミケは完全に竦み上がっており、辿々しい口調も、見て分かるほど震えている手足も十二分に哀れだった。

 シルヴェストリと査察部が急遽用意した魔石を、ミケは立方体に切り出し、角を磨いてみせた。信じられん、と査察部が慄く声が何度も聞こえた。

「リベリオ・ローレ、続きを」

 シルヴェストリに促され、リベリオは頷いた。与太話はそこまでだと、打ち切られないことに安堵しながら。


「辺境からミケを見出し囲い込んだのは、スパーダという名の商人です。スパーダをフェルリータで捕らえました、北方騎士団で収監しております。この場に引き出す許可を頂けますでしょうか」

 シルヴェストリと国王が顔を見合わせて頷き、査察部の数人に囲まれスパーダが連れて来られた。

 謁見の間に連れて来られたスパーダは、両手に杖を突いていた。負った重傷は一応は治されていたが、まともに動かせないのだろう手足に逃げ出したり抵抗出来る力はない。手足ではなく首と腰に縄が括り付けられていた。

 正面に国王、左右の査察部とローレ公爵家の面々を前に、スパーダは震えながら叫んだ。

「わ、私は何も知らない……‼︎」

 罪から逃げようとする人間が叫ぶ使い古された言葉に、リベリオは取り合わなかった。

「それは査察部の方々が判断される。私が述べることが、事実か否かで答えよ。国王陛下の御前だ、嘘偽りは許されない。……ミケを東の辺境で見出し、ミオバニアの集落に匿い魔石の研磨をさせた」

 沈黙はスパーダが己の生き残りを算段した時間だったのだろう。ややもして、か細い声でスパーダは事実を認めた。

「集落に火を放ち、混乱に乗じてミケを別の鉱山に移動させた」

「はい」

「雫型に切り出させ火と水の魔力で染めた魔石を、フェルリータの競売に出品しポルポラというグレゴリオ・ローレの引き立てている商人に落札させた」

「……はい」

 三つ目の質問を肯定するのには、結構な間があった。


「宝石型の魔石を、ポルポラとやらが競り落とすとは限らないのでは?」

 当然の疑問が、査察部から上がった。

 ステラは一歩前に出て、深く膝を折った。ドレスの内側で、膝と足が震えていた。

「リベリオ・ローレが妻、ステラ・ローレと申します。宝飾室の管理官を務めております、発言のお許しを頂けますでしょうか」

「許します」

 シルヴェストリが頷く。

「フェルリータの競売にスパーダが出品したのはあくまでも『アメジストの耳飾りと首飾り』です。ポルポラが必ずしも競り落とすとは限りません。ですので、ポルポラ以外が競り落とした場合は、魔石ではない普通のアメジストの揃いを落札者に渡していたのではないでしょうか。アメジストは大きめの原石が採れる宝石です、耳飾りと首飾りを揃いで用意することはさほど難しくありません」

「……スパーダ、これは是か非か」

 シルヴェストリの確認に、長い長い沈黙のあとスパーダは肯定した。

 運良くポルポラが落札しただけで、そうでなければまた別の手段を用意していただろうと。


「その重罪人を即刻引き立てろ!」

 声高に叫んだ査察部の面々に、リベリオは首を振った。

「魔石は宝石の形に切り出しただけで人に危害を与える物ではありません。煮炊きに使い、水を出す、人々の生活に即したものです。高魔力の火と水の魔力で染めなければ、被害は出なかった。ミケが切り出しスパーダが売った、その間に、魔石を火と水の複合魔石に染めるという工程が存在します。これを」

 リベリオが胸元から取り出し、鎖を持って下げてみせたもの。端が紫紺に染まった魔石の首飾りに、今日一番のどよめきが上がった。

 リベリオから首飾りを受け取ったシルヴェストリが丁重に布に包み、国王の眼前に捧げた。張り詰めた沈黙を破った声は、地の底を這うような重苦しいものだった。

「……これを染めた者は誰ぞ」


「……我が母、ルクレツィア・ローレに御座います」


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