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8-5:賽は投げられる


 ステラたち五人が王都に入ったのは、査問会の三日前だった。


 王都の北門から貴族街へ、事前に文を出していたパーチ子爵家のタウンハウスに着くとナタリア夫妻が出迎えてくれた。

「ステラ! あんなひどい手紙をよこして! 途中途中で知らせなさいって言ったでしょう⁉︎」

 久しぶりのナタリアは開口一番ステラの手紙のひどさを叱り、傍らに立つエルネストは肩をすくめて見せた。

「ナタリアは手紙が来ていないか毎日気にしていましたからね。リベリオ殿もミネルヴィーノさんも、無事で帰られたのなら何よりです。……それに」

 エルネストがリベリオの後ろに立つミケに視線をやった。目立つ髪は帝国の商人風に布で覆われているが、睫毛と目は隠しようもなく青い。ミケを見るエルネストの視線は、驚きと貴族らしい品定めが混ざったものだった。

「ステラ達の結婚式でお会いしましたわね、リリアナ様。それと、ステラのお兄様で間違いないかしら。ようこそお越し下さいました、狭いところですが、どうぞ中へ」


 ナタリアとエルネストに招き入れられた応接室には、先客が居た。趣味の良い応接セットには、ナタリアに良く似た髪色の少女と、それから

「……ミー‼︎」

 水色の髪の少女と遊んでいたレオが手に持っていた絵本を投げ出し、弾かれるように走る。リベリオとステラに見向きもせず、その後ろから入ったミケの足にしがみつき、大声で泣き始めた。

「ああ、レオ、一年ぶりか? 大きくなったなあ……」

 床に膝を突き、わんわんと泣く弟を抱きしめ、自分とよく似た色の頭を撫でながらミケも泣いていた。ごめん、ごめんと繰り返しながら。


「いやあ、すっごいねえ。本当に見つけて来たんだ」


「……どうして貴方がここにおられるのですか、マリアーノ殿下」

 感動の再会をお茶請けにしてソファで優雅にコーヒーを飲んでいる第一王子殿下に、リベリオは眉間を揉みながら尋ねた。

「今週は王立病院に顔を出したからね。僕とブランカ先生が共同で受け持ってる患者を診て、その帰りに部下の家に寄っただけだよ? そこに君たちが来たわけで、偶然ってあるものだねえ」

「……」

 首が隠れる襟の高いシャツに生成りのズボン、革製の仕事鞄、とてつもなく麗しい顔以外はどこにでもいる学生のような出立ちだ。くつろぐ様は大変に馴染んでおり、マリアーノがパーチ邸を来訪するのは初めてではないとリベリオは判断した。咎めるならとうにエルネストが咎めているだろうし、咎めても無駄だったのだろう。

「ようこそお越し下さいました。エルネスト・パーチが娘、ナディア・パーチと申します」

「ナディア、お客様のお茶を厨房に頼んでくれる?」

「はい、お母様」

 母親の言いつけに頷き、丁寧にお辞儀をしてナディアは応接室から出て行った。扉がきっちりと閉まるのを確認して、リベリオは寛いでいる王子殿下へ向き合った。

「エルネスト殿にマリアーノ殿下への言付けを頼むつもりでいたのですが」

「手間が省けたね。いやあ、運がいい」

 効率最優先の第一王子殿下は、この場にいることをあくまで偶然と幸運で押し通すつもりらしかった。

「じゃあ、話を聞こうか」


 ミケとクラウディオの紹介を終え、リベリオとステラの話を聞いたマリアーノ殿下はただ一言「そうかあ」と溢して天井を仰いだ。

「マリアーノ殿下、殿下は出立する私におっしゃいました。『君は理解できないかもしれない』と。殿下はこの事態をどこまで予想されておられましたか?」

 カップをローテーブルに置いて、白く長い指が膝の上で組まれた。

「そうだねえ、まず、僕なら火と水の複合魔石を作ることが出来る、というのは考えた。宝石みたいな形に研磨することは出来ないけど、そのあとの魔力を込めることは出来る。君……ええと、ミケくん?」

「は、ハイ!」

 王子殿下に呼び掛けられ、ステラとリベリオの座るソファの後ろに立っていたミケが、硬直しながら姿勢を正した。

「すっごい才能だねえ。色々片付いたらうちにおいで」

「は、え? うち?」

 うちってどこ、という顔をしたミケを放置してマリアーノ殿下は続ける。


「で、魔力を込めたのは誰かという方向で考えると、まあローレ公爵家直系の人間にはだいたい出来ちゃうよね。ルクレツィア大叔母様には、会ったことがないけど」

「そ、それなら……!」

 もっと早く言ってくれればリベリオもリリアナも傷付かなかったのに。そう言いかけて口を噤んだステラに、明晰な王子殿下は申し訳なさそうな顔をして笑った。

「ごめんね。王族って不便でね、『火と水の複合魔石を作れる人間』を調べようとしたら王国全土の紫色の髪の人間全員を調べなきゃならなくなる。ローレ公爵家の人間が自分たちを真っ先に調べてくれと言っても、全く関係がないところからの無差別な造反の可能性もあるからね」

 全ての可能性を公平に扱う、それが王族という権力の在り方だ。

「でも、確率の高い集団があるのに全土を調べるなんて非効率的かつ悠長なことをしていたら、母上もお祖父様も君たちも首が飛ぶじゃないか。だから君たち夫婦を調査に出したわけで」

「……」

 そうだった、この王子殿下は罪人の首輪を自らの首に自らの手で嵌めた人だった。だが、もう少し言い方を繕って欲しい。ステラとリベリオの胃壁のために。

「ゴッフリートお祖父様は、何故ユリウスがこんなことをしたのか分からないと」

「だろうねえ。ユリウスが何故こんなことをしたのか、誰を狙ったのかには僕も興味がある」


「マリアーノ殿下から見たユリウス伯父上は、どのような人物ですか?」

 ユリウスはリベリオの前に二十五年ほど北方騎士長を務めている。ちょうど、マリアーノ第一王子が生まれた頃だ。

「皆が思うのと大差ないだろうね。人柄に優れ、武勇に優れ、国王陛下の覚えもめでたい騎士の鏡。父上……国王陛下は一回り年上のユリウスを頼りにしていた。陛下への造反にしても帝国への宣戦布告にしても思い当たる理由が無いね」

 ほんとわからないよねえとマリアーノ殿下は笑っているが、一緒に笑う胆力はこの場の誰も持っていなかった。


「……君たちは、君たちに出来ることをきちんと成してくれた。あとは、ユリウスの誇りに期待して、国王陛下の沙汰に従おう」

「それしか、ないのですね……」

「ないね。三日後の査問会には陛下と僕と母上、あとは査察部が立ち会う。リベリオ君が一連の事実を述べて、ミケ君とスパーダ、ルクレツィア大叔母様が証言する。明日、僕とエルネストでリベリオ君とミケ君の分の草稿を書こう。査問会での証言は内容はもちろんだけど貴族的な文脈の方がウケがいい。ミケ君とレオ君が処刑されるのはもったいないからね」

 レオを足にくっつけたまま、ミケは深く頭を下げた。

「さて、僕はこれで。明日と明後日も顔を出すよ」

 コーヒーの残りを律儀に飲んで、マリアーノ殿下が席を立った。全員が扉の前を開け、応接室から出ようとしたマリアーノ殿下が、思い出したように立ち止まる。


「そうだ、リベリオ君、ミネルヴィーノさん。大事な弟妹を僕も君たちも心配させてしまっている、エヴァルドとルーチェに君たちの無事を伝えておくよ」 

 願ってもないことだ。リベリオとステラは顔を見合わせ、先ほどのミケと同じように深く頭を下げた。


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