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8-3:展開せず


「なあ、あんたらは俺とスパーダって生きた犯人を捕まえたわけだろ。俺らを突き出せば終わりじゃん? それで何でそんなに切羽詰まった顔してるわけ?」


 頼れる身内が居なかった分、ミケは他人の顔色を察することに長けている。このときも、リベリオの話が冒険譚で終わりではないことに気付いた。

「……これを」

 ゴッフリートにしたように片方ずつではなく、スパーダの手紙の中身、それから染まりかけの魔石を、リベリオはまとめて出した。

 反応は、さまざまだった。

「……湖水の村って、あんたら兄妹の生まれ育った村なんだよな?」

「ああ」

「リベリオ様、魔石が部分的に染まっているのは何故ですか?」

「魔力を流し込んで染めるのではなく、身に着けているうちに染まったためです」


 ミケが湖水の村の場所を確認しクラウディオが染まり方を検証する横で、ステラは真っ青な顔で椅子から落ちようとしたリリアナの肩を支えた。

「……どうして」

「リリアナ様……」

 か細く呟いたリリアナの目から涙が零れた。

「……こちらでも話していたんです。ミケさんが削り出した魔石は灰色で、ミケさんに火の魔法の素養は無くて。なら、誰が魔石を紫に染めたんだろうって……」

「母は、魔石に魔力を込めたことは無いはずです。魔石の存在を知らない可能性すら、あるのに……」

「だから首飾りに仕立てられている訳だ。染まり方を見るに、結構な時間が掛かりそうなものですが」

 クラウディオが苦々しく吐き捨てる。魔法の知識や素養がある人間ならば一分も掛からない作業だ。非効率すぎて、リリアナやクラウディオには思いつけない。


「……失礼します」

 リベリオに断っていつもの白手袋を着け直し、ステラは染まりかけの魔石をルーペで覗いた。乳白色と灰色が混ざったごく普通の魔石は、紫紺に染まった部分だけは最高級のアメジストのように見えた。

「魔石の首飾りを付けているだけで、染まるなんてことが」

「出来て、しまった。……ミケさん、研磨を終えてスパーダ達に渡した魔石が幾つかは覚えていますか?」

 リベリオの質問にミケは指を折って、さらに二度数えてから答えた。

「四つ」

「耳飾りに二つ、首飾りに一つ、染まりかけの一つで数が合う」

 大きな大きな安堵の息を、ミケを含めた全員が吐いた。

「あっぶねえ……。良かったなミケ、お前の首が繋がったぞ」

「ミケさん、これは一つ作るのに、どれくらいの時間が掛かるものですか?」

 さすがにステラの父ほど速やかではないと思いたい。

「最初のやつは半年。一番新しいやつで三ヶ月。形と大きさはスパーダから指定された。どれも小さいから、削ってる途中たまに割って一からやり直し」

「装飾品に仕立てて違和感のない大きさを、スパーダは指定したのですね」

 魔石はそもそも人の手では割れないものだが、ミケによると耐久硬度があるらしい。いつか研究する機会が来るといい、とステラは思う。


「母は、この首飾りは外商を連れてきたユリウス伯父上が贈ってくれたと」

 リリアナの目から涙が止まる。

「ユリウス伯父上っていうと、結婚式の時にリベリオ様たちの母君を連れて来てた美形の人かな。若く見えましたが、お幾つで?」

 クラウディオは結婚式のときに、ステラは結婚式の前にもユリウスに会っている。

「五十の半ばだったかと」

「……お忙しいグレゴリオ伯父様やゴッフリートお祖父様の代わりに、ユリウス伯父様は母の様子を見に行ってくれていました。兄様と私がローレに住まいを移したあと、です」

「リリアナ」

「どうして、私は、気付けなかったの」

 可憐な唇は、嘆きではなく怒りに震えていた。

「……リリアナ、お祖父様からの伝言だ。お前の責ではない、親の因果を子が引き受ける責はない、と」

 でも、と言いかけたリリアナが口を閉じる。自分のせいだと言ってしまえば、兄のせいにもなってしまう。


「なあ、そのユリウス伯父さんとやらが、俺みたいにお偉いさんや金持ちに命令されてやった可能性は?」

 重苦しい空気のなか、居心地悪そうにミケが手を挙げる。

「ユリウス伯父上はローレの財務長官です。以前には王都で北方騎士長を務めていました。ユリウス伯父上に命令が出来るのは祖父かグレゴリオ伯父上か王族だけです、操られている可能性は無いというのが俺と祖父の見解です」

「そんなお方が金に困ってる……わけがないよなあ」

「この鉱山くらい小遣いで買えるぞ、ミケ」

 金持ちってマジ嫌、というミケの感想はこれまでの経過を顧みればもっともだった。


「お仕事にもお金にも恵まれた方が、どうしてこんなことをされたのでしょうか……」

 ステラから、もとい誰から見てもユリウスに何らかの不満があったとは思えない。あまりにも満ち足りているゆえに、王族と公爵家を巻き込む事件を何故起こしたのか、どこからも推察出来ないのだ。

「イズディハール皇太子に言われた。私怨であれば、お前には縁遠いものだろうと」

「ご助言下さる皇太子殿下は太っ腹な方ですねえ。大丈夫ですリベリオ様、誰から見ても理解出来ないから私怨って言うんですよ」

 あえて声音を明るくしたクラウディオが、リベリオを慰める。リベリオとリリアナ、ミケの困窮は周囲が見ても分かりやすいものであり、それ故に湖水の村長がローレに窮状を訴えたり、あるいは利用したりした。


「ありがとうございます、クラウディオさん。……処刑して終わりには出来ない、ゴッフリートお祖父様は理由こそが必要だと言っていた。理由を自分に語ることは無いだろうとも、偽らず語る相手が居るとすればお一人だけだとも」

「お一人……あの、リベリオ様、すごく嫌な予感がします……」

「……国王陛下の御前だ」

 ステラの予感にリベリオは頷きとともに答えを返し、皆で今日何度目かも分からない呻き声を上げた。


「では、我々がミケさんやスパーダを確保したことはユリウスに伝えず、査問会には予定通りローレの縁戚として出席させるのですね」

 真っ先に立ち直ったリリアナは、けれどもう伯父上とは呼ばなかった。

「ローレで捕えて突き出せば、理由を聞き出せなくなる。母はローレ城のお祖母様に見ていてもらい、査問会での付き添いをユリウス伯父上に頼むことにした」

「私達の結婚式でもルクレツィア様に付き添われていたのは、魔石の首飾りを着けて来させないため……?」

 ミケの制作期間を考えれば式の頃にはルクレツィアは魔石の首飾りを持っていた。それを間違っても着けて来させないための付き添いでもあったのだろう。

 そうであれば、ユリウスがルクレツィアの付き添いを断ることはないはずだ。

「恐らくは。……王の御前で偽りを語るようであれば、もう騎士とは呼べない。伯父に誇りが残っていると思いたい、が」

「凶行を起こした人に、誇りを期待する……」


「いびつな、話だ」


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