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7-12:ときには未来の話を


「ローレ様、お待たせ致しました!」


 言い置いた通りに、そう間を置かずアウローラとジョルジは戻ってきた。

「出来る限り小さくまとめました。これでいかがでしょうか」

 そう言ってアウローラが差し出したケースはリベリオが想定したよりも随分と小さなものだった。少し大きめの学生鞄のような大きさで、中にドレスが入っているとは思えない。ご婦人方のフワフワとしたドレスを思い出しながら首を傾げていると、ジーノが説明してくれた。

「持ち運び用に纏めるのにも、幾つかコツがあるんです。内側に着込むパーツは、王城のほうに、ある、だろうと……だよね?」

「ええ」

 ジーノが補足してアウローラが頷く。良い夫婦だと素直に思えた。

「お見せしてから包めば良かったですね、申し訳ありません」

「いいえ。アウローラ嬢が作られたものですから、ステラに似合うに違いありません」

「そうだと、嬉しいのですが……」

 嬉しさ半分、不安半分だろうか。アウローラが微かに指を捏ねる。


「ローレ様、この機会に御入り用のものは御座いませんか?」

 アウローラの後ろから乗り出し気味に伺ってきたのはジョルジだ。やや気圧されながらもリベリオは店内を見回した。サロンのように優雅な店内には、トルソーに着せられたドレスの他にも男性用の仕立てや細々とした布製品が陳列してあった。棚に並べられた、一目で分かるほど上質な布地の数々は圧巻だ。

「この辺りの品々など、よくお似合いかと存じますが」

 ジョルジがすすめてきたのは男性用の薄手のケープで、暑くなるこれからの季節に向けた必需品だ。薄く滑らかな生地は青灰色をしている。好みの色だと感じたのと同時に、自分よりも腕利きの商人の方がリベリオの好みに詳しいのが少し面白かった。

「頂いて行きます。好みを見抜かれてしまいました、フェルリータの商人の方は目が違いますね」

「とんでもございません、息子同様まだまだ勉強中の身にございます。これもお包み致しましょうか?」

「そのままで。すぐに夏が来るでしょうから」

 値を聞いて銀貨を数えようとしたリベリオの視線が、ジョルジの背後にある棚に留まった。今は初夏で、客の視線が真っ先に向かう中央付近は夏物が展示されている。端には少し季節外れの、秋冬物が寄せてあった。

 季節外れであってもそこは高級店、陳列してある品々は上質なものだ。目に留まったのは華やかな赤の布地だった。

「あれは冬用の布地ですが……」

 リベリオの視線の先を追ったジョルジは言葉を濁したが、アウローラが目配せしジーノが布を棚から取ってきた。

「……ミオバニアの高地に住むヤギから織った布を染めたもので、軽くて、温かい、です」

 辿々しくもジーノが説明してくれた。視線は合わなかったが。


「ローレ様もお目が高い。おお、これで冬用のケープを仕立てるのはいかがでしょうか」

「……お願い出来ますか」

「ええ、ええ、勿論ですとも」

 稀少な生地だ、夏用と冬用のケープを合わせればそれなりの値になる。両手を揉まんばかりにジョルジは目尻を下げた。

「では、女性用のケープをひとつ」

 ―― 下がった目尻が引き攣った。

「……ローレ様、不躾なことをお聞きしますが、奥方との出会いはどのような……?」

 今までに王城で何十回と尋ねられたことだ。リベリオはこの時も何十回と同様の答えを返した。

「ミオバニアへの視察を同行した際に知り合いました。……王城でも必要な冬服は支給するのですが、味気のないものです。この機会に、と」

 視察時に配給された冬用の外装は実用一辺倒のデザインだった。くすんだ茶色の無骨なコートを、リベリオはもちろんステラも着ていたのを憶えている。

「……左様に、ございますか」


「ローレ様、姉用のケープでしたら私達に仕立てさせて下さいませ……!」

 黙り込んだジョルジを押し除けるように、アウローラが手を挙げた。

「アウローラ嬢、お願い出来ますか。……良い色だと思うのだが、派手が過ぎるだろうか」

「いいえ、姉は地味な色を選びがちなだけで、ローレ様から贈り物ですもの華やかで良いと思います。私は常々姉に華やかな色を着せたかったのです……!」

「……赤でも、ワインのような……落ち着いた、色です。似合われる、と、思います……」

 アウローラが張り切り、ジーノが後押しする。任せるのに不安の欠片もなく、リベリオのケープと合わせて気持ちよく支払いを済ませた。

「寒くなる前……そう、ですね、秋頃には王城に送るように、します」

 裏地はこれで芯地はあれでと、ジーノはすでに構想を始めている。

「次にフェルリータに来られる時は、これを着た姉と是非一緒にお越し下さいませ」

 アウローラの後ろでジョルジは顔を顰めている。

 義兄であり顧客に言う何らおかしくなく、サラリと言い放たれた言葉だ。

 けれど、可憐な笑顔を崩さないアウローラの緑の目は、フランキ商会を訪ねて欲しいと願ったジュスティーナと同じ目をしていた。たとえ自分が後釜に据えられたとしても、家族が不当な目にあったことを無かったことには出来ないのだと。


 情に厚い家族の在り方がリベリオには少しばかり眩しく、誇らしい。

 リベリオは約束というものをした記憶がない。保証出来る事も、担保に出来るような物も、リベリオは何一つ持っていなかったからだ。

『見つけてきます』

と、星よりも不確かなものを探しに行ってくれた人に、リベリオは何を返せるだろう。

 怠けていたとしか言いようがない表情筋を動かす。自分はアマデオや王子殿下達のように優美に笑えているだろうか。仕草も声もゆっくりと、満たされているのだと他者に示す。

 焦り、目を開き、けれど必要なのは覚悟ひとつ。


「ステラとフェルリータを訪れると約束しましょう。――必ず」



 

 春の終わり、夏の始まり。

 うだるような暑さの夜、煌びやかに着飾った男女が開け放たれた扉を潜る。毛足の長いカーペット、ヴィーテで特注されたというシャンデリア、昼は演劇場兼迎賓館として使われている由緒ある会場は、夜は豪華絢爛な競売会場と化した。

 正装したジュスティーナと異国の招待客の組み合わせは否応なく人の目を集め、受付の時点で人に囲まれた。騒ぎを聞きつけた主催者も現れ、お噂はかねがね、と席へ案内された。

 案内された席は会場の後方上部のボックス席で舞台と客席が一望できる。沈み込むような柔らかさのソファにジュスティーナとハルが座り、リベリオはその後ろに控えた。


「少しばかり目が開いた顔をしているな」

 行儀悪く背もたれに腕を掛けながら、異国の皇太子がリベリオを揶揄ってくる。自分はそんなにぼんやりした顔をしていたのか、そしてそんなに分かりやすいのかと両方の意味でリベリオは嘆息した。

「フランキ商会に出向いて下さったと、アウローラから聞きました。ローレ様、わたくしの我儘でご足労お掛け致しました」

 慇懃なハルと異なり、ジュスティーナは丁寧に頭を下げた。

「いいえ、義母上。自らの至らなさを省みる良い機会でした。……ステラへの手土産も、出来ましたので」

「あら、何かご購入を?」

 黒のドレスで正装した姿は元男爵令嬢らしい美しさだったが、ジュスティーナも商人だ。リベリオがフランキ商会で購入したものが気になるらしい。

「ステラに冬のケープを仕立てて欲しいと、布を選んでアウローラ嬢達にお願いして来ました」

「まあ」

 ジュスティーナは嬉しそうに頬を綻ばせたが、隣に座るハルが笑い声を上げた。腹を抱えて大笑いする様は隣国の皇太子殿下にしては随分と野卑だった。


「冬、冬物か!……もちろん、嫁御に手ずから渡してやるのだろう?」

 ニヤついた口元、楽しげに品定めをする海色の目は先日と変わらない筈なのに、不快感は幾分か減っていた。リベリオの方に引け目が減ったからだと気付く。

「ええ。……冬を迎えなければいけない理由が、出来てしまいました」

「朴念仁にしては上出来だ。精々、足掻いてみせよ」

 上からの物言いが、不思議と柔らかな労いに聞こえた。心持ち一つで変わるものだと自分の至らなさを省みていると、舞台上に先程の主催者が現れた。


「フェルリータの夏を彩る一夜にようこそお越し下さいました。皆様のお目に適う品ばかりであると自負しております。異国からのお客様もお迎えしての、大変華やかな催しとなりましたことを御礼申し上げます。どうぞ最後までお楽しみ下さい」

 開会の挨拶の後にルールや諸注意が続き、異国の皇太子が鬱蒼と笑う。

「さあ、狩りの始まりだ」

 ソファの後ろに立つリベリオはポルポラに用意させた従者用の正装だが、革の手袋と、弓を入れたケースだけは使い慣れた自前のものだ。

 手袋の緩みをもう一度閉め直す。


 競りの間違いでしょう、と咎めはしなかった。




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