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7-11:ボーイミーツガール

ミネルヴィーノ家が帰還し競売への参加を打ち合わせた次の日、リベリオは早速フランキ商会が営む服飾店へと向かった。

まずは昨夜と同じくミネルヴィーノ宝飾店のある中央通りへ。左右を見渡しながら歩けば、目的の店はすぐに見つかった。ガラスを贅沢に使ったショーウィンドウ、飾られているドレスは流行を取り入れたものだろうか。リベリオには全く分からないそれらを、若い女性達がガラスに張り付かんばかりに凝視している。

 『フランキ商会』と書かれた看板の下、優美な扉を潜る。扉のベルが鳴ると、内側には別世界が広がっていた。天井にはシャンデリア、接客用のビロード貼りのソファ、豪奢な花瓶、王都の百貨店の服売り場との差で目が眩む。ドレスを発注に来たのだろう貴婦人達はもちろんのこと、針子の女性達にしても王城の制服より余程華やかな格好をしていた。


圧倒的に女性の多い店内だ。高級店であるためリベリオを指で指すような女性は存在しなかったが、少しのざわめきと共に視線が集中した。明け透けな値踏みの視線は、けれど隣国の皇太子の値踏みに比べれば随分とかわいらしいものだった。

「フランキ服飾店にようこそおいで下さいました。今日はどのようなものをお求めでしょうか?」

「アウローラ嬢に取り次ぎを。リベリオ・ローレと伝えてもらえるだろうか」

 御用聞きの女性店員は若く、リベリオの顔を見て赤くなり名を聞いて青くなった。若い男の客を面白がるようなざわめきが瞬時に止まり、代わりに視線が強さを増した。

この場にいれば間違いなく冷やかしていたであろうイズディハール皇太子は共に来ていない。断っても着いてくるとリベリオは予想していたが、予想に反して宿でゆっくりすると言われた。

「す、すぐに参ります! こちらでお待ち下さいませ……!」

 案内されたのは幾つかあるスペースのうち、最も豪奢なソファだった。明らかに貴賓用であるのに、周囲の視線からは遮られていない。つまりは高位貴族の来店を周知するための空間だ。

こういった店こそ、かの人の得意であったろうにと思ってしまうのはリベリオの甘えだ。少しばかり自覚して意識してみれば、リリアナ、アマデオと周囲がリベリオよりも桁違いに社交に長けていた故に、リベリオはほほほぼ社交の場に立つ機会の無いまま今に至っている。

得意に任せていたと言えば聞こえは良いが、不得手であるからと明言を避け逃げてばかりだった自分が恥ずかしくてならない。せめてそれらしく見えるよう彼らの表情や立ち振る舞いを倣って座っていると、店の奥から足音がした。


「お待たせ致しました、ローレ様!」

 半ば駆け足で出てきた三人のうち、二人はリベリオの知る顔だった。結婚式で会ったステラの妹のアウローラ、それと先日王立学院の食堂で会ったステラの元婚約者。最後の一人が進み出て優美な仕草でリベリオに挨拶をした。

「ようこそ当店にお越し下さいました。お初にお目に掛かります、商会長を務めておりますジョルジ・フランキと申します。ジーノの父にございます」

 フランキ商会の商会長は、埃一つないスーツを纏った壮年の男性だった。品良く撫で付けられた髪や仕立てのスーツには隙が見当たらず、ステラの父のダリオとは雰囲気が全く異なる。ジョルジの雰囲気は、ダリオよりもジュスティーナに近い。

 アマデオの仕草を少しばかり倣い口端を上げながら、リベリオも挨拶を返した。

「王都で北方騎士長を務めております、リベリオ・ローレです。アウローラ嬢から預かる物があるとミネルヴィーノの義母上から聞いてお邪魔しました」

「……母から、ですか?」

 アウローラが少しだけ首を傾げた。華やかに結い上げられた金の髪が、さらりと揺れる。

「ええ。今回フェルリータを訪れたのは別の件ですが、先日はローレまでご足労頂いたにも関わらず、式の後ろくに挨拶も出来ないまま王都に戻ることになってしまい、アウローラ嬢にもご家族にも失礼を致しました」

「とんでもございません、ローレ公爵家の結婚式にお呼び頂けるなど身に余る光栄にございました。ローレ様も姉も本当に美しくて、私の一生の思い出です」

 ジュスティーナ仕込みだろう、アウローラの返答は滑らかだ。けれどその隣、ジョルジ会長の目がわずかに引き攣るのが見えた。


「母が申したのは、その、私が姉のために作っていたドレスなのです。確かに渡して頂けると嬉しいのですが、そのような事をローレ様にお願いしてよろしいのですか?」

 ジュスティーナとアウローラと、全く同じためらいが好ましかった。きっとステラも同じところで遠慮するのだろう。

「構いません、ステラが喜びます。馬で運びますので纏めて頂けると助かります」

「まあ、ありがとうございます……! お言葉に甘えさせて頂きますね、すぐに準備致します」

「私も手伝おう、アウローラ。お時間を頂きますことをお許し下さい。ジーノ、ローレ様に失礼の無いよう」

 アウローラが膝を折って一礼し、ジョルジと共に奥へと戻っていった。

後ろ姿を改めて見てみれば、アウローラが着ているドレスはピーコックグリーンで、王城の緑の制服とよく似た色だった。

ただし、意匠は全く異なる。王城の制服は生成りのシャツにグリーンのローブドレスを合わせた実用的なもので、生地も厚く、飾り気は階級を示すサッシュのみ。

 一方、アウローラのドレスは華やかなデザインで、生地は光沢を帯びて膨らみ、裾は優雅にたなびいている。流行はおろかシフォンやドレープといった装飾をリベリオは知る由も無いが、彼女らが纏う服がそれぞれの役割に適したものであることは分かった。


 先ほどの店員がサイドテーブルにお茶を置いて去れば、その場にはリベリオとジーノだけが残された。

「その」

「あの」

 出だしが被った。沈黙が広がったが、こういった場合は客から促さないと話が進まない。

「……失礼。改めまして、リベリオ・ローレです」

「あの、こちらこそ、失礼しました。……ジーノ・フランキです」

 フェルリータに多い栗毛の髪、猫背、俯きがちなところに既視感がある。

「私はこういったところは不慣れで。フランキ殿が良ければ、話に付き合って欲しい」

「は、はい」

 リベリオが差し出した手をジーノが握る。騎士とは違う柔らかな手のひら、けれど指先には沢山の傷跡がある。職人を志す同い年の同じ指を、リベリオは知っている。

おずおずと手を握る仕草すら、リベリオには馴染み深いものだった。


ソファの傍らにあるカーテンをジーノが半分ほど閉じる。本来は試着用だろうカーテンは二人の姿を野次馬な視線から遮ってくれた。ずっしりとした厚手の生地は会話を聞かれないための壁の役割も果たしている。

「あの、何を……お話しすればばいいでしょうか……?」

 ジーノの顔色は悪く、両手を胸の前で強く握りしめていた。叱責を待つ部下のようだとリベリオは思ったが、そんなつもりは全く無い。

「ステラと比べて、アウローラ嬢はどのような女性だろうか」

「……」

 ジーノの顔が土気色になった。

 変な質問をしただろうかと首を傾げ、少し考えたところでその質問が

『現夫が妻の元婚約者に、妻の何が不満だったのか』

と詰るものだと流石のリベリオでも気づいた。

「ち、違う……! すまない私は本当にこういったことが疎かで、見聞を広げて来いと言われて来たばかりで……、本当に不躾ですまない……!」

 慌てて立ち上がり、リベリオはジーノに深々と頭を下げた。アマデオがこの場に居れば、リベリオは強制的に退場させられていただろう。

「……ローレ様、あの、失礼ですが、お幾つですか?」

「……ステラとフランキ殿と、同い年のはずだ」

「同い年……」

 ジーノの目がリベリオの首元から足先までを眺める。値踏みではなく、客の年齢と体格を測る視線だった。

「私だけが座っているのは落ち着かない、出来たら座ってもらえないだろうか。ここには、預かり物を受け取りに来ただけだ」

 そこまで促してようやくと、ジーノがリベリオの対面に座った。職人が貴族の対面に座ることは本来ならあり得ないが、リベリオにしてみれば立たれているのも落ち着かないし傅かれるのはもっと遠慮したい。

私を見栄の足しにするのは無理かと思われます、と心の中でリベリオは義母に詫びた。


「先ほどアウローラ嬢が着ていたドレスが、王城でステラが着ている制服の色によく似ていたんだ。色は同じなのに形は全く違って、だから彼女らの仕事の違いを聞いてみたかった」

 紛らわしい言い方をしてしまってすまない、とリベリオは重ねて頭を下げた。

「王城の、制服……あの、デザインをお聞きしてもいいですか?」

 制服という言葉にジーノの目が光る。胸元からメモ帳を取り出し、首元は、丈は、膨らみはと聞き取りしては書き付けていく。絵心のないリベリオの目に、見たこともない制服を描き出していくペン先は魔法のように映った。

「王城の制服だ、すごい」

 子供のようなリベリオの感想に、ジーノの顔に初めて笑顔と呼べるものが浮かんだ。

「……僕ではなく父なら、多分どちらでも、良かったのだ、と、思います」

 ステラでも、アウローラでも。


 ぽつりぽつりと、滑らかに動くペン先とは似つかわしくない辿々しさでジーノは話してくれた。

「父は、ご覧になった通りの商会長で、それでいて腕利きの職人です。一人で、経営も接客も、デザインも、なんでも出来る。……でも、僕は父のようには、なれなくて」

 ジーノの父、ジョルジは商会長を務めながら職人もこなしている。優雅な見目と接客は貴族のご婦人からの評判も高く、ミネルヴィーノ商会のジュスティーナよりも一人でこなせる事が多い。

「……人の顔を見るのが、どうしようもなく苦手です。服は体にではなく、人に沿うものだと教わりました。見習いの頃からずっと克服しようとしても、……駄目でした」

 そう話すジーノは確かに、リベリオの顔を見ていない。制服のデザインを書きつけているメモから視線を離さない。先ほどもジーノが眺めたのはリベリオの首から下、骨格や肉付きだけだ。

「でも、アウローラといると少しだけ、人の顔を見れるような気がするんです。……アウローラは華やかだから、皆そっちを見るでしょう? 視線が合わなければ縮こまらずに人を見れる気が、して……」

 それは、職人として褒められたことではなかっただろう。ジーノの父のように自ら客の前に立ち要望を聞き、人に沿う服を作るのが本来の、望ましい職人の在り方だ。


「……カルミナティ女史に教わった。商人の結婚に必要なのは、尊敬とチームワークだと」

「ああ、カルミナティさんらしいなあ。……父を尊敬しています、でも僕は父のようになれない。だから父は……いいえ、僕は、アウローラを選んだ」

 ジーノに足りない部分を補い、店先とジーノの隣に立ってくれる、それがジーノの選んだチームであり伴侶なのだと。


 ジーノと良く似た、ステラではなく。



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