7-10:商いの憂い、母の憂い
「オークションの主催者と連絡が取れました、次のオークションは来週末に開催されます。そのオークションの出品者のリストにスパーダの名がありました。申し込みは可能です」
ローレ公爵家に先代から出入りすることだけのことはあり、ポルポラは優秀だった。決して逃げ出すような真似はせず、リベリオに報告出来る成果がなくとも一日の終わりには必ず宿に顔を出した。
他の貴族であればポルポラは真偽を問わず全ての罪を着せられて処刑される。ローレ家の特異性によって自らがかろうじて命拾いしている現状をポルポラはよく分かっており、協力と進言を惜しまなかった。
「つきまして、ひとつ懸念がございます。件の耳飾りと首飾りですが」
「魔石宝飾と我々は便宜上呼称している」
「……ありがたく使わせて頂きます。魔石宝飾を競り落とした際、私はオークション主催者の立ち合いのもと出品者から落札品を受け取りました。スパーダと数分ですが面識があるのです」
「……再度の接触には不向きだと」
「左様にございます」
スパーダを辿り自らの濡れ衣を晴らしたいという、リベリオとポルポラの利害は一致している。来週末のオークションにスパーダは再度出品して来るが、それを再度ポルポラが競り落とすのは怪しまれるのではないかとポルポラは進言した。
「今度の出品も宝石か⁉︎ 宝石なら俺が競り落とすぞ!」
ワクワクとソファから乗り出したハルにポルポラは首を振った。
「今度の出品は絵画とリストにありました」
「なんだ、つまらん」
「尋ねるが、スパーダは商人か?」
リベリオの問いにポルポラは言葉を選びながら答えた。
「商人ではない、とは断言出来ません。フェルリータの商工会に登録があり、継続的な取引実績があると確認しました。店舗を構えず事務所だけを借り、各地を回る手法をとっていると思われます」
「ポルポラと同じではないか」
「……遺憾ながら」
肯定するポルポラの声には苦渋と憎悪が混ざっていた。
「ですので、フェルリータの他の商会を用いるのは如何でしょうか。今日の昼にミネルヴィーノ宝飾店の一家が戻ったと、我が商会の小間使いから連絡がありました」
「すぐ訪ねよう、先に知らせを頼めるか」
「はい」
結局そこも使わざるを得ないのだと、内心で嘆息しながらリベリオは立ち上がった。手元の時計の針は夜の二十一時、客として訪ねるには遅いが明日明後日に回せるような悠長な事態でもない。
ポルポラとハルと三人連れ立って中央通りに向かう。夜を過ぎても中央通りは明るく、店先にはランタンが吊るされ喧騒に満ちていた。魔石の安定した光源とは異なる不安定な灯りが、観光客には一周回って目新しく見えるらしい。フェルリータは不便を売りにした街だ。
フェルリータに着いた当日に訪れた店の前には、人影があった。人目につかないごく普通の栗毛の髪、飾り気のない麻のシャツとズボン。ついひと月前の結婚式で会った、ステラの父親のダリオだ。
「どうぞ、こちらへ」
ダリオは言葉少なに会釈だけをして、エリデが入って行った側道に三人を案内した。裏の通用口から入り廊下を通ると、応接室にはすでに人が待機していた。豪奢な金の巻毛とエメラルドの瞳、ステラの母のジュスティーナだ。
「夜分の訪問にて失礼する。ローレ家の事情に御息女とあなた方を巻き込み、あまつさえこうして助力を借りにきたことを謝罪させて頂きたい」
ジュスティーナが口を開くよりも先に、リベリオは深く頭を下げた。
ジュスティーナは男爵家の出身だ。歳若く末子とはいえ公爵家の人間に先んじて頭を下げられ、顔には出さなかったが内心では珍しくも動揺した。
「どうか頭を上げて下さいませ、ローレ様。事情はお手紙を拝読致しました、ローレ公爵閣下と王妃殿下にあらぬ容疑が掛けられお家が取り潰される可能性があり、その下手人をフェルリータで確保するに協力をと」
リベリオの手紙は容疑の詳細も魔石宝飾のことも省いてあり、情報としては不完全なものだった。詳細をジュスティーナは追求しない。三大公爵家の取り潰しなどとありえない事態で詳細を知ってしまうことはデメリットの方が大きいからだ。
「後ろにいらっしゃるのはポルポラ様ですね。ポルポラ様で叶わないことが我々でお力になれますでしょうか」
「お久しぶりです、ジュスティーナ会長」
ポルポラとジュスティーナには商工会での面識があった。ポルポラは店を持たないが公爵家に出入りがあり、ジュスティーナは店を持っているが貴族相手の取引は伯爵家までだ。商人個人の格としてはポルポラの方が高い。
「来週末に行われるオークションにミネルヴィーノ商会で参加して欲しいのです。接触したい出品者がおります」
「競り落とす素振りは俺がやろう」
主演に手を挙げたハルをリベリオが紹介する。
「こちらは帝国より来られたハル様です。表向き、私はこの方の護衛を兼ねています」
「お初にお目に掛かります。ステラの母、ジュスティーナにございます」
姓も職業も名乗らない青年に、ポルポラ同様ジュスティーナも最上級の礼で膝を折った。
「当商会は出たことのない競売です。ハル様とその護衛の方を案内して、という形でよろしいでしょうか」
「ありがたい」
「明日にでも申し込みましょう」
ジュスティーナが力強く頷き、リベリオはもう一度頭を下げた。
自分よりも下にある頭にエメラルドの瞳が揺れる、ややもしてジュスティーナは遠慮がちに口を開いた。先ほどまでとは異なり声は小さく、口調も随分と心もとないものだった。
「……ローレ様、もし、もしオークションまでにお時間がありましたら、一つご足労をお願いしたいのですが」
競売は来週末だ、フェルリータから出ることは出来ないが市内であれば少しばかり余裕がある。
「助力の礼に、何なりと申し付けて頂ければ。謝礼は金貨の持ち合わせがないので、差し当たりこれを」
懐からマリアーノ殿下から貰った指輪を出そうとしたリベリオを、ジュスティーナが首を振って止める。
「娘にも関わる事です、金品など不要にございます。……ただ、お言葉に甘えさせて頂くならば、中央通りのフランキ商会の服飾店で働いているアウローラを日中に訪ねて頂けませんでしょうか」
「妹御を?」
アウローラとはステラの妹の名前であるとリベリオは記憶している。結婚式の際にリリアナと会話していた金髪の少女だ。
「はい、ステラに渡したい服があると申しておりました。それを受け取ってステラに渡して欲しいのです」
リベリオは首を傾げた。服を受け取りに行くことも預かって渡すこともさほどの手間ではない、それが何かの礼代わりになるのだろうか。
「……リベリオ様、ジュスティーナ会長は」
横からポルポラが助け舟を出そうとしたが、それよりも先にジュスティーナは頭を下げた。
「お気遣い頂きありがとうございます、ポルポラ様。そしてローレ様、……不躾な願いを致しました。どうぞ、お忘れ下さい」
「頭を上げて下さい義母上、受け取りに行くのも渡すのもさほど手間ではく、それは余りにも安い謝礼になってしまうのではと」
そう言って頭を上げるよう促したリベリオに、ジュスティーナは顔を歪ませて笑う。
「……わたくしは、フランキ商会に見栄を張りたかったのです」
「……見栄?」
それもまた、リベリオに縁遠い感情だ。
「ステラがフランキ商会に婚約を破棄され、代わりにアウローラが努めていることはご存じでしょうか」
「……ステラとカルミナティ女史に聞いただけのことならば」
リベリオの知るところは結果のみであり、経過や事情を加味したものではない。
「商家の結婚とは商会同士の結びつきを強化するものです。適した相手を互いの家が求める、そのことに異論があるわけではありません。フランキ商会のご子息にはアウローラが適していた、それも事実です」
ただ、とジュスティーナは続ける。ここまで沈黙を守ってきたダリオがジュスティーナの傍らに立った。
「わたくしは、自分を情けなく思いました。娘が適していないと返され、陰口を叩かれるのに仕事先も結婚相手も探してやれず、母としても商会長としても無力でした。……ローレ様に受け取りに行って欲しかったのは、フランキ商会にローレ様を見て欲しかったから」
エメラルドの瞳が燭台の灯りに揺れる。震える肩を、ダリオが静かに支えた。
「貴方達が返品した娘は、王都で結婚したのだと見返してやりたかった。娘の結婚に、わたくしは何も力になれていないのに上澄みだけを舐めようと致しました。……厚顔で浅ましい、見栄でございます」