表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/109

7-8:商いの功罪


「もちろんでございます。大変貴重な出物で、これは是非ローレにお持ちせねばと」


 白を切るか暴れるか逃げ出すか。いつでも腰裏のナイフに手を伸ばせるよう備えていたリベリオの前で、ポルポラはあっさりと仕入れを認めた。

「……首飾りも良き品だった。耳飾りも首飾りも、伯父はマリネラ妃殿下に贈られた」

「おお、王妃殿下に……! 妃殿下に着けて頂けるとは商人冥利に尽きまする。妃殿下の美貌をさぞ引き立てたことでございましょう」

 ポルポラの声音は明るく、暴れたり逃げようとする様子はない。自分が仕入れた商品を褒められ、心から喜んでいるようにリベリオには見えた。


「おや、はて……? 耳飾りも王妃殿下に贈られたとのことですが、何故これをリベリオ様がお持ちに?」

「マリネラ妃が片方を落としてしまったらしい。城を探してはいるが、もし見つからなかった場合は予備を購入できないかと伯父にことづけられた」

「そうでございましたか。ああ、ですが……」

 ここで初めて、ポルポラが困った顔を見せた。

「この耳飾りはどこで仕入れた品だ? 再度仕入れることは難しいか」

「仕入れたのは奇しくもこのフェルリータでございます。ですが、これだけの品となりますと……」

 耳飾りの片方を紛失することは珍しいことではない。問題は、これが王妃殿下に贈られるような代物であることだ。やましい事があるという態ではなく真剣に唸るポルポラを尻目に、ハルがエリデに声を掛けた。

「エリデ」

「は、はい!」

「こちらに来い来い、そしてそっちに座れ」

「ああ、カルミナティ嬢こちらにどうぞ」

「えええ……」

 会話の邪魔をしないよう息を潜めてお茶を飲んでいたエリデが、弾かれたように立ち上がる。ハルの手招きに応じ促されるまま、ソファの片側に寄ったポルポラの隣に座った。

「めったに見れない品だぞ、なんとマリネラ王妃殿下の耳飾りだ」

 緻密なカットを施された雫型のアメジストが、燭台の灯りに煌めいている。中央の宝石の大きさもさることながら耳飾りの金具に至るまで技術の粹を尽くされている。ミネルヴィーノ宝飾店はおろか、エリデが見ることのできるような品ではない。


 ごくりと唾を飲み込み目を閉じるのも忘れて凝視するエリデに、ハルが笑う。

「せっかくだ、エリデも着けてみるか? なあ、構わんだろう? リベリオ」

「ええ⁉︎」

 エリデは悲鳴を上げてリベリオを振り返ったが、リベリオは頷いた。

「構いません。ただ、ご結婚されたばかりのハル様がカルミナティ女史に着けて差し上げるのは問題があるかと」

「待って、そんな、待って……⁉︎」

「商人が客に着けてやるのは当たり前の事ではないか、なあポルポラ?」

 狼狽するエリデに楽しげに笑いながら、ハルはポルポラに同意を求めた。騎士であるリベリオとは異なる商人同士、装飾品を客に着けてみせるのは当然のことだろうと。

「ハル様もご結婚されたばかりでいらっしゃいましたか、おめでとうございます。では僭越ながら私めがお着け致しましょう。お嬢様、髪を上げて頂けますか?」

「ヒッ……!」

 白手袋に包まれたポルポラの手が耳飾りを丁重に持ち上げる。もとよりエリデの赤い髪は高い位置でまとめられており、かき上げるような横髪はない。断ることも出来ないまま震えるエリデの耳に、ポルポラによって耳飾りが着けられた。ハルが鏡台の上にあった手持ち鏡をエリデに差し出す。

「おお、中々似合っておるではないか」

「ええ、よくお似合いです」

 右耳に下がったとんでもないお宝に、エリデはまともに鏡が見れなかった。片方を無くしたということは、少なくとも一度以上は王妃様が身に着けている耳飾りだ。

「あ、あの、もう取っていいですか⁉︎ 無理です!」

「なんだ、楽しめば良かろうに」

「無茶言わないでください‼︎」

 一秒でも早く耳飾りを外そうとエリデの右手が動く。常日頃ガラスを扱い火傷のある指、その指先が耳飾りに触れる寸前、軽い音と共にリベリオがその手指を掴んだ。


 ポルポラの隣に座っているエリデと、ソファの傍に立っているリベリオには高低差がある。自然と、エリデの右手は吊り上げられるような形になった。

「……リベリオ、様?」

 応接室に沈黙が広がり、エリデが恐る恐るリベリオの顔を見上げた。リベリオは寝る時以外は皮の手袋を着けている。商人であるポルポラも手の脂をつけないよう絹の手袋を着けている。ハルも品を扱うときは着けていたが、食事を終えた今は素手だ。

 エリデも火傷を隠すべく街中を案内してくれたときや昼間は、洒落た手袋を身につけていた。だが、今は夜半でこの宿は自宅の隣にある気楽さもあったのだろう、リベリオの手の中にあるエリデの手指は素手のままだ。

「ポルポラ、その耳飾りは――魔石だ」

 緊迫の中に、リベリオの声はよく響いた。

「…………は?」

 長い長い沈黙の末、歴戦の商人らしからぬ間の抜けた声がポルポラの口から零れた。


「カルミナティ女史、そのまま動かず」

 リベリオがエリデの耳から耳飾りを丁重に外しても、ポルポラはあんぐりと目と口を開いたまま固まっていた。

「これを着けて謁見に出たマリネラ妃と、贈った伯父が国王暗殺の容疑で投獄された。片づけようとして握り込んでしまった侍女が亡くなり露見し、耳飾りのもう片方は私が起爆して威力を確認した」

「……? 妃殿下、とグレゴリオ様が、投獄……? 侍女、が魔石、は、は……?」

 リベリオの告げた内容を、ポルポラは何一つ飲み込めていない。ソファが揺れるほど震える全身、青褪めた顔と開いた瞳孔。限りなく白、とリベリオは判断した。リベリオの後ろにいるハルも、恐らくは同じ判断をしただろう。

「ま、魔石は磨けませぬ……! そんな、そのような雫型になど!」

 魔石と宝飾の知識に長けたナタリアと全く同じ反応をポルポラは見せた。先ほどまでの穏やかさは失われ、真っ青になった顔からは汗が滝のように流れている。

「魔石であることは知らなかったと?」

「は、はは、はい! 本当に、本当でございます……!」

 これもまた嘘ではない、とリベリオは判断した。ポルポラの髪はフェルリータに多い栗毛で魔法の素養はないが、国内を広く駆け回っている商人であれば魔石の知識はある。魔石だと知っていたならば、素手のエリデに不用心に触れさせることはしない。紫紺に輝く火と水の複合魔石は、この部屋を灰燼にして余りのある威力だ。


「だが、宝石の態をした魔石は事実としてここに存在する。誰かが魔石をこの形に削り、誰かが魔力を込め、それをお前が仕入れ、伯父に売った。……もう一度訊く、これはフェルリータのどこで仕入れた品か」

「フェルリータのオークションで購入致したものに御座います‼︎」

 今度はポルポラも間髪入れずに答えた。ソファから転がり落ちるように、床に額づいて。

「よもや、よもや魔石などとは思いもしなかったのです‼︎ 言い淀んだのも、そのオークションでの出品者と面識がなく再度仕入れることが難しいと考えたために御座います‼︎ 何も、何も、そのような恐ろしいことを考えなど……‼︎」

 ポルポラは腕利きの商人だ、ローレ公爵家にも出入りして長い。全てを説明せずとも、これらを売りつけた自分に国王暗殺の張本人である容疑が掛かっていること、リベリオが自分を捕らえに来たことを察した。


「ポルポラ、その競売は匿名制か? 闇市か?」

 尋ねたのはハルだ。これもポルポラは必死に否定した。

「と、とんでも御座いません‼︎ 参加するにも事前審査と登録が必要で出品者の名前も落札者の名前も公表されるフェルリータでも最も格の高いオークションに御座います‼︎」

 不明瞭なものをローレ家に持ち込んではいないのだと。

「……面識はないと言ったが、その出品者の名前を覚えているか」

「名前、名前、は……!」

 あくまでも声を荒げないリベリオに対してポルポラの顔色はますます悪く、汗がぼたぼたと床に落ちた。呼吸が止まりそうな喘鳴を起こすポルポラに、必死に思い出した方が良いぞとハルからの野次が飛ぶ。常ならハルを咎めていたであろうエリデもまた、蝋人形のように突っ立ったまま動けない。

「ス、スパーダ‼︎ そう、スパーダと……‼︎」

 喘鳴を飲み込み、悲鳴のようにポルポラは叫んだ。


「そのスパーダと連絡を取ることは可能か? もしくは居場所が分かるか」

 淡々と続くリベリオの詰問にポルポラは震えながらも首を振った。

「ス、スパーダの居場所や店は存じませぬ! で、ですが、オークションの主催者とは親交が御座います、そちらと連絡を取ることは可能です……!」

 少しばかり目をすがめ、リベリオは腰裏のナイフから手を離し耳飾りを皮袋に戻した。

「……猶予を与える。拘束はしない、お前の拠点に戻りスパーダ及びオークション周辺の情報を集めて報告を。自らの潔白を証明して見せよ」

 さもなくば、という言葉を使うまでもなくポルポラは平伏した。

「御温情、感謝致します……‼︎」

 明日の夜にまたこの宿に出頭することを確約して、ポルポラは退室した。足取りはおぼつかず、階段を無事に降りれるかあやしいものであったが。


 ポルポラが退室した扉を見つめたまま、リベリオは口を開いた。

「……ハル様」

「おう、何だ?」

「ポルポラの監視に、ハル様の手勢をお借りしたく」

 妻の実家訪問の名目で王都を出たリベリオには、引き連れてきた部下や手勢はいない。一方、イズディハール皇太子はそれなりの手勢を連れて来ている。表立って姿を見てはいないが、リベリオの前後の通路を閉鎖できる程度には。

「ほう、俺の手駒は高いぞ」

「持ち合わせがありません、出世払いでお願い致します」

「図々しいな!まあ、表情だけではなく懐まで乏しいとは憐れだ。尾けさせよう、トイチで払えよ」

 トイチとは何だろう、とリベリオは思ったが訊ねることはしなかった。連座よりは安いはずだ、多分。


今章後半に入りました。

男女とも主人公のつもりで書いているのですが男性主人公目線というのがどう読まれるのかが未知なので感想やいいねを頂けるとありがたいです…!


後半もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ