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7-7:商い人来たる


 一週間が経ちフェルリータのおよそ全域を見終えた頃、エリデが宿を訪ねてきた。

「ねえハル様、私、帝国の香水が欲しいですわ!」

「帝国の絹織物は手に入りますの?」

「帝国の細工は世界一と聞いてますわ、私は耳飾りが欲しいです」

「ははは、何でも言うが良い。明日にはここに届けさせよう」

 キャア、と女達から歓声が上がる。時刻は夜の八時、宿の一階の食堂は開放され商人と商人目当ての女たちで賑わっていた。この一週間でハルの滞在は界隈に広まったらしく、食堂に乗り込んできた女達があれが欲しいこれが欲しいと姦しい。

「……ウワァ」

 三人の商売女が張り付いているハルに、エリデが蔑みの目を向けたのも無理はなかった。

 ちなみにリベリオはハルと女達から離れた卓で食事を摂ろうとこの一週間何度も試みているのだが、その度にハルが追いかけて来るので成功していない。


「おお、エリデでは無いか。すまんお前達、俺の客だ、離れてくれ」

 女達が不満の声を上げたが、商売の邪魔をしないことが食堂に出入りするための絶対的なルールだ。現れたエリデをジロジロと見ながらも、他の卓に散らばって行った。

「既婚者が旅先で女性を侍らせるのはどうかと思う」

 エリデの指摘は至極真っ当だったが、ハルはきょとんと目を開いて首を傾げた。

「うん? 女?」

「私にもお花を買ってくれようとしたけど、そういうの良くないよ、ハル様」

「ああ!」

 ハルはようやくとエリデの叱責の意味を理解したようだった。ポンと膝を叩き、けれど首を傾げた。

「エリデには世話になっているが、何の世話にもならない相手に何故俺が物を買ってやるのだ? あれらは女ではない、客だ」

「ええ?」

 リベリオ個人にハルを庇い立てする理由は無かったが、回り回ればグローリアの面子にも関わる。よってリベリオは注釈という不慣れなことをする羽目になった。離れてみればアマデオに感謝が募るばかりである。

「……カルミナティ女史、ハル様の言葉は本当です。彼女らが欲しい物は明日明後日にでもここに届きますが、ハル様はそれらを全て商品として販売されています」

 『帝国のやんごとなき商人ハル様』は、寄ってきた女達が望んだ装飾品を全て揃えてみせた。ただ、その女達にとっての誤算は、ハルは根っからの商人であって商売女に貢ぐことなどしなかったことだ。正面から値段を提示され、贈ってもらえると勘違いしていた女達は落胆し怒り狂った。

 けれど、そもそもが帝国製の装飾品はとてつもない貴重品で、仕入れるのも難しい。怒り狂う女達をそっちのけに、その場にいた同業者達が購入に手を挙げて、完売と相なった。結果、『帝国のやんごとなき商人ハル様』の名はひっそりと広まり、自腹を切っても買いたい女がこうして食堂に押し掛けている。

「綺麗なお姉さん達を客だと言い切る商売人根性を誉めればいいのか、あんまりだって怒ればいいのか分からないわ……」

「そうだな……」

 強いて言えば、彼女らに同情のひとつもしたい。


 頷いたリベリオに、エリデの後ろから声が掛かった。

「リベリオ様……?」

 聞き覚えのある男の声だ。それが誰の声であったかを思い出し、リベリオは椅子を倒す勢いで立ち上がった。

「ポルポラ……⁉︎」

「ああ、本当にリベリオ様でいらっしゃる。ご結婚されたとカルミナティ工房のご主人からお聞きしました、フェルリータにお越しとは知らずご挨拶が遅れまして申し訳ございません、ポルポラでございます」

 丁寧な挨拶と共にエリデの後ろから進み出て来たのは、顎も腹も丸い壮年の男だ。ふわふわとした髭と穏やかで低い物腰が特徴の、リベリオの探し人だった。

「ポルポラさんと仕事をしたことは無かったけど、リベリオ様が来てるから声を掛けてって父さんが商工会に頼んでおいたの」

「お声を掛けてくださって本当にありがとうございます、とんだ不作法をするところでした。カルミナティ工房さんも新進気鋭のガラス工房さんだと聞いておりますよ」

「いえ、そんな」

 カルミナティ工房は移転してきて一年の新参者だ。三大公爵家に出入りするような商人が扱う代物はまだまだ遠い。ただ、世辞であってもエリデにとっては嬉しい言葉だった。


 早る心臓を抑え込み何でもないよう装って、リベリオはハルを紹介した。

「ポルポラ、私は今回こちらの御方の共で来ている」

「帝国の商人のハルだ、よろしく頼む」

「ハル様ですね。お初にお目に掛かります、ポルポラと申します」

 ポルポラとハルが握手を交わす。

「珍しきものや良きものを仕入れる腕利きとリベリオに聞いておる、話を聞きたい」

「とんでもございません。まだまだ若輩者にございます」

 グレゴリオと同じ六十代のポルポラが、ハルに深く頭を下げた。リベリオが共をし、リベリオを呼び捨てにするような相手がただの商人ではない可能性を分かっている。

「この宿に部屋を取っている。応接室にどうだ」

「おお、是非ともお招きに預かります。私も帝国の話を聞ければ嬉しく思います」

 リベリオが食堂の店員を呼び、夕飯の会計をカウンターに付けるように頼む。お飲み物と軽食を部屋にお持ちしましょうと慣れているのだろう店員が提案してくれたが、リベリオは少しばかり困った。応接室に部外者を入れたくないが、断るのも不自然だ。

「あの、リベリオ様、私が持ってきましょうか」

 エリデは目敏い。リベリオが困っていると察して言い出してくれた。

「頼めるだろうか、すまない」

「大丈夫です」

 ありがたくエリデに頼んで、先に部屋に上がり応接室にポルポラを通した。


「ハル様は帝国のどちらからおいででしょうか」

「皇都からだ。帝国の品は素材は良いが加工が大味でな。フェルリータには観光兼仕入れに来たというところだ」

「そうでございましたか。帝国の絹織物や宝石は本当に素晴らしく、皇都を訪れるのは全ての商人の憧れに御座います」

 ハルとポルポラがローテーブルに陣取り、十分ほどでエリデが茶器の乗った盆を持って上がって来た。リベリオがドアを開け、エリデがハルとポルポラの前にカップを置いて紅茶を注ぐ。

「リベリオ様はどちらに座られますか?」

「ああ、こちらに」

 エリデが運んできた盆にはティーカップが三つ。応接セットの側にあるダイニングテーブルにエリデを誘導し、残り一つのカップに紅茶の用意をしてもらった。

「カルミナティ女史、私は仕事中は座れない。もし良ければ、私の分の茶を飲んではくれないだろうか」

「⁉︎ わ、私もこの部屋に居ていいんです⁉︎ こ、このティーセットもすっごくお高いやつですよ⁉︎」

 ティーセットにはフェルリータらしい精緻な金彩と絵付けがされており、ミネルヴィーノ宝飾店のティーセットに勝るとも劣らない。おそらくこの宿で最も格調高い一式で、持って階段を上がることすら緊張する代物だ。

「構わない。また、頼み事があるかもしれないので」

「じゃあ、じゃあお言葉に甘えて……」

 同席できる立場ではないが、ハルとポルポラの会話は気になっていたのだろう。丁寧に頭を下げてエリデがダイニングテーブルの方に着席し、リベリオはポルポラの対面に座るハルの横に立った。


「ミオバニアを挟んだローレにも行ってみたいのだ。ポルポラはローレ家にも出入りがあるのだろう? ローレ公爵閣下にもお会いしてみたいものだなあ」

「ローレは風光明媚な街で、ローレ城の勇壮さは王国随一で御座います。私は先代のローレ公にお引き立て頂きまして、良き品があれば今もお持ちしておりまする」

 出入りも何もイズディハール皇太子はローレ公爵の孫の嫁ぎ先で、なんなら年明けの式典で会っている。しゃあしゃあと嘯く隣国の皇太子殿下にあやかり、リベリオはさも今思い出したように口を開いた。

「ああ、そうだポルポラ、伯父からこの礼を言付けられていた」

 そう言ってリベリオは耳飾りを取り出し、皮袋に包むようにしてテーブルの上に置いた。燭台の灯りに、美しい紫紺が煌めいている。


「良き物を売ってもらったと伯父が。覚えているだろうか」


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