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7-5:フェルリータ観光①

「本当に来たんだ⁉︎」

「約束通り、店を見に来たぞ。案内も頼む」


 宿に荷物を置くなりカルミナティガラス工房を訪ねてきた男二人に、エリデは少しばかり面食らったようだった。

「先ほどの言葉通りだが、不都合だったろうか」

「ああ、違います違います。貴族の方と帝国の方が工房に来られるのは初めてでビックリして」

 工房の中は店頭スペースと作業スペースがひと繋ぎだ。工房主と思わしき男性が奥から姿を現した。

「気づくのが遅くてすみません。カルミナティ工房へようこそおいで下さいました」

「父さん、こちらステラの結婚相手さんと、帝国の商人の方。これから市街をひと通り案内してくるから」

「ミネルヴィーノさんの⁉︎ うわあ、ステラさんにもご家族にも大変お世話になっています」

 リベリオはあくまでステラが王都に来てからの縁であって、フェルリータでの詳細は知らない。礼を言われるような立場ではないと断って頭を上げてもらった。


「フェルリータでのことはあまり知らず申し訳ない。カルミナティ女史はステラと王立学院で同級生だったと聞いています」

「商業科で同じクラスだったんです。だから目が悪いってすぐ分かって、そこから仲良くなった感じで。あ、二人ともお昼はもう食べました?」

 時刻は正午を回ったところだ。一人旅で食事を三回摂ることはしないため、リベリオは今日はまだ何も食べていない。

「まだだぞ。せっかくだ、名物料理はなんぞあるか?」

「フェルリータの名物……豆の煮込みと、焼いた肉かしら。どこの店がいいかな」

「王立学院の食堂でいいんじゃないかな?」

「父さん、それだわ」

「王立学院?」

 学院に食堂はあるだろうが、名物料理や観光客とは結びつかない。首を傾げたリベリオにエリデは笑って答えた。

「王立学院は国内外から客員や留学生も多いので、食堂は基本的に出入り自由なんです。私たち学生は日替わりセットばかり食べてましたけど、観光客向けの凝ったメニューもあります」

 元担任が食堂に居れば挨拶くらいは出来ますよと言われれば、元より希望があったわけではない。エリデの準備とハルが何やら買い付けているのを待って、三人で王立学院へ向かった。


「名所って他に見たい所あります?」

「あの鐘楼は登っておきたいな」

と、ハルが答えリベリオも頷いた。

「じゃあ、食べたら鐘楼に行きましょ。自動昇降機なんてありませんからね、いい腹ごなしになりますよお」

「なんという古風な……」

「全くだわ。帝国には魔石の自動昇降機ってあるの?」

「宮殿くらいか。帝国は屋根の高い一階建てが好きだからなあ」

 帝国の建築様式は高いドーム状の屋根が特徴だ。屋根を高く取っているが内側は一階建てで、中空の広さが裕福の証とされる。内側に階段を要する建物は見た目よりも少ない。


 ガラス工房から歩くこと三十分、王立学院の正門はやはり開け放たれており入館証が必要な王都の学校よりも不用心で大らかだった。

「カルミナティ女史、制服の生徒とそうでない生徒が居るのは何故だろうか」

「普通科の生徒たちは制服、私とステラみたいな商業科や工芸科は私服。卒業生や工房の内弟子さん達も出入りするから、見分けが付くのは普通科の子だけね」

 前庭にはオープンテラス式の食堂があり、なるほど勉強している学生もいれば家族連れの観光客も居る。職業訓練も兼ねているらしい緊張気味の学生がメニューを渡してくれた。

「……懐かしの日替わりセット」

「案内を頼んだのは俺たちだ。この肉の塊を頼んでみたいゆえ、エリデも付き合え」

「ああ、案内料と思って遠慮しないで欲しい」

 ハルが三人分の塊でステーキを頼み、エリデが豆の煮込みとパンと揚げ芋を人数分追加した。待つことしばし、どっしりとしたステーキをリベリオが切り分け、エリデが添え物を取り分けて贅沢な昼食になった。

「ありがたくご馳走になります! 美味しい!」

「おお、これは美味い。良い肉だ」

 観光地ではあるが市井の食べ物を、ハルは喜んで食べている。カトラリーの扱い方は上品で隙がないのに、食べる速度は早い。リベリオも北方軍や騎士団上がりであるので一般人よりも早いはずだが、隣国の皇太子殿下はもっと早かった。


「あ」

 揚げ芋に塩を足していたエリデが声を上げた。

「ちょっと失礼するね。先生! カルミナティです、先生!」

 席を立ったエリデが向かったのは、食堂の入口だった。壮年の男性と青年の二人組にエリデが話しかける。先生と言うからには在学中のエリデの教師なのだろう、つまり。

「ローレ様でいらっしゃいますか?」

 エリデが連れてきた二人のうち、壮年の男性がリベリオに頭を下げた。商業科の講師を務めておりますという挨拶に慌てて立ち上がる。

「王都でご結婚されたとカルミナティ君に聞きました、お祝い申し上げます」

「ありがとうございます。……ステラは、どのような生徒でしたか?」

「接客など不得意な点もありますが、とても真面目な生徒でした。目が悪くなっていたことに気づかず申し訳ないことをしました。眼鏡をカルミナティ君の工房で作ってからは、遅れを取り戻すように勉強をしておりましたよ」

 接客が苦手で真面目、王城での評価と変わらない。

「王立学院から三大公爵家に嫁いだ生徒は初めてです。稀なる良縁を頂きました」

「いえ、私はローレ家でも王都勤めですので」

 良縁とは、とリベリオは自問する。

 ローレ公爵家の縁族と商家生まれの侍女の結婚とだけ聞けば、大恋愛だの玉の輿だのと騒がれ王都で芝居まで上映される、自分とステラの結婚はそういうものなのだろう。だが、現在ローレ家は存亡の危機の真っ最中である。求婚こそステラからであったが、保護の面目は公爵家ごと潰れる危機に、すでに意味を為さなくなった。 

 あまつさえ彼女の目を頼りにミオバニアに送り出し、渦中に巻き込んでいる。最悪離縁してでも存命させる気ではあるが、そんな事態になっている結婚を、とてもではないが良縁とは言えないだろう。


「……」

「こちらは帝国の商人のハル様です、先生」

「おお、めぼしいものを見つけに来たぞ。よろしく頼む」

「お初にお目に掛かりますハル様。彼はフランキ商会の若旦那です、服を購入されるなら是非お立ち寄りを」

 黙り込んだリベリオを構いもせず、ハルは教師とその後ろにいる青年と挨拶を交わしていた。

「あの、どうぞ、ご贔屓に……」

「ぜひ寄らせてもらおう」

 青年は俯きがちで、差しだされたハルの手をおずおずと握った。エリデと同じ位の年頃で、細い声と丸まった背がリベリオにはどことなく既視感がある。

「フランキ商会が今日は何の用で学院に?」

「りゅ、留学生の制服を届けに来たんだ……アウローラが、出かけてる、から……」

 アウローラ、それはステラの妹の名前である。

「ああ、そうね。まだ戻ってなかったわね」

「ミネルヴィーノ君は一緒じゃないのか?」

「ステラは王都で仕事だそうです、先生」

「ああ、ミネルヴィーノ君らしいといえばらしいか……ローレ様、何かお困りのことがありましたらお声掛け下さい」

 教師とフランキ商会の青年は、一礼して離れた席に着いた。


「……カルミナティ女史、もしや彼は」

「ああ、はい、フランキ商会の若旦那でステラの元婚約者で、今はアウローラの婚約者です。……気になります?」

 エリデの声には若い娘相応の興味が混ざっていた。

「ああ、いや。ステラに似ているなと」

 エリデの水色の目がまん丸に開かれた。ついで、つまらないとばかりに頬が膨らむ。

「そこは少しくらい妬いたりしてもいいんですよ? ええ、似た者同士すぎて上手く行かなかったと聞きました。ステラも彼もあんな感じでしょ? 途中からステラは目が悪くなるしで、まともに顔も見れてなかったって」

「あれが服屋の若旦那で、こやつの嫁御が若女将か。客が逃げそうだ」

 ひどい言われようだ、商人を自称するハルの値踏みは容赦がない。

「そういえばハル様って結婚してるの?」

「おお、年明けに結婚したばかりだが、王国一の美姫だぞ」

「うちの国の人なのね、惚気がすごいわ」

 惚気ではなく、ただの事実である。


 少しばかり迷って、リベリオはエリデに尋ねた。

「……不勉強で申し訳ないが教えて欲しい、商人の結婚相手に必要な素養とは?」

 気立てが良くて健康であれば十分ではと問うたリベリオに、その気立てが問題だったとステラは答えている。

「尊敬とチームワークかなあ。似たもの同士より、苦手な物を補ったり、得意なものを伸ばしてくれる人のほうがいいわね」

 エリデの答えに満足したようにハルも頷いている。

 エリデもハルも、そしてステラ自身もステラの婚約破棄が妥当であったと言っている。言葉にするには難しい、混濁した感情が湧き上がってリベリオは眉を顰めた。

「逆に私は、貴族の結婚には詳しくないです。リベリオ様、貴族の結婚相手に必要なものって?」

「……私は、ローレ家の末席で、あまり貴族を名乗れた立場ではないのだが」

 そう前置きしてリベリオは答える。グレゴリオとユリウスはローレの貴族学校で見合う人を見つけ、マリネラは国王に嫁ぎ、ルクレツィアは婿を貰った。

 では、自分とステラは。

「……信頼と、互助だろうか」

 エリデとハルが呆れたように笑った。


「それ、チームワークって言いません?」


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