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1-8:旅立ちの支度

「王城勤めって服はどうするの? 侍女とかは持ち込みよね?」

「制服の支給があると、先生が」

「お姉様、アクセサリーや装飾品はどこまで持ち込み可能ですか」

「宝飾部だから、華美にならない程度には装着が許可されるみたい」

「制服ってどんなのかしら。でも普段着は必要よね!」


 年の瀬も迫ったある日、ステラは妹のアウローラとエリデと三人で出かけることになった。目的は主に出仕用の買い出しである。買い出しと言っても、本人達の家がフェルリータの中央通りにあるため、買い出し先は同じ通りの近所だ。狙いは年末の大売り出しだとエリデは張り切っていた。

 この国は比較的温暖な気候だが冬はそれなりに寒い。コートやショールの襟元をかき合わせつつ、後でカフェに寄って温まる計画も立てた。

「まずは服ですわ! お任せください、お母様から金貨袋を預かっております」

 しっかり者の妹に連れられて向かったのは、中央通りでも上の下くらいに位置する服飾店だ。


「ようこそおいでくださいました、ミネルヴィーノ宝飾店のお嬢様方」

「この度はお姉様が王城に出仕とお聞きしました。おめでとうございます」

 迎えてくれたのは老年の店主夫婦だ、なぜ出仕を知っているのだと聞きたくもなるが、中央通りの界隈は狭い。婚約破棄から出仕先まで三日もあれば筒抜けだ。

 眼鏡の奥で遠い目になったステラに代わり、如才なく挨拶をしたのは妹のアウローラで、婚約破棄は間違っていなかったと夫妻は思ったに違いない。ステラもそう思う。


 出向くのは春なので、新しく買うものは春物になった。

「お姉様、スカートはペールピンクとカナリアイエローとどちらがお好きですか?」

「そっちの紺色が良いんだけど……」

「ステラ、制服以外でまで紺色着てどうするのよ」

 スカートは紺、リボンタイは茶色など、地味な色ばかりを選ぼうとするステラに、アウローラとエリデはとうとうステラそっちのけで服を選び始めた。服飾店の奥方もそれに加担したので、ステラはトルソーよろしく立っているだけである。

 伝票をニコニコ書いているご主人とは気が合いそうだった。


「……こんなところですわね、ご主人、お会計をお願いします」

 試着室をひっきりなしに往復させられ、最終的に選んだのは、足首丈のスカートが二枚とブラウスが三枚、羽織が一枚に、靴が一足。スカートは淡いベージュとラベンダー、ブラウスは白、羽織はクリーム色、靴は藍色、地味な色にしたいステラと明るい色を着せたいアウローラの妥協の結果である。

「ありがとうございますお嬢様。勉強させていただきまして、金貨十枚でいかがでしょうか」

「十……っ」

「お姉様、良いものが高いのは当たり前です。我が家の宝石こそ、その代表ではありませんか」

「え、ええ…そうよ、ね……?」

 至極当たり前のことのはずなのに、二年余り前の金銭感覚がすでに思い出せない。この二年、自分で買い物をしたことがなかったのだ。

「品物も値札の数字も見えてなかったんでしょ、仕方ないわよ」

「ううぅ……。ありがとうございます、エリデ」

 言い値をあっさりと払ったアウローラに、主人はホクホク顔だ。服はまとめて家に運んで置くとサービスしてくれた。



「さて、あとはお茶でも致しましょうか」

「あ、ちょっと待ってアウローラちゃん。お金ってまだ残ってる?」

「? まだ何枚かございますが」

 この何枚、というのは金貨のことである。

「さっきからどうしても気になってて、美容室に寄らない? ステラの前髪! 眼鏡にかかってて邪魔なのよ!」

 ヒイッとステラはすくみあがった、それはつまり。

「それは大事ですわね!」

「き、切りたくないんだけ、ど…」


 拒否は一切聞いてもらえなかった。

 あれよあれよと連行された美容室の椅子の上で、眼鏡を外される。イガグリ娘と呼ばれた目つきが露わになって、ケープの下で肩はすくみ上がりっぱなしだ。

「眼鏡の銀縁に掛からない長さに前髪を切ってくれますか、ピンで留めることも出来るとなお良いんですが」

 エリデの指示は迷いない。美容師とテキパキと打ち合わせをして、ステラの前髪は眼鏡の上縁に届かない長さに切り揃えられた。

「後ろは傷んでるところを切って、結いやすい長さに…ええ、それくらいで」

 海藻のようにウネウネとした後ろ髪も、アウローラの監修のもとサクサクと手際良く切られた。指示を聞く相手を分かっている美容師は有能だ。切った髪を掃除して、眼鏡を戻して出来上がりである。


「うう……目つきが悪い…」

「お姉様の目つきが悪かったのは目が悪かったせいで、今は普通ですわよ?」

「え」

「うん。レンズの厚さでこちらから見ると多少ボケてはいるけど、普通よ」

「ほ、本当に……?」

「眼鏡を掛けてまで目つきが悪いというなら、それは眉と表情をお姉様が歪めているのですわ」

 アウローラの言葉は容赦がない。表情が客商売にとって、どれほど大切か分かっているからだ。とはいえ、元の性格がアウローラよりも内向的であり、ここ二年でそれに拍車をかけたステラがすぐに朗らかな営業スマイルを実行できるものでもない。


「その眼鏡も銀縁もフェルリータで最高のものよ! 前髪を切ってきっちり見せびらかして来なさい!」

「は、はい!」

 商売熱心なエリデの言うことはよく分かる。ステラにとっても友人と父が作ってくれた自慢の眼鏡だ。

 ステラはなんとか頷いた、が、ちゃんと宣伝できるかはまた別の話であった。


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