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7-2:加入(高貴)


 なるほどごちゃごちゃしている、と建物の狭間から空を見上げながらリベリオはひとり頷いた。


 王都を出て東に進むこと半月弱、新緑の街道の先に目的地でありリベリオの妻の実家があるフェルリータが見えた。どこまでも広がる緑の平原に、茶色のとんがりがぽつんと生えている。青空の下、とんがりの大部分を占める鐘楼群が、リベリオの立つ平原から綺麗に見えた。

 街の少し手前で馬から降り、歩くことにした。フェルリータを訪れる誰しもが馬、あるいは馬車を降りて少しずつ大きくなる街と鐘楼を楽しんでいる。

 街を囲む城壁は高く、門扉の外の平原との高低差が大きい。城壁の中は密集しているのに、城壁を出てしまえば広大な平原が広がっている。山脈を背にするローレとも海に面する王都とも異なる街だ。

 高いアーチ状の城門は煉瓦と加工された岩の組み合わせで出来ており、岩に施された彫刻が見事だ。門扉は開け放たまま、人や馬車が頻繁に出入りしている。両脇の衛兵は立っているだけで旅券や身分証の確認をしない様が、不用心ともおおらかとも言えた。


 城門をくぐり、周囲の観光客に倣ってリベリオも上方を見上げた。

 建物が高い。三階建て以上の建造物に規制を掛けている王都とは違う。フェルリータの街は三階建て以上が多く、一つ一つの建物が縦にも横にも大きい。洗濯物の様子から推察するに、建物に複数の家庭が入っている。

 これが集合住宅、とリベリオは一人頷いた。

 橙色の屋根の背景に、聳え立つ鐘楼が見える。高さは王都唯一の鐘楼と同じくらいだが、フェルリータの鐘楼は五本ありそれぞれの意匠が違って見応えがある。城門から続く石畳の路地は十分な幅があるはずだが、王都に比べれば狭く、何よりも人がひしめき合っていてゆっくりとしか進まない。


 建物の狭間に空と鐘楼が見える光景はリベリオにとっても新鮮だ。馬を引きながら空を見上げ周囲に合わせて歩いていると、腕に誰かがぶつかった。

「……?」

「おっと、兄さんごめんよ!」

振り返ると、人並みに逆らうように向かいから走ってきた少年が、すれ違いざまリベリオにぶつかり、謝りながら走り過ぎようとしていた。商家の下働きか、少年の口調は闊達としたものだったが、しかし。

「……ああ」

 つむじ風を起こしリベリオがもつれさせようとした少年の足が、また別の誰かの足に掬われる。パンと小気味の良い音がして一瞬宙に浮いた少年は、ベシャリと石畳の上に伏す羽目になった。

「いってえ!」

「おお、足が長くてすまん」

 這いつくばっている少年の正面に屈んだ男が、手を差し出した。

「あ、ありがと……」

 立ち上がるのを手伝ってくれるのだと思った少年の手を、男はペチンと叩いた。

「違う。俺のツレから盗んだものを返せと言っておる」

 少年がギョッと目を見開いた。溜息を一つ、引いていた馬を返しリベリオは後方から少年を挟んだ。空を見上げて歩く観光客を狙ったスリだ、世知辛い歓迎である。

 前後を挟まれた少年が、渋々とリベリオの小銭入れを出して前方の男に渡した。

「……これでいいのかよ」

「ヨシヨシ、偉いぞ」

 スリを咎めた人間に褒められても嬉しくない。不承不承という体を隠そうともせず、少年が憎まれ口を叩く。

「さっさと衛兵に突き出せばいいだろ!」

「いいや? そんな面倒なことはせぬよ」

 ほれ、と男は空になった少年の手に小さな包みを乗せる。

「?」

「飴玉だ、それをやるからとっとと去れ」

 見逃されるとは思ってもみなかったのだろう。正面の男と後方のリベリオの顔を二度交互に見た少年は、ややもして一目散にその場から逃げ出した。

「次はしっかり素人を狙えよ〜」


 少年の背に丁寧なアドバイスを投げる男を、リベリオは眉間を押さえながら上から下まで眺めた。

 リベリオよりいくばくか歳上の男だ。身長はほぼ同じ、引き締まった身体に通気性の良いチュニックと色鮮やかな刺繍のショールを纏っている。一見すると、フェルリータに訪れた帝国の商人に見える。だが、さっぱりと切られた小麦色の髪、甘く垂れた海色の目、若い娘が見惚れ浮かれそうなその面相にリベリオは覚えがあった。

 一年前の王都での技術競技会で、あるいは門出の港で。

「鈍いなあ、リベリオ・ローレ。小銭を盗られたままであったら、どうしてくれようかと思ったぞ」

「……何故、ここにいらっしゃるのですか。イズディハール・アル・ハルワーヴ」

 皇太子殿下。

「長いだろう、ハルと呼ぶが良いぞ」

 異国の皇太子殿下がカカカと笑う。王都から遠く離れた観光都市の往来で、リベリオは彼の妻のように頭を抱えたくなった。

 違う、そうじゃない。



「……貴人が異国で一人だと言うのに置いて行くのか、不義理な奴だなあ」

 隣国の皇太子殿下がペタペタとサンダルを鳴らしながら、リベリオの後をついてくる。狭い路地で馬に乗って振り切ることはできず、そもそも城壁に囲まれたフェルリータの中で振り切るのも無意味だと判断してリベリオは足を止めた。

 全てを見なかったことにして市内を歩くこと五分、同じ人間と二度すれ違っている。つど服装は変えてあったが、市民あるいは観光客に見せかけた手勢だ。

「私に何か御用でしょうか、イズディハール殿下」

「いやなに、知った顔を偶然見かけたので観光案内でもしてもらおうと思ったまでだが」

「私は所用で来ております。観光案内所までご案内しましょう」

「ああ、お前の嫁御の実家ならこっちの道が近いぞ」

 ぐう、とリベリオは唸り声を喉奥で噛み殺した。イズディハール皇太子が指差したのは確かに、ステラの実家であるミネルヴィーノ宝飾店がある中央通りの方向だった。


 何を、どこまで、とこちらから問うのは愚の骨頂だ。リベリオが黙していると、意外にも腹を割ったのは相手の方だった。

「まあそう警戒してくれるな。俺も私用だ。雑に言うと、お前達の探し物に付き合いに来た」

「……は?」

 本当に雑だった。あまりにも雑だったので、リベリオは真面目に耳を疑った。

「お前の仏頂面は探り合いには得だが話が進まん、そう言われたことはないか?」

 あるどころではない、『思いついているなら早く言え』とは親友から幾度となく言われた言葉だ。最も、わざわざ自己申告するほどの関係性を、リベリオはこの相手に持っていなかったが。

「皇太子殿下は、以前お見かけした時分より随分と気さくであられる」

 主導権がずるずると引っ張られている自覚をしながらも、リベリオは何とか反撃に出た。

「俺とて嫁取りの場で大人しく振舞う程度の礼節は持っておる。その気さくな縁戚である俺がお前達の探し物を手伝ってやろう」

 言葉尻を取られた。そして胸を張って助力を押し付ける様は、断られることなど考えてもいない。


 路地にはいつの間にか人気が無くなっていた。喧騒が遠くに聞こえるのは、目の前の相手が連れてきた手勢が人の流れを前方と後方で堰き止めているからだ。

「……」

「グローリア」

 背負った弓に手を伸ばすか否か。迷う思考を止めるのに、それは十分な名前だった。

「……グローリア様は、ご健勝でいらっしゃいますか」

「お前達の事を気に病んで食が細くなった。このままでは腹の子に障る」

「それ、は」

 おめでとうございます、と言って良いものかをリベリオは悩んだ。グローリアの母であるマリネラ妃と祖父であるグレゴリオに国王暗殺の容疑が掛かっている今、帝国に嫁いだグローリアの扱いはどうなるのか。

「……お前達は運がいい」

 逡巡するリベリオを見る海色に、面白がる色が混ざる。潮流が混ざり合う海面のようだとリベリオは思った。

「あれは使える女だ、自らの役目を果たそうとする皇妃だ。だから俺がこうして、お前達の探し物をわざわざ手伝いに来てやっている」

「……」

「グローリアと腹の子を始末するのは勿体無い。それで理由に足らんか」

「勿体無い、ですか」

 妃と子を勿体無いと称する感覚が、リベリオには分からない。

「帝国は商人の国だ。価値あるものを廃棄するのは、愚か者のする事だ」

「交換という手段も、あるように思いますが」

「孕む前ならばな。今となっては王国に返しても面倒なことにしかならん。だからお前達は運が良いと言っている、精々グローリアに感謝することだ」

 背の弓を取ろうとした手を納め、リベリオは正面から相手の顔を見た。甘く垂れた海色の目は、リベリオをここに送り出してくれた第一王子殿下と似ている。思惑を駆使し、他人を使い捨てる冷酷さを持っていながらも、利益という言葉には誠実だ。

「お返し出来る財もお護りする腕も持っておりませんが」

「誰がそんなものをお前に求めるか! 品書きにないものを店に求める客はクソだ」

 こちらの懐事情も筒抜けらしい、そうまで言われてしまえば諦めもついた。何度目かの頭痛を起こしながら、リベリオは彼が指差したミネルヴィーノ宝飾店に向かって歩き始めた。


「お構いは出来ません。それでよろしいですか、イズディハール・アル・ハルワーヴ皇太子殿下」

「長い。ハルと呼べ」

「……ハル、様」

「おう」

 頷く皇太子殿下はリベリオよりも五つばかり歳上であるのに、友達と連れ立って歩く子供のように楽しそうだった。リベリオと並ぶと、隣国の商人とその護衛のように見えることは計算済みだろう。

 腹芸が向いていないことを自覚しているリベリオは、色々諦めて直接問うことにした。

「ハル様、どこまでご存じですか」

 問いには、やや下品な含み笑いが返ってきた。

「お前が中庭で色気のない求婚をしたあたりまでは」

「……」

 それは、ほぼ全容と言って良いのではなかろうか。しかも場所は王城の中庭、周囲に人が居ないことくらいは確認していたはずが、何故筒抜けなのか。珍しくもリベリオは動揺したが、表情に出さない程度の判断力は残っていた。

「王国風の求婚をわざわざ用意してきた俺を、精々見習え」


 返す言葉もなかった。


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