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6-7:青い青い髪の青年


「青い髪の兄ちゃん? ああ、たまに来てるなあ」


 研磨士かは分からんが、と言った鉱夫に、ステラ達三人は顔を見合わせた。何も見つけられず時間切れを迎える可能性もあった中、十二箇所目にして初めての有力な情報である。

「この集落にお住まいですか?」

 辿り着いたときには日が暮れており、鉱山では作業を終えて夕食の用意が進んでいた。すかさずクラウディオが情報を得ようとしたが、鉱夫は首を掻きながら傾げた。

「いやあ、どこから来てるんだろうな? 近くには住んでるんだろうが」

 聞くところによると、青い髪の青年は集落に住んでいるわけではなく、たまに訪れては一人分の食料と火の魔石を買っていくらしい。

「……そうですか。我々も宝石と魔石を求めて来ましたが、見せて頂くのは明日に致しましょう。お嬢様が星を見てみたいと仰せです、宿と、星が綺麗に見える所はありますか?」

 宿舎で部屋を抑えると、従業員が見晴らし台までの案内を申し出てくれた。道を教えてくれれば十分と、クラウディオが断る。この類のやり取りも、すでに十回以上繰り返した。


 見晴らしの良い地点を目指して登る間、誰も言葉を発しなかった。下手に会話をすると標的が逃げてしまいかねない緊張感が、三人を無言にさせた。良質な宝石と魔石が取れるが小さな鉱山だ、そう時間は掛からずに頂上近くの見晴らし台に着いた。

 満点の星空の下、真っ暗な森林が広がる。ほのかに光っているのは先程の鉱山の灯りだ。緊張でガチガチになっているステラにクラウディオが声を掛ける。

「そう気負うな。元から、見つかれば運が良い、くらいの話だ」

 頷いて、眼鏡を下ろした。クラウディオとリリアナも望遠鏡を取り出して覗く、ステラが見えない近距離をカバーすべく方向を少しずつ変えて。

「……夜は駄目だな、こっちの望遠鏡は役に立たない」


「……兄さん、リリアナ様」

「見つけたか⁉︎」

「この、方角です。距離は分かりませんが、小屋があります。……小屋の屋根に、葉っぱの付いた枝が乗っています」

 小屋を建てる場合、乾燥させて平たく切った木材を屋根に使う。葉が付いたままの枝は隙間だらけで雨風を凌げない。だが、ステラの目に映る小屋は、平たく切った木材で屋根を作ったその上に、葉が付いた枝を被せてあるのだ。

 まるで、初夏の森林に溶け込ませるかのように。

「でかした、ステラ。指、そのまま」

 地図を開き、稜線と鉱山の位置を確認して、クラウディオがステラの指した方角に線を引いた。生い茂る森林の距離は測りづらいが、鉱山から三キロ余りとクラウディオが算段を付ける。

「日は暮れていますが、距離は鉱山から三キロとちょっとです。今から行ってみますか?」

「勿論です」

 ステラではなく、リリアナが返事をした。


 一旦集落まで降りて馬を繋ぎ、今度は小屋の方向に向かって山道を歩き始めた。灯りは魔石のランタンに布を被せて、最小限に。

「……」

 先頭を進むリリアナが静かに指を立て、目配せする。山道の途中、目的の方向に向かう茂みに、一人分の幅で踏みならされた跡があった。

 目的の人物、護衛、野盗、野生生物、あらゆる遭遇パターンに警戒しつつ進むこと一時間余り、鬱蒼とした木々の隙間に小屋が見えた。初夏の森の中に佇む、小さな小屋だ。木こりの道具小屋くらいの小ささで、木枠だけの窓からは灯りが漏れている。そして屋根にはステラが見た通り、葉の付いた枝が被せられていた。


 足音がしないよう息を顰めて近づけば、中からはカタカタと物音がする。何かの作業音だが、会話の声はしない。打ち合わせ通り、包んだパンを持ってステラが扉へ。クラウディオは扉の影へ。リリアナは唯一の窓際へ。

 深呼吸を一つして、ステラは扉を叩いた。掛ける台詞は、クラウディオとリリアナが事前に考えたものだ。

「ごめんください、研磨士様。あの、鉱山の者です……夕飯のパンをたくさん焼いたので、もし、良かったら……」

 クラウディオの計算通り、言葉は途切れ途切れで、口調は辿々しいものになった。作業音が止んで、沈黙が返る。ステラはなけなしの勇気を振り絞りながら、続きの台詞を口にする。

「あの、渡して来いって、父さんに言われて……」

 小屋の中から盛大な舌打ちが聞こえ、勢い良く扉が開いた。


「渡して来いだぁ……?」

 まず目が向いたのは、その髪だった。青い青い、地の底から湧き出したようなロイヤルブルーのサファイアの髪。淡い灯りに輝く巻毛をガシガシと掻いた青年は、レオと同じ髪と目の色をしていた。

 背はステラよりも頭一つ分高い。歳は同じ頃だろうか、吊り目がちな相貌はステラに青い猫を連想させた。

 パンの包みを抱えたまま棒立ちしている地味な女に、青年が怪訝な顔をする。

「パンとか、お前、誰……」

 その瞬間、開いたままの扉をクラウディオが掴んだ。扉を閉じることが出来ないように足を捻じ込み、ステラと青年の間に体も滑り込ませる。

「初めまして、ちょっとお話聞かせて頂けますか?」

 青年の動きは素早かった。玄関から出られないと判断すると、すぐさま窓に向かって駆け出す。質素極まりない小屋に備え付けられた窓は飾りではない、玄関が使えない時の非常口だった。

 木枠が嵌まっただけの窓に伸ばされたが手が、ガツンと硬い壁に弾かれる。

「痛ってぇ‼︎ ハァ⁉︎ 氷⁉︎」

 窓の木枠はおろか窓のある壁側ごとリリアナが凍り付かせ、青年の脱出口は塞がれた。退路を塞ぎ、玄関先に回ってきたリリアナが青年に問う。


「……貴方が『ミー兄ちゃん』で、いらっしゃいますか?」

 青い髪の青年は答えない。リリアナの姿を頭から爪先まで見て、憎々しげに口元を吊り上げた。

「質素な服を着た、お高そうな顔のお嬢様。他人の名前を尋ねるときは自分から名乗れって教わらなかったのかい?」

 貴族の令嬢が適切な場所以外で名乗ることは無い。反射的に前に出ようとしたステラを、リリアナが腕を上げて留める。

「礼を欠きました。お初にお目に掛かります、リリアナ・ローレと申します」

 剣を腰の位置に収め、リリアナが深々と頭を下げた。

「ああ、そう……ハァ⁉︎ ローレって言ったか⁉︎」

 行儀悪くリリアナを指差しながら、青年が目を剥いた。ここはローレからは三日程度の距離の鉱山だ、北方都市ローレを知らない人間は居ない。ええ、なんで、と一人で困惑していた青年が、ステラ達の背後に向かって声を張り上げた。

「ああ、アンタら! なんかローレのお客さんが」

 お客さんが、の続きは耳障りな金属音で叩き消された。ステラ達が進んできた茂みの道から飛来したナイフを、リリアナが叩き落とした音だった。

 夜闇に溶け込むような黒のローブ。青年が声を掛けたことから常にその格好なのだろう、目元は完全に隠れ口元しか見えず、身長から男だろうと推測するしかない。人数は三人、そのうちの一人が再度青年に向かって投げたナイフも、リリアナは叩き落とした。ガン、という耳障りな金属音の後に、刃を黒く塗られたナイフが地面に転がる。

「え、今……、え?」

 地面に落ちたナイフとローブの男達を交互に見た青年が、戸惑いの声を上げた。現状が分からずとも、ナイフが誰に向かって投げられたものかは分かったのだ。

「……家の中に気を取られ過ぎました。御三方、家の中へ」

 ステラとクラウディオが青年を押し込みながら玄関を潜る、玄関の扉をクラウディオが閉めようとする前に、リリアナが扉のあった位置に結界を張った。窓は分厚い氷に阻まれていて、反対側から侵入される心配は無い。

「絶対に、そこから出ないで下さい」

 リリアナの口調はかつてなく厳しい。野盗に遭遇した時の比では無かった。

「リ、リリアナ様……!」

「大丈夫です、ステラ姉様。最初に申しました、数十人に引けは取らないと」


 その言葉に嘘は無かった。ローブの男達に向かってリリアナが駆け出す、迎撃しようとした男達の足元が一瞬で凍てついた。踏み込みで魔法を発動したのだ、と男が気づいた時にはリリアナはその顔を蹴り飛ばしていた。

 悲鳴を上げる暇もない。突き立てた針剣を支柱にして二人目の腹に蹴りがめり込み、三人目はその勢いのまま拳で殴られた。膝下を氷で固められたまま、全員がぐんにゃりと昏倒する。掛かった時間は十秒にも満たず、野盗とのやり取りなどデモンストレーションに過ぎなかったのだとステラは知った。

 三人全員が昏倒し危機は去ったとステラは安堵したが、早かった。

「……逃すとお思いですか」

 ギュル、と一瞬で形成された円錐状の氷が茂みの道に向かって投擲され、奥から男の悲鳴が聞こえた。姿を現さなかった四人目が居たのだ。

 茂みに入ったリリアナは、ずるずると男を引きずって戻って来た。四人目の男の肩には、円錐状の氷が深々と突き刺さっている。


 それを見た青年が、呆然と呟く。

「嘘だろ……。え、……なんで、俺にナイフを投げたんだ…? 意味、分かんねえ……」

「……貴方の作った魔石で人が死に、マリネラ王妃殿下とローレ公爵閣下が国王陛下暗殺の容疑で投獄されたからです」

 青年の問いには、リリアナが答えた。真っ直ぐに見据えられた鳶色の瞳に、青年がたじろぐ。

「ハ、ハァ⁉︎ 王妃⁉︎ 公爵⁉︎」

 畏怖を振り払うように、青年は叫んだ。あるいは、降りかかった罪状への恐怖に。


「魔石で人が死ぬわけないだろ‼︎」


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