6-6:まずは一箇所目
拘束した野盗を土産に鉱山を訪れたリリアナ達は、大歓迎を受けた。鉱山で宝石を仕入れて帰る商人や貴族を狙う野盗に長く困ってはいたが、この場所はミオバニア山脈の東端だ。王都からは対角線の位置にあり、軍を要請しても長く駐留してくれなかったらしい。
「本当に助かりました、何とお礼を言って良いか……!」
「いえいえ、私はお嬢様をお護りしただけで」
礼を繰り返す鉱山の責任者の老婆にクラウディオはしゃあしゃあと嘯き、野盗はクラウディオが倒して拘束したことになった。
一部の野盗がチビの方だと声を上げたが、馬に横乗りし扇子で口元を隠したリリアナは完璧な御令嬢だった。曲がりなりにも帯剣した成人男性であるクラウディオが倒したという方が信憑性がある。そもそも鉱山としては、誰が倒したかなどどうでも良かったのだ。
「名のある貴族の方々とお見受け致しますが、こちらにはどのような御用向きでしょうか?」
「お嬢様は貴重な宝石をお探しです。それと手持ちの魔石が切れてしまったので、良かったら少しばかり売って頂ければ」
「そうで御座いましたか。ここの宝石と魔石はミオバニアの中でも随一です。訪れる商人も貴族の方々も野盗の被害に遭っていて、ほとほと困っていたのです」
野盗が男衆に連れられて行くのを見送って、老婆はもう一度頭を下げた。
「宝石と魔石が欲しいのに、何故、向かっている途中の私達が狙われたのでしょう?」
ステラの疑問には老婆が答えてくれた。指を飾る緑の宝石はエメラルドだろうか。幸福を意味するエメラルドは、年齢を重ねた手を飾るのに相応しい石だ。
「換金するのは手間ですから」
「ああ……」
鉱山を訪れる商人や貴族の目的は宝石と魔石だが、野盗が欲しいのは金である。訪問者が買い付けた宝石と魔石を強奪して換金するより、買い付けのために持ってきた大金を狙った方が手っ取り早い。
「石が採れるところも見たいとお嬢様が仰っていますので、しばらく滞在します。あと、各地を転々とする凄腕の研磨士が居ると聞きまして。青い髪の青年らしいのですが、ご存じですか?」
老婆と、周囲の男衆が顔を見合わせる。全員が首を振ったところを見るに、知っている人間は居ないようだった。
「研磨士の青年とやらは、お役に立てず申し訳ございません。滞在は専用のロッジがありますので、ご案内しましょう」
ここは大きな鉱山だ。客人専用のロッジを建てたのでご満足頂けます、と老婆が胸を張る。案内人の後ろに着いて行きながら、ステラは声を潜めて兄に謝った。
「……勝手に質問をして、ごめんなさい」
「いや、盲点だった。帰り道を狙ってくる奴らは積極的に捕まえて貰おう」
リリアナ様に。扇で口元を隠しているリリアナが、目線だけで頷いた。
研磨士本人か商人が買い付けるルートしか考えていなかったと、根っからの商人である兄はこめかみを揉んだ。買い付けるのではなく強奪し、それを加工する方が足が付きにくい。
荷物をロッジに置いて、早速と鉱山見学に足を運んだ。ステラが前回視察に行ったような渓谷を横に堀った坑道ではなく、山ごと切り開いた見晴らしの良い鉱山だった。すり鉢状の採掘現場では、沢山の鉱夫が作業している。
掘る者、土を運ぶ者、石を運ぶ者。そしてすり鉢の縁には、結構な人数の見張りが等間隔に立っている。クラウディオが手を腰に当てて頷いた。
「野盗退治にまで手が届かない理由が、分かりました」
「ええ、ここを直接襲ってくる野盗が居ないとも限りませんので」
設置された階段を使ってすり鉢の底に降りる。大勢の人が忙しなく働き、ひっきりなしに声が上がる。生まれて初めて見る採掘現場の熱気に、ステラは圧倒された。
「粘土質の土の中から魔石が、魔石の間から宝石が採れます」
掘り出された土が用意され、リリアナに見えるようにと作業台に移された。ざっくりと解された土の中から手のひらサイズの魔石がゴロゴロと現れる。土に汚れた魔石を水で洗うと、乳白色の魔石の姿になった。
残った土をさらに細かく、今度はザルを使って洗うと砂利の中に色づいた石が覗く。ミネルヴィーノ商会で取り扱っているような宝石の原石だ。
「お芋の収穫……」
ステラがぽそりと呟いた感想に、クラウディオが噴き出した。
「お嬢様のお目に適いますでしょうか……」
土を洗った鉱夫の問いにリリアナは答えず、けれど扇子を閉じて薄く微笑んだ。辺境では見られない高貴な美貌に、その場にいた全員が息を呑む。
「お嬢様はいたく満足されたようです。……買い付けの話に入っても?」
「あ、ああ、はい。どうぞこちらへ……」
すり鉢状の採掘現場から上がり、監督用の建物に入る。建物の中はさっぱりとしており、壁には帳簿が隙間なく並んでいた。
応接セットに腰掛けてからも、応対は全てクラウディオが行なった。事前の打ち合わせ通り、リリアナが適当な宝石に数秒視線を留め、クラウディオが値段の交渉をする。ステラの仕事はソファの後ろに控えて居るだけだ、侍女の役割は本来そのようなものである。
宝石の原石を選んだ後は、旅行用の魔石を二十個ほど買った。魔石は使う度に少しずつ摩耗し、最終的には魔力を込めることが出来なくなる。乳白色の輝きは消え、どこにでもある灰色の石になる。
「魔力はどのように込めましょう?」
「煮炊き用の火を五個、残りは水でお願いします」
魔石はそのままではただの石だ、魔石の販売所には魔力を込める人員が必ず居る。橙色の髪をした女性と水色の髪の男性が呼ばれ、十分ほどでそれぞれの魔石が出来上がった。
その間に金貨を数え終えたクラウディオが、銀盆に金貨を乗せる。金貨はローレを出る時に公爵閣下の奥方が用意してくれたものだ。
「では、支払いはこれで。我々は夕刻までこの辺りを散策して参ります」
「承りました、食事はロッジにご用意致しますので」
宝石、魔石、滞在費込み八十枚の金貨が乗った銀盆を、老婆が恭しく受け取った。
「黙っているだけというのも、疲れますね」
「お疲れ様でした、リリアナ様」
山頂に向かう登山道に入り集落が見えなくなったところで、リリアナは大きく背伸びをした。口下手なステラなど何時間でも沈黙したまま居られるが、リリアナは本来活発で人懐こい。見事な御令嬢ぶりだったが、それなりに疲れたらしい。
作ってもらったばかりの水の魔石で、水筒を満たして差し出した。ミオバニアの視察中に何十回とやった工程だ。フェルリータには無いその工程にも、すっかりと慣れてしまった。
「ありがとうございます、ステラ姉様」
「リリアナ様、これを見て頂けますか。ルーチェ殿下から頂いた魔石なのですが……」
三人で歩きがてら、ステラは胸元のネクタイピンを一つ外して見せた。ネクタイピンに着いているのは、鮮やかな赤紫色の魔石だ。蛍光みを帯びた輝きに、リリアナが水筒を放り出す勢いで目を剥いた。
「ルーチェ王女殿下の⁉︎……ああ、何て美しい、鮮やかな魔石でしょう……」
宝石には目もくれなかったリリアナが、ネクタイピンを掲げて陶然としている。
「煮炊き用の火の魔石と随分色が違うので、良かったら教えて頂けたらと」
煮炊き用の魔石は、柔らかな橙色をしている。ミオバニアの視察でも見ていた筈だが、尋ねるような余力がステラに無かった。
「は、はい! 失礼しました、魔石の色は出したい威力で異なります。この煮炊き用の魔石は五十前後の出力です、魔法として発現できる最低出力でもあります。北方軍で使う攻撃用や焼き討ち用の魔石は、およそ七十から八十の出力で作られます。もっと赤く……ええと、ルビーのような赤色です」
ステラとクラウディオに分かりやすいよう、リリアナは宝石の色で例えてくれた。ちなみに、リリアナにルビーとガーネットの区別は付かない。
「赤色の上を、私は見たことがありませんでした。ルーチェ殿下の魔法力は百を超えているとお聞きしています。このような美しい色になるのですね……」
赤に細かな虹色の粒子が混ざり、鮮やかな赤紫に見える。ルーチェ殿下の髪色そのままのスピネルのような火の魔石だ。
「この小さな魔石に、百を超える出力で魔力が込められています。ごく狭い範囲ですが、消し炭にするくらいの威力はあるでしょう」
「怖っ!」
具体的に何を消し炭にするかをリリアナは口にしなかったが、うっかり想像したクラウディオから叫び声が上がった。
「ここまでに、リリアナ様が火と水の魔法を使っているところを見ましたが、三属性目は風ですか? それとも土ですか?」
「五十を超えた程度の風魔法です、ステラ姉様。三属性の家系と言っても、三属性目はほとんど添え物なのです」
服の乾燥に大変便利ですとリリアナは笑ったが、普通公爵家の姫君は服を自分で洗わない。本人の居ないところで不躾ですが、と前置きしてステラはリベリオについても尋ねてみた。
「リベリオ様も、リリアナ様と同じ三属性ですか?」
「兄は水と風の魔法が得意で、火の魔法が添え物です。兄が焼いた肉や魚は、とても美味しいです」
「……存じています」
リベリオが焼いてくれた肉が大変美味しかったことを思い出し、ステラは何とも言えない気持ちになった。さぞかし便利だったことだろう。
「あー……魔法力五十未満は魔力の込められた魔石を使えるけれど、魔石に魔力を込めることは出来ない。出力が高いほど色が濃くなると」
「二つを込めるときは絵の具を混ぜたような色になると、宝飾室のルカーノ室長に教わりました。……このくらいの認識で大丈夫ですか?」
「大丈夫です! ただ、今回の事件に使われたような複合魔石は、北方軍でも数個しか保有されていません。人相手に使うには、威力が高すぎるのです」
そして当然ながら、厳しい管理体制下に置かれている。北方軍の保有している複合魔石は減っていなかったと、リリアナは報告した。
一時間ほど登って着いた頂上から、鉱山一帯を捜索する。ステラは眼鏡を外して、リリアナとクラウディオは双眼鏡を覗いて。ステラの目には、すり鉢状の採掘地で働く鉱夫たちも、その周囲も良く見えた。最初の鉱山で見つかるなどそんな甘い考えは抱いていなかったが、不審な人間も拠点も見つからなかった。
鉱山を渡り歩いては捜索し、青い髪の青年がたまに訪れるという情報を得たのは十二箇所目の鉱山。季節は七月の終わり、ステラが王都を出てから二ヶ月後のことだった。