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1-7:進路

 父の作った銀縁眼鏡を見たエリデの反応は、

「なにこれ、やばい」

だった。ステラは「なにこれ、すごい」だったが、眼鏡のレンズを作っているエリデにしてみると画期的どころではなく時代が変わるレベルの発明だったらしい。


 すぐさま、ミネルヴィーノ宝飾店とカルミナティガラス工房で話し合いの場が設けられ、眼鏡の縁の設計の特許を宝飾店側が商業ギルドに申請し、安価で使用許諾をガラス工房に出すことが決められた。

 話し合いの主導はステラの母ジュスティーナとエリデだった。経営に疎い各々の父は横でのんびりと茶を飲んでいた。

 互いの領域を犯さないようにと、金属縁は宝飾店が、ガラス工房では同設計の木枠のみを扱い、ガラス工房でレンズを作った顧客で金属縁を希望する顧客は宝飾店に誘導する。レンズを作る客は裕福な商人や貴族が多いため木枠を作ることは多くないが、職人には人気が出るだろうと予想された。

 許諾料、更新料、証書など母とエリデの間で交わされる交渉と契約をメモするだけでステラは精一杯だった。


 夏が来て秋が過ぎ、冬の寒さで銀縁が耳に痛いと耳の部分だけ木製のカバーがついた頃、ステラは掲示板の前で、とある募集を見つけた。

 少し良い紙に書かれたそれは

『春からの王城出仕、若干名募集。帳簿が付けられる人材優遇』

 というものだった。


 掲示板からその紙を取り外して、教員室に向かう。外されてないということは、まだ決まっていないということだ。

「すみません、この求人について聞きたいです」

「あら、ちょっと待っててね」

 教員室で扉の近くに居た先生に声を掛ける。しばらくして、個室に通された。驚いたことは対応したのがいつもの商業科の担任だけではなく、学長も一緒だったことだ。全校朝礼の時か式典のときくらいしか顔を見たことがない、顎髭の立派なおじいちゃんだ。

「商業科三年のミネルヴィーノさんだね」

「はい」

「この求人について聞きたいということは、王城に出仕したいということかの?」

「彼女はミネルヴィーノ宝飾店の長女です」

 ステラの身元を軽く補足したのは商業科の担任だ。

「はい、興味があって。仕事内容について聞ければと思いました」

「ふむ……」

 学長が立派な顎髭をさすりながら、紙とステラの顔を見比べる。

「王城から求人は来たものの、希望者がいなくてのう」

 正直とても困っていた、と学長は話す。


 何故なら、経理が出来る人間を募集するなら商業科、というのは外部の人間からしてみれば当然に思える。しかし、フェルリータの商業科に通う子女はほぼ例外なく家業のために商業科に通っている。つまり、就職先はすでに実家と決まっているのである。

「ミネルヴィーノさんは、卒業後はご実家には入らないのかい?」

「……無理を言えば、工房くらいには入れるかもしれませんが」

 厳しいです、と言外に匂わせたステラのその後を、担任が引き継いだ。

「婚約が破棄になったと噂で聞いたが、その後は決まったのか?」

「代わりに、妹が婚約することになりました」

「……そうか」

 商店や商会間の婚約は当人の意思で決まるものではない。ないが、当人達の関係が全く配慮されないわけでもない。それ以上を聞くこともなく頷いた担任の声は、ステラに同情的だ。


「外に出たいなら、うってつけかもしれんな」

「そうだのう、仕事は主に宝飾の管理と記録。要請に応じて、王宮の各所に運ぶこと」

 そのために、ある程度知識があり、身元がはっきりとしていて、学院の推薦状と実家の保証書を持参できる人間を探しているという。

「宝飾!」

「ミネルヴィーノの家は宝飾店だろう」

 反射的にステラは食いついた。渡りに船のような仕事である。それなら少しは役に立てるかもしれない。

「二年生までの成績は振るわなかったが、今年に入って持ち直した。卒業にも問題はないし、今なら推薦状は書けるぞ」

「本当ですか⁉︎」

「ああ、大丈夫だ」

 そういって、担任はステラの眼鏡と努力を褒めてくれた。


「学院としては大変助かる。幾分かの筆記具を礼として持参に付けよう。……人材不足を王城から責められることを覚悟しておったでなあ」

 フェルリータの学院運営費用には国からの出資も含まれている。下手をすれば予算の削減にも繋がりかねないので、ここ数日胃が痛かったと学長は言う。

「あとは実家の保証書が必要だ。扱うものがものだけに、可能であれば母君のご実家の書状もあったほうがいいだろう」

「きちんと親御さんと話し合っておいで」

「はい。ありがとうございます」



「王城に、出仕ですか」

「はい、お母様。春の新人雇用の中に、宝飾の管理官の募集がありました」

「……どのような仕事をするのですか?」

「宝飾の管理と記録、要請に応じて王宮の各所に運ぶこと、と聞きました」

「王城に出仕するなら住み込みですね」

 王城のある王都は国の中心にあるフェルリータから西に、馬車で半月ほどの距離だ。必然的に、フェルリータを出て王都に住むことになる。

「はい」

 ステラが婚約破棄を告げられた応接室で向かい合うことしばし、母は美貌を緩めて、フウと凝り固まっていた息を吐いた。

「ごめんなさい、ステラ。アウローラを婚約者にした手前、あなたを店に置くことが難しくなってしまった」

「いいえ、助かりました」

 アウローラは数年以内に嫁ぐが、今ステラが宝飾店の店先に立てば、口さがない噂の的になるだろう。母の判断は風評からステラを守るためだ。

 己にも他人にも厳しい人だが、愛情深い母だ。ステラの言葉遣いや、貴族の集まる場でも困らない立ち振る舞いを叩き込んでくれたのは母だ。最も、丁寧な言葉遣いは出来ても接客は苦手なままであったので、そこは個人の資質というものだろう。


「行ってみたいです」

 正直なところ、ステラの行先は適当な商家の愛人か、養ってくれる家族の邪魔になれば修道院だと思っていた。肩身の狭い思いをするよりは、背を伸ばして働ける可能性があるところに行ってみたい。

「いつ頃に発つ予定?」

「四月からということなので、三月の卒業式後すぐに向かう予定です」

「……乗合馬車の手配が必要ね。あと、出仕用の服も」

「お母様! じゃあ」

 執務机から、母が紙とペンを取った。サラサラと澱みなく書きつけられているのは、身元の保証書だ。

「残り期間は少ないけれどしっかりと学んで、王城では真摯に勤めること」

「はい! はい、もちろんです!」

「……ああ、私の父のサインも貰っておきましょう」

 王城の雇用は信用が第一だ。宝飾店の商会長であり貴族の縁戚でもある母の、必要なものを書きだしていくペン先は速い。まずは保証書、それから身の回りの物、商業ギルドへの口座登録など。

 嬉しくてソファで挙動不審になっているステラは、ごくごく小さく落とされた呟きには気づかなかった。


「……寂しくなるわ」


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