5-15:探すべく
「エルネスト、同じ事出来る?」
「絞る、というのは試した事がありません」
「だろうね」
エルネストの指先から出た水は細い糸状ではなく、ペンくらいの太さで飛んだ。エルネストは魔法師団の副官だ、大量の水を出して水攻めを行ったり、氷の槍や壁を作ったりすることが出来る。そのエルネストにして、水を圧縮する、という考え方はした事が無い。
水魔法は拡散に長けており、範囲魔法が主体になる。そしてわざわざ水を圧縮するよりも氷を作り出す方が、労力が少なく威力が高い。
ステラはメモ帳に立方体の図を描いて、レオに見せた。
「レオくん、こんな感じの、サイコロみたいに魔石を切れるかな?」
レオは頷いて、魔石を立方体に切り出した。何度見ても、魔石がゆっくりと切られる様は目と常識を疑う光景だ。だが、
「……直角では、ありませんね……」
レオが作ったサイコロは角度が揃っておらず、面の大きさもバラバラだ。確かに魔石を面でカット出来ているが、出来栄えには天と地ほどの差がある。耳飾りのティアドロップのような細かで規則的な多面体を、レオが作れるとは思えなかった。
「レオ、これを誰かに習ったか?」
ステラに並んでレオの前に屈んだリベリオが問う。レオが首を傾げた。よく分からない、という顔をしている。習った、という言葉自体が分からないのかもしれない。
「お母さんは居るか?」
「……」
「お父さんは居るか?」
「……?」
レオは答えない、お母さんお父さんという言葉にも聞き覚えがないのだろうか。
「リベリオ殿……回収した遺体に、レオと同じような髪色の大人はおりませんでした」
レオは孤児である可能性が高いと、エルネストが補足する。少し考えて、リベリオは質問を加えた。
「姉さんは、居るか?」
「……」
「……兄さんは、居るか?」
「にいちゃん!」
パッ、とレオが顔を上げた。
「そうか、にいちゃんが居たのか。にいちゃんの名前は?」
「ミー!」
「ミー兄ちゃんは、レオと同じ髪の色?」
「おなじー」
頭を抱えて嬉しそうなレオの頭を、リベリオが撫でる。レオを見るリベリオの目は優しい。
「……レオと同じ髪色の『ミー兄ちゃん』が存在するようです」
リベリオは端的に纏めたが、周囲は呆然としている。立ち直りが早かったのは、やはりマリアーノ殿下だった。
「マジかぁー……。エルネスト、呆けてないでモップ持ってきて床拭いて、コーヒー淹れて」
「……は、はい!」
エルネストが詰所の角にある用具入れからモップを取り出す。モップはステラが受け取って水浸しの床を拭く。ついでに、水滴でビシャビシャになった眼鏡のレンズもハンカチで拭いた。
マリアーノ殿下が机に戻り、エルネストに淹れ直させたコーヒーをビールのように一気飲みした。
「いやあ、驚いた驚いた! が、神はローレ家を見捨てていなかったらしい」
およそ信心などという効率とはかけ離れたものを、マリアーノ殿下が口にする。
レオが切り出した不恰好な立方体を、マリアーノ殿下がリベリオに放り投げる。受け取ったリベリオが手袋を外して握り込めば、紫色に染まり輝く立方体はもう魔石には見えなかった。
「大きめに切り出した、アメジストの原石に見えます……」
「工程を纏めて査察部に提出するよ。危ないから、触らないようにね」
マリアーノ殿下が忠告する。言われなくても近づかないし触らない、この場にいる全員がこの塊の威力を実際に見ているのだ。
「さて、そのミー兄ちゃんが今回の首飾りと耳飾り、魔石宝飾……と便宜上呼称する、を作ったという仮定で話をしようか」
「燃えた集落の行方不明者は一名。家族が行方不明であると手を挙げた生存者がいないことから、ミー兄ちゃんが行方不明者である可能性は高いと考えます」
最初に意見を出したのはリベリオだ。二人が孤児であるなら、家族が見つからないと訴える親が出なかったことに説明がつく。
「青い髪の兄弟を集落で見かけていたか、もう一度聞き取りを試みましょう」
具体的な容姿を指定すれば、証言が得られるかもしれないとエルネストが頷く。集落に住む人間の年齢や家族構成はバラバラだったが、人数だけはミオバニアの麓町に定期的に報告されていた。人数の報告があったからこそ、あんなところに集落を作ることが許されていたと言っても良い。
「レオの入った麻袋は、煙の中で投げ渡されたとペトロ君が言ってた。一緒に逃げるなら麻袋なんか要らない。レオを逃そうとしたなら、兄の方は拐かされた可能性が高いね」
行方不明の兄が件の魔石宝飾を自発的に作っていたならば、弟を連れて逃げただろう。弟を置いていったということは、兄弟の他に関与している人間が存在し、かつ強制的に作らされていた可能性が高い。
「レオくんを探す時間よりもお兄さんを連れて行くことを、犯人は優先したのですね」
「兄と、見られて困る証拠品の持ち出しを優先したのだろう」
ステラの確認に、リベリオが重ねて頷く。自分の身と証拠品の優先度が高いことを、兄本人は恐らく分かっていた。
「レオが保護されたときの身格好から、魔石宝飾をフェルリータからローレ家に流せるような算段を兄が出来たとは思いづらい。流通に乗せた人間も存在するね」
保護されたレオはミオバニアの麓町の人々よりも貧しい身なりをしていた。偽装の可能性も無くはないが、兄も似たようなものだと考えると商人の真似事が出来るとは思えなかった。それも、三大公爵家を標的にした商売を。
「流通の方はリベリオ殿とミネルヴィーノ女史がフェルリータに向かうとして、製作者はどうやって探せば……」
「ボヤが起きてからミオバニア山脈の国境線は帝国が警戒してる。まだ国内側の山脈のどこか、それも鉱山の近くに潜伏してるんじゃないかな。ただ、ローレの北方軍や北方騎士団で捜索隊を組むのは……」
捜索目的であっても部隊を編成した場合、ローレ家当主と王妃の容疑への反抗準備と見なされかねない。
「こんなものを作れる人間を、野放しにしておくのですか⁉︎」
宝石にも魔石にも精通しているナタリアだからこそ、製作者の危険性が分かる。声を荒げたナタリアに、レオがビクッと肩を震わせた。
「それね、本当にそれ。ローレ家を抜きにしても確保の捜索隊は申請する。でも、捜索隊が編成されてミオバニア全域が捜索されて、よしんば身柄が確保できるとしても、ローレ家の査問会には間に合わない」
肩を竦ませて震えているレオの頭を、ステラはそっと撫でた。サファイヤのような濃い青色の髪は柔らかい。ステラと同じように、ナタリアが声を荒げるところを初めて見たのだろう。
「大丈夫です、誰もレオくんのことを怒っていませんからね」
「……ミーちゃんは?」
尋ねられ、言葉に詰まる。大人達が確保しようとしている製作者は、レオの兄なのだ。自発的か脅されてかは分からないが、罪に問われることは免れない。
「……マリアーノ殿下、レオくんのお兄さんはこの国の害ですか?」
「今の所、国にもローレ家にも害しかないね」
実際にローレ家は危害に遭っている真っ最中であり、マリネラ妃に仕えていた侍女も亡くなった。
「レオくんのお兄さんが見つからなければ、どうなりますか」
「流通させた輩をフェルリータで確保したとして、そいつらが首謀者や製作者と繋がってなければローレ家の申し開きの材料として弱い」
「……レオくんのお兄さんが見つかれば?」
「身柄を確保して、証人として法廷に出てもらう。レオの兄が拉致され脅されている可能性は高い。流通させた輩と合わせて捕縛すれば、減免される可能性も高い」
王族しか持ち得ない黄金の目が、楽しげな色を帯びてステラを見た。
どうする?と問われた気がした。
脳裏に浮かんだのは、ミオバニア山脈、鐘楼、それから国王陛下への挨拶式典。リベリオは、国王陛下は、何をステラに許し、何をせよと命じたのか。不安はあった、けれど安穏として誰かが解決してくれるのを待つ時間はなく、何よりステラは外側から見るだけの観客ではないのだ。
大きく息を吸い込んで深呼吸を一つ、一つでは足りなくてもう二回。三度目の深呼吸で、ようやくと顔を上げられた。
「……リベリオ様、一緒にフェルリータには行けません」
「ああ」
ナタリアとエルネストが目を見開いたのが、視界の端に映る。けれど、リベリオは驚かなかった。何も口を挟まず、ただ静かに頷いた。
「私は、レオくんのお兄さんを探しにミオバニア山脈に向かいます」




