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5-13:リベリオ・ローレ③


 アマデオと共に北方騎士団の詰所に戻ったリベリオは、その場に居た全員に囲まれた。

「騎士長、ご無事ですか⁉︎」

「火急のお戻り感謝致します! が、あの、結婚式は……」

「マリネラ様は、マリアーノ殿下は、どうなさったんですか⁉︎」

「我々がここに閉じ込められ、半月が経ちました……」 

 爆発の原因は、何があったのか、と半ば泣きながら皆がリベリオに詰め寄った。詰所に居たのは五十名余り、その誰もがバラバラの事を尋ねて来たことで、事件からの半月で何の情報も渡されていないことを知った。

「俺たち何も、分からなくて……ローレはどうなるんでしょう……」

 そう言って俯いた騎士の背をポンと叩く。大丈夫だと、口だけですら言えはしなかったが。


「今から説明する。……落ち着いて聞いて欲しい」

 机を挟んで全員が整列し、その前に立つ。落ち着いていないのはリベリオの方だ、これから説明する事態の重さに足が震えた。

「まず、マリネラ妃の耳飾りと首飾りが火と水の二重付与魔石だったことが、爆発によって侍女が亡くなったことで、判明した」

 どよめきが起きた。懐から取り出した小箱を開き、中身を見せる。小箱の中には、耳飾りのもう片方が鎮座していた。

「宝石にしか見えないが、研磨されて宝石型にされた魔石だと、ルカーノ室長とパーチ女史が確認した。素手で握り込めば、この詰所くらいは吹っ飛ぶ。今後宝石を城内で見掛けたときは安易に素手で触らず、人を呼ぶように。廊下に落ちている物を拾って……ということが無いとも限らない」

 無差別な爆破が可能になると言ったリベリオに、全員が頷いて手袋の装着の徹底が確認された。


「魔石を着けて謁見に出られていたマリネラ妃に、国王陛下暗殺の容疑が掛かった。マリネラ妃は自ら檻に向かわれ、知らせを聞いたマリアーノ王子も自ら魔封の首輪を装着された」

 何ということを、と嘆きの声が落ちた。マリネラ妃とマリアーノ王子は、北方領の出身者にとっては自領の誇りだ。その二人が、自ら重犯罪者として取り調べられることを選んだ。啜り泣きの声すら聞こえる中、リベリオはさらに続ける。

「……魔石の宝飾品は、グレゴリオ様からの贈り物だった。グレゴリオ様のところに査察官が来られて事態を知った。伯父上も、近々王都に移送される」

 グレゴリオはローレ家の現当主だ、ある者は激しく怒り、ある者は声を上げて泣いた。

「リベリオ様……何か、我々に出来ることは何か無いのでしょうか……」

 長く北方騎士団に勤めている騎士が、目元を濡らしながらリベリオに尋ねた。

「……無い。この件に関して、北方騎士団は従来の捕縛、移送、収容など一切に関わるなと査察官殿に命じられている」

 グウ、と声を上げて老齢の騎士が泣き崩れた。その背をアマデオが撫で、立ち上がらせて支える。

「速やかに檻に入られたこと、魔封じの首輪を自ら装着されたことで、マリネラ妃とマリアーノ王子への疑いは減ったと聞いている。グレゴリオ様は国王陛下と法の沙汰に従うと言われた。どうか皆、早まった行動をしないよう、互いを支えて欲しい」

「絶対に突撃なんかするなよ、取り調べより先に御三方の首が飛ぶぞ」

 不用意な行動は、北全体が疑われることにも繋がる。互いを戒めろと、アマデオから重ねて警告が飛んだ。


 リベリオとアマデオの帰還をもって北方騎士団の軟禁は解かれ、この件に関する以外の任務は全て通常通りとなる。アマデオが通常任務の配置表を見直しながら呻く。

「皆の不安を聞く時間を作って、有事の装備を見直して、城下の見回りを増やして、あー……しんどいなこれ……」

 自分達の当主の危機に動けないというのは、心理的に厳しい。自分達で片を付けろと言われた方がまだしも楽だ。つい一年前に、前当主ゴッフリートを捕縛できるかどうかの軽口を叩いていたというのに、いざ事態が起きると関与すら禁じられた。

「身内の不始末は自分で片付けろと散々言われて来たが、当主と王妃殿下、王子殿下は当事者すぎて適用されないって俺は初めて知ったよ」

「俺もだ」

 騎士団よりも命令系統が上位の人間の沙汰に、王都在住の騎士団は関われない。建国以来、そんな事態は片手の指にも満たないが故に誰も知らなかった。アマデオがグシャグシャと自分の髪を掻き混ぜる。よく手入れされているはずの黄色の髪が、心なしか痛んで見える。

「……エヴァルド殿下には、会えるだろうか」

「行ってみるしか、無いだろうよ」




 北方騎士団の詰所を出たリベリオとアマデオは、近衛師団の詰所に向かった。面会自体は断られなかったが、入室する人数を制限しているとのことで、アマデオは詰所の外で待機することになった。

「アマデオ、剣を預かっていてくれ」

「リベリオ、アマデオ!」

 入口で剣を預けているリベリオを見たエヴァルド殿下が、音を立てて奥から立ち上がる。こちらに向かってきた時には、顔をグシャグシャに歪めて半ば泣いていた。

「無事だったか……!」

「先ほどローレより戻りました。私も妻も、何の危険にも遭っておりません、殿下」

「うん、うん……そうであるな……」

 筋骨隆々の背中を丸め、エヴァルド殿下が袖口で目元を拭う。いつも闊達な殿下らしくもなく、言葉の続きは上手く出なかった。見かねた副官代理の若者が、中へどうぞと促してくれた。いつもならシルヴェストリが取り次いでくれるのが、近衛師団の詰所だ。リベリオだけが入室し、どこの詰所にもある応接用のスペースに案内された。


「シルヴェストリ殿を移送役としてローレに寄越してくださり、ありがとうございました」

「ああ、それは父上、国王陛下が命じられたのだ。元々シルヴェストリは査察部の長だったゆえな……」

 シルヴェストリは前王の時代から国王直属の査察官として仕え、国内外の諜報活動に務めていた。第二王子殿下の成人と近衛師団への入隊が決まった折に近衛師団の副官に任命されたが、籍自体は査察部にも残していたらしい。

「私に出来たのは、シルヴェストリを貸し出す事だけだ。すまぬ……」

「いえ、助かりました。私やアマデオが先に帰ることも、移送前に皆で相談することもお目溢し頂きました」

 シルヴェストリは一貫して、命じられたのは移送のみ、という姿勢を崩さなかった。他の査察官であれば、ローレに居た全員が拘束された可能性もあっただろう。


「……マリネラ様の査問会は、夏の終わりの予定になると内々に聞いた」

「八月の末として、伯父の移送にあと十日。そこから取り調べをして、残りは三ヶ月ですね」

「ローレ家には申し開きの機会が与えられる。どうか、無実を証明して欲しい」

 エヴァルドの嘆願に、リベリオは少なからず驚いた。

「エヴァルド殿下は、マリネラ殿が無実だと」

「残された耳飾りを、シルヴェストリに見せてもらった。あんなものを見抜ける訳がなかろう。あれが王城内、ひいては市中に出回ることの方を、国王陛下は危惧しておられる」

 美しい紫色の耳飾り。光に煌めく複雑な多面体は、宝石にしか見えなかった。製造方法も出所も何一つ定かになっていないまま、マリネラ妃とローレ家当主を処刑して終いになど出来ない。


「ローレ家が馬脚を現したと喜んでいるのは祖父だけだ。……リベリオ、シルヴェストリの代わりに、少しだけ私の弱音を聞いてくれるだろうか」

「私で宜しければ」

 コーヒーを持ってきてくれた若者がテーブルにカップを置いて、一礼して離れた。カップは魔法師団と同じ、土魔法の応用で出来た丈夫なマグカップだ。黒い水面をじっと見ながら、エヴァルド殿下がぽつりぽつりと溢したのは、正しく弱音だった。

「すまぬな……爆発が起きた時に、私はただ慌てるだけだった。ここで慌てているうちに、部屋から出ることをシルヴェストリに禁じられた」

「……シルヴェストリ殿の判断は、当然のことと思います」

 リベリオの言に、そうだな、と殿下は頷く。周囲の判断は正しく、当然のことだ。王子殿下を、原因不明の爆発に近づける従者など居ない。

「だが、兄上は違った。すぐさま駆け付け、検分を行ったと聞いた」

「それは、エルネスト殿が私の結婚式で不在だったためで」

「それも分かっているのだ。だが、エルネストが居たとして、兄は聞き入れて部屋に待機しただろうか」

 エヴァルド殿下の推察は正しい。聞き入れないだろう、とリベリオも思った。


「駆け付けた兄上は検分の上で、自らに魔封の首輪を装着された。……同じことを、私は出来ただろうか。検分の知識は持っていなくとも、駆け付けることは出来たのではないか。自分が兄上の立場になったら自らに首輪を嵌めることが出来るだろうか。そんなことばかりを考えていた」

「……」

 エヴァルド殿下は闊達だが、思慮が浅いわけではない。口先だけの慰めも必要としていない。シルヴェストリであれば、適切な叱責が出来たかもしれないが、リベリオは草原の穴のように吐露される弱音を聞くことしか出来なかった。

「兄上が自ら首輪を嵌めた事で、陛下は兄上を調査に関わらせることが出来た。兄上はそこまで見越されていたのだろう。ルーチェが他国に嫁ぎ、祖父と母に罪状が掛けられたとして、私はそれが出来るだろうか」

 エヴァルド殿下とマリアーノ殿下の境遇はほぼ同じだ。共に、王妃の母を持ち、三大公爵の祖父を持ち、妹姫が居る。それだけに、もし自分ならと想像することは安易であり、想像することは必要なことでもあった。 

「寄る辺が無くなるやもしれないのは、想像だけで、こんなにも恐ろしいというのに」

 エヴァルド殿下は二十も過ぎた立派な成人男性だ。リベリオよりも年上で、鍛えられた身体は大きい。そのエヴァルド殿下が背を丸め、コーヒーの入ったカップを両手で持つ様は、幼子のようだった。


「……エヴァルド殿下の不安を取り除くことは私には出来ませんが、一つ、殿下にしか頼めないことをお願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、見苦しい弱音を聞いてくれただけで礼を言おう。何だ?」

「亡くなった侍女を手厚く葬り、家族への弔い金を増やして頂けませんでしょうか。伯父は首を墓に供えて欲しいと申しておりましたが……もう何が出来るやも、分かりませんので」

 グレゴリオ、もといローレ家には弔う権利すら無いのだ。北方領の貴族の子女だった娘の、満足な遺体は残らなかった。恐らくは詳細を隠し、王都で事故にあったと家族には説明されるだろう。

目を見開き、息を詰まらせたエヴァルド殿下は、しかし次の瞬間には背を伸ばしてしかと頷いた。

「私と、可能であれば陛下の連名で弔いを出そう」

「ありがとうございます」

 その後は、ほんの少しだけリベリオの結婚式の話をした。人の良い王子は、祝いの言葉も言えずすまない、とリベリオに謝った。その誠実さこそが、マリアーノ殿下にも勝る得難い素質だとリベリオは思う。

 詰所を出ると、すぐ横にアマデオが待っていた。詰所に居た時間は半刻にも満たなかったのに、数時間が経過したような気さえする。預けていた剣を、ほれ、と返されて受け取った。


「……アマデオ」

「おう、何だ?」

「頼みがある」


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