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5-9:王都よりの報せ

「投、獄……」

「王都より、火急の文が届いております…!」

 家宰の言葉が理解出来なかった。ステラでさえそうなので、グレゴリオと奥方は顔色を真っ白にして、何を発言することも出来ずにただ立っている。全員が立ちすくむ中で、最初に動いたのはリベリオだった。

「家宰、先日の挨拶に使った部屋を用意して欲しい。来客の方々には、ご歓談をお楽しみ下さいと」

「しょ、承知致しました……!」

 混乱の中であっても、仕事を命じられた家宰がまた転がり出るように戻っていった。

「グレゴリオ伯父上、伯母上、別室で文を開きましょう」

「そ、そうだ、そうだな。……大丈夫、大丈夫だ」

「…マリネラ、あぁ……」

 我に返ったグレゴリオが、妻の手を握って頷く。二人の両手は目に見えて震えていた。

「エルネスト殿、マリアーノ殿下からの文です。一緒に来てもらえますか」

「勿論です。邪魔にならない隅で構いません、妻と子供を同伴させて頂いても?」

「はい」

 リベリオが頷く。会場に置いておかないほうが良いと、リベリオとエルネストは判断した。


「アマデオ、カーラ嬢と会場に残って、知らぬふりで一時間半後に解散させて欲しい」

「分かった。ホテルの支配人を寄越してくれ」

「解散後は、ホテルのラウンジで二人で茶を飲んでいて欲しい」

「あの、部屋で待機、ではなくて、ですか……?」

 カーラが恐る恐る手を挙げた。遠方からの出席者には宿泊用の部屋がある。リベリオが少し考え、眉間をぎゅうと絞って答えた。

「……見えるところで、二人以上で居た方がいい、気が、する」

 リベリオの『気がする』を、アマデオは蔑ろにしない。神妙に頷いたあと、カーラには努めて明るく声を掛けて、自分と腕を組むように促した。

「大丈夫ですよ、カーラ嬢。ローレ時代の我々の同僚に紹介します。さあ、行きましょう」

「はい……」

 憧れのアマデオのエスコートにも、カーラの表情は暗い。

「リベリオがいます、大丈夫です。さあ、ここのホテルはラウンジのティーセットも豪華ですよ」

 重ねて大丈夫と言われ、カーラが腕を広げて大きく深呼吸する。気合いを入れ直して、アマデオの腕に自分の手を乗せた。

「リベリオ様、こっちは任せて下さい」

 顔を上げたカーラは、いつもの頼りになるカーラだった。ステラとリベリオに頷いて、アマデオと一緒に会場の中心に戻って行った。


「……ステラは、ご家族と一緒に」

 待っていてくれ、と言う言葉を聞かず、ステラはリベリオの袖を握り、首を振った。リベリオの鳶色の目が、猫のように丸く開く。

沈黙が怖い。振り解かれる覚悟もしていた袖は、解かれなかった。リベリオのもう片方の手が、袖を握るステラの手に重なる。その手の指先は冷たく、微かに震えていた。

「……ありがとう」

 


「王城より文を預かって参りました、某はシルヴェストリと申します」

 届いていたのは文だけではなかった。先日と同じ応接室は家宰によって豪華なテーブルセットが取り払われ、大きな作業机が二つ運び込まれている。足早に駆け込んできた面々を出迎えた老齢の紳士は、シルヴェストリと名乗った。

 綺麗に撫で付けられた白髪、黒の制服に薄金のサッシュ。優しげでありながらも隙のない佇まい、その人をステラは一度だけ見たことがあった。

「技術競技会、の……」

「おや、若い娘さんに覚えて頂けたとは。光栄です」

 緑の魔石が付いた美しい黄金の弓、決勝でリベリオと優勝を争った『エヴァルド殿下の爺や』だ。エヴァルド殿下が団長を務める近衛師団の副官が、なぜ、単独でローレに。

「此度はエヴァルド殿下の副官ではなく、国王陛下直属、査察部統括官としてこちらに参りました」

 国王陛下直属。その場に居た全員が、ヒュッと息を呑んだ。

「文は二通ございます。王城よりと、第一王子殿下個人からに御座います」

 仰々しい封蝋のされた封書が二通、作業机に置かれる。その封書を、誰も手に取れない。本来であれば真っ先に目を通す権利を持つグレゴリオが、震えて動けないのだ。

「……御当主殿、差し支えなければ某が読み上げることも可能です」

「お願いします」

 震えるグレゴリオに代わり、リベリオが答えた。

「あ、ああ……。すまないね、頼む…」

 では僭越ながら、と言い置いてシルヴェストリ査察官が王城からの封書の封を切った。低く滑らかな声が、丁寧に王都よりの報せを読み上げる。


一つ、先週末に王城で行われた国王陛下の謁見において、同席したマリネラ・ローレ妃の魔石持ち込みが発覚した。

二つ、公的行事への魔石の持ち込みはその危険性から厳しく禁止されている。国王陛下および要人の居る場への持ち込みは、極めて重大な事件であると判断する。

三つ、よって、マリネラ・ローレ妃を国王陛下暗殺未遂の容疑で捕縛、王城の鐘楼へと投獄。

四つ、魔石を贈答したグレゴリオ・ローレも同様の容疑とする。招喚に応じられたし。



 仰々しい文面をステラでも分かるように解くと、概ねこのようなことが書いてあった。途中、グレゴリオの奥方が血の気を失って、ソファに倒れ込んだ。

「……ちょうど、七日前のことで御座います」

 読み上げ終えたシルヴェストリが、深く重い息を吐いた。

「七日前……エルネスト殿、パーチ女史と王都を発たれた日は何日前ですか」

「十日前です、リベリオ殿。そこから三日後の週末に定例の謁見式があり、シルヴェストリ殿がここに来られたのが今ですので、……随分と飛ばして来られましたな」

「ええ、四日前に封書がしたためられ私がローレに出向くようにと国王陛下に任じられ、昼夜問わず馬を乗り継いで参りました」

 魔法師団の副長であるエルネストと、近衛師団の副長であるシルヴェストリの間には交流があるのだろう、交わされる会話は無駄がない。

「もう一通、マリアーノ殿下からの文も御座いますが。こちらも読み上げましょうか」

「……いえ、伯父上に代わり、私が」

 リベリオが進み出て、マリアーノ殿下の文を手に取った。第一王子の封蝋を切って、中身の便箋を開く。リベリオは読み上げることはせず、黙したまま目を通した。


「……王城からの通達と異なることは何も書かれていません、伯父上。ただ、私とエルネスト殿に速やかな帰還を求むと」

「そうか……」

「……お聞きしたい、シルヴェストリ殿。何故、マリアーノ王子殿下が、我々に文をしたためることが許されるのですか?」

 リベリオの問いに、エルネストは弾かれたようにシルヴェストリを見た。マリアーノ第一王子殿下は投獄されたマリネラ・ローレ妃の実子で、グレゴリオ・ローレの孫にあたる。容疑の輪から外れるとは考えられない。

「……マリアーノ殿下は第一報を聞かれた瞬間に、自らの手で魔封の首輪を装着なさいました」

「な……っ⁉︎」

「魔封の首輪⁉︎」

 エルネストが驚愕し、隅のソファでレオと座っていたナタリアが、声を荒げて立ち上がった。

「あ、あの、ナタリア様……魔封の首輪、とは何でしょう……」

「ああ、そうね…ステラは知らないわよね。魔封の首輪は、装着した人間の一切の魔力を封じる魔道具で……」

 正確には首輪に刻まれた呪法であり、装着すれば肌に二重の荊が黒く浮き出る。役目を終えた金属の首輪を外してなお、罪人であることを周囲に示す物だとナタリアは説明した。

「……死刑や、無期懲役の重罪人が嵌められる首輪です」

 エルネストの喉から、低い音が鳴った。


「……周囲が止める間も無かったと、聞きました。魔法師団の金庫に保管されている魔封の首輪を自らの手で嵌め、さらにその足でマリネラ妃に首輪を渡され、マリネラ妃も自らの手で首輪を装着され自ら鐘楼に足を向けられました」

「何ということを……‼︎」

 エルネストが両手で机を叩いた。常に穏やかなエルネストが、こんな風に激昂したところをステラは初めて見た。ステラにレオを預け、ナタリアが震える夫の背を撫でる。

「ですが、その拙速さが周囲から疑念を祓ったのも確かです。国王陛下は、リベリオ殿とエルネスト殿と面識のある私をローレへの使者として任命し、マリアーノ殿下には投獄ではなく軟禁を命じました」

 それは、マリネラ妃とマリアーノ王子に対して出来る、最大限の融通だ。少なくとも、国王個人としては両名に疑いを掛けていないことが暗に分かる。


 ふと、作業机に広げてある王城からの文面が目に入った。

「……? あ、あの」

「何か気になるところでも? リベリオ殿と結婚なさったとお聞きしております、お祝いの言葉すら申せぬところですが」

 笑われるかもしれないフェルリータ生まれの素人質問だ。けれど、ステラはルーチェ殿下から火の魔石のネクタイピンと、スピネルのブローチを貰っている。だからこそ、自分が聞かなければならない気がした。


「あの、どうやって、謁見の間に魔石を持ち込んだのですか……?」

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