5-8:ガーデンパーティ②
「ステラー! こっちこっち!」
ホテルの料理長を捕まえて質問攻めにしているカーラが、ビュッフェコーナーから手を振った。
「お疲れー! すっごい綺麗だったよ!」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「うんうん、緊張してる花嫁に見えた! 特訓の成果だね!」
「カーラとアウローラのおかげです」
顔の出来がごく人並みであるのは仕方ないが、花嫁の顔がイガイガしいとリベリオが後ろ指を刺されるのは避けたい。持つべきものは優秀な妹と友達だ。
ステラをカーラに預けると、ミネルヴィーノ一家は名刺配りに散らばって行った。グレゴリオ夫妻とリリアナは食事を摂る暇もなく来客に捕まり、挨拶の列が出来ている。
「お腹空いたでしょ、そこのテーブルに掛けてて。適当に取って来るよ」
カーラに甘えて、花嫁用の小さなテーブルセットに座りパラソルの下に入って周囲を眺める。青空の下、庭園で歓談している人々はステラとリベリオの結婚式に集まってくれた人達だ。本当に結婚したんだなあと、ようやく実感が湧いた。
「お待たせ! 食べる時は布を胸元に下げてね」
「はい」
カーラが持ってきてくれた皿には、白パン、リエット、ハム、チーズ。色とりどりのご馳走は避け、ドレスに溢しても色が付きにくいものばかりだった。ステラには出来ない気遣いだ。いや、ステラは曲がりなりにも王女殿下の侍女であるので、少しずつでも身に付けなければならないのだが。
「ありがとうございます」
「貴族の方々の結婚式って凄いよねえ。私もいつかこんな結婚式で料理長してみたいなあ」
結婚式をしたいのではなく、料理長をしたいとカーラは目を輝かせている。
「カーラなら絶対なれますよ」
「うん、絶対なるからね。そうだねえ、まずルーチェ殿下の成人式でチーフを目指す感じで」
王族の式典だ、カーラの目標は高い。
「リベリオ、ステラ嬢」
ステラの横で黙々と同じものを食べていたリベリオに、アマデオが声を掛けた。式の最中はカーラと北方軍の元同僚達を案内して、真ん中の友人席に座っていた。
「大変お美しかったです、ステラ嬢。リベリオもそう思うだろう?」
振られたリベリオが少し時間を置いて、頷く。
「ああ。綺麗だった」
「⁉︎」
アマデオが、子供に情緒が芽生えた瞬間を目撃した親のような顔をした。
「お前の口からご婦人に対する賞賛が聞ける日が来るとは、俺は感慨深いよ」
個人差はあれど、カルダノ王国は陽気で、人に対する賞賛を惜しまない気質だ。リベリオやマリネラ妃のような寡黙で生真面目な気質は少数派に入る。
「あと、司祭様は誓いの聖句をよく噛まずに言えるなと思った」
「そこかよ」
年末にマリアーノ殿下が書いてくれた挨拶文は、北方騎士長によく似合う簡潔なものだった。貴族階級や大臣の挨拶は美辞麗句が足され、もっと長い。淡々としながらもよく響く声だったが、本人的にはかなりの難易度だったと後で聞いた。
「ステラ」
王城で働く面子が揃うのを見計らって声を掛けて来たのは、昨日到着したパーチ夫妻だ。ナタリアは、美しい魚のような光沢あるブルーのドレスを着ている。王城の制服でも美女なので、正装すると迫力が上がる。
「お疲れ様、いいお式だったわね。足が疲れたでしょう? 座ったままで大丈夫よ」
「すみません。お気遣いありがとうございます、ナタリア様」
ナタリア達は前日に到着し、式の後に一週間ほど滞在する後泊型だ。ホテルから到着の知らせが来たのが昨日だったので、間に合わないのではないかとハラハラしていた。
「良い結婚式でしたね。観光も楽しみです」
「パーチ様も来て下さって、ありがとうざいま……、す?」
ナタリアの隣に立つエルネストの脚に、正装を着せられた男の子がしがみ付いている。背丈はエルネストの膝より少し上、三、四歳くらいだろうか。幼児特有のサラサラの髪の毛は、深くて濃い青色をしている。
どこかで見た、地の底から滲み出るようなロイヤルブルーのサファイアの髪。どこにでもある髪色では無い、どこで見たのだったか。それを何処で見たかに思い至った瞬間、グウッと胃が競り上がった。
「……!」
幼児を指差すことだけは耐えた。ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったステラに、リベリオが速やかに寄り添う。
「……レオ、私とナタリアのお友達だよ。ご挨拶できるかな?」
レオと呼ばれた子供が、エルネストの顔を見上げ、それからステラとリベリオを見る。髪と同じ青の瞳が怯えたように揺れて、エルネストの膝の後ろに隠れた。
「難しいかあ。……ああ、ああ、怖がらなくて大丈夫だよ」
ヨッと声を上げて、エルネストが子供を抱きかかえた。周囲を見回して、会話が聞こえる距離に人が居ないことを確認する。
「……エルネスト殿」
「引き取って様子を見てはと、マリアーノ殿下が言ってくださって」
子供は、エルネストの肩にしがみ付いて振り向かない。その後頭部は深く青い、見間違えることのない無二の髪だ。
「そう、ですか……」
「ええ、魔法師団の詰所にも連れてきて良いからと」
「宝飾室にもたまに来てるのよ」
ナタリアが堂に入ったウインクを飛ばす。保護された子供はマリアーノ殿下の許可のもと、パーチ夫妻の遠縁の子供として預かりになったということだ。
件の集落で焼け出され保護された人々の中で、五歳以下と見なされる子供はペトロが保護した子供だけだった。親だと名乗り出た人間はおらず、かといって遺体の顔確認を幼児にさせるわけにもいかない。
「うちの娘は、弟が出来たって喜んでたわ」
「ナタリア様、娘さんいたんですか⁉︎」
声を上げたのはカーラだが、ステラも初耳である。
「いるわよ? 話してなかったかしら、王立学院の高等部に通ってるわ。来年卒業ね」
「初めて聞きました……!」
ステラはナタリアの家族をエルネストしか知らない。ナタリアにはステラの家や結婚について沢山相談に乗ってもらったと言うのに、一方的過ぎて情けない限りだ。
「うちはもう手が掛からない歳だから。城で話すようなこともあまり無いのよ」
と、ナタリアは笑う。
「ええ、もう一人預かるくらいどうということもありません。理解ある上司も居ることですし」
「……」
理解が人並み外れ過ぎている上司、ではなかろうかとステラは思ったが、もちろん口には出さなかった。
「ええと、レオくん? 初めまして、ステラと言います」
「初めまして、レオくん。カーラです。何か食べる? ケーキ取って来てあげようか?」
ケーキという単語に反応した子供が恐る恐る顔を上げる。青い目と青い睫毛、子供用の正装を着せられていることもあり、とてもかわいい。
「……たべる…」
「おっ、いいお返事だね! 待ってて」
実家に弟妹がいるカーラは面倒見が良く、行動も早い。小さな声を聞くや、足早にケーキを取りに行った。
「……名前は、その子供が自分で?」
周囲に人が居ないことを確認して尋ねたのはリベリオだ。
「はい。名前を尋ねたところ『レオくん』と答えてくれました」
『レオくん』と呼ばれていたことがある、ということだ。
「ただ、食事はあまり食べないし言葉も少ないわ。マリアーノ殿下が王立病院からブランカ様を呼んで下さって、診てもらったの」
ブランカ師長が診たところ、年齢は三歳前後、確かに平均より小さく栄養不足ではあるが、身体自体には怪我や問題は無く。食事の量や言葉が少ないのは心因性の原因が考えられるとの見立てだった。
「ナタリア様とパーチ様と並ぶと、本当に親子のようですね……」
魔法の素養は遺伝し、多くは髪色に発現するのだとステラはルカーノ室長に教わった。結果、高位貴族では同系統の結婚が多くなり、親類縁者から高い魔力を持つ子供が産まれたときには養子に迎え入れることもあるのだと。
水色の髪のナタリア、青の髪のエルネスト、濃い青の髪のレオ少年。エルネストとレオ少年の髪色は良く似ている。三人並べば、親子もしくは血縁であることを疑う者はいないだろう。恐らくは、マリアーノ殿下もそれを見越してエルネストにレオ少年を預けている。
「私の魔力が九十をいくつか超えたくらいなのですが、レオの魔力はすでに同じくらいなのですよ」
「ゆくゆくは、ルーチェ様みたいになるかもしれないわねえ」
エルネストは魔法師団の副長で、国内でも有数の水魔法の使い手だ。魔法の素養は十代が最も伸びる、三歳で九十なら成人する頃には百三十以上も夢ではないとエルネストが言う。魔法の素養がごくごく平凡な五とからしいステラには、全く見当も付かない話ではあったが。
「お待たせしました! レオくんにはフルーツタルトとビスケット、せっかくだったからステラとリベリオ様にはチーズケーキを取って来たよ!」
「ありがとうございます、カーラ」
「どういたしまして! レオくんは食べるかな、どうかな?」
ステラは立ち上がって、レオ少年に椅子を譲った。椅子に掛けさせてもらったレオ少年が、テーブルに置かれたフルーツタルトに目を輝かせている様が可愛らしい。
「リ、リベリオ様‼ グレゴリオ様と奥方様はどちらにいらっしゃいますか!?」
ステラとリベリオがケーキを食べようとしたところに駆け寄って来たのは、ローレ家の家宰だ。ガーデンパーティではホテルのロビーで受付をしていたはずである。常に冷静で慌てることのない家宰が、息を切らしている。庭園の真ん中の方で挨拶に取り囲まれていたグレゴリオ夫妻が、なんだなんだと寄ってくる。
グレゴリオ夫妻の顔を見た家宰の顔がぐしゃりと歪む。泣きそうな、とステラは思ったが、実際に泣いていたかもしれなかった。喘ぐように口が開いて、そして。
「マ、マリネラ王妃殿下が、国王陛下暗殺の容疑で投獄されました……‼︎」