5-7:ガーデンパーティ①
聖堂での式を終えた後は、ホテルの庭園でガーデンパーティが開かれた。ローレ城は全体的に厳しく夜の晩餐会は映えるが、日中の立食会には不向きだ。着替えや休憩の利便も配慮され、列席者が泊まる高級ホテルの庭園が会場に選ばれた。
「あ、頭が重い……! 首が痛い……!」
「この長さのベールって、当たり前ですけどかなりの重量がありますのね」
用意された控室に入り、ステラは結婚式用の長いドレスから披露宴用のドレスに着替えさせてもらった。アウローラの手によってベールが取り去られ、髪型はそのままにティアラだけが残ると、随分と首が楽になった。
「素敵なティアラですねえ……」
アウローラはウットリとティアラを眺めている。小ぶりのティアラは、ベール以外の髪飾りを用意していなかったステラにグレゴリオの奥方が貸してくれた物だ。
「奥方様には、一番小さなものだから遠慮なくどうぞって言われたけど……」
「確かに、小さくてシンプルですが……」
首飾りのダイヤとブルートパーズと喧嘩しないようにと、石の付いていないシンプルなティアラだ。だが、その細工が恐ろしく細かい。そして混じり気の見えない、真っ白な総銀だ。
「……金貨九じゅ」
「い、言わないでえぇ……」
値を見積り始めた妹の口を、ステラは遮った。薄らと察していても、あまり考えたくない。
「……失礼しました。披露宴用のドレスも素敵ですね」
披露宴用のドレスは、地面を引き摺らない足首丈だ。式と同じ生地だが、二の腕と背中がレースで覆われた分、心許なさが減った。
「眼鏡を取ってもらえますか、アウローラ」
「どうぞ。……眼鏡を着けて披露宴に出られるのですか?」
手渡された眼鏡を掛けると、鏡の中にドレスを着た自分の姿が映った。複雑に結い上げられた髪には銀のティアラが乗り、丁寧に化粧の施された顔に分厚い眼鏡が少々ミスマッチだ。
「……特訓をしてくれたアウローラとカーラには、ちょっと申し訳ないのですが」
昨晩はカーラとアウローラによって『眼鏡を掛けていない状態で眉間を引き絞らず、はにかみがちな表情を保つことにより、緊張した花嫁感を出す』特訓が突貫で行われた。これが大変に助かった。
リベリオとステラが予想もしていなかった人数が聖堂に集まってしまい、聖堂の中の一般席も外の階段も人で埋め尽くされた。まともに見えてしまえば、ステラは多分その場で立ちすくんで歩けなかっただろう。
「でも、ちゃんと顔を見てご挨拶をしたくて」
立食式の披露宴は、身内での気楽なガーデンパーティだ。近隣諸侯や、リベリオとステラがお世話になっている人が参加する。
「ご挨拶は大事ですものね」
役目を終えたドレスを丁寧に仕舞って、アウローラが頷く。用意されていたお茶を飲んで水分補給をしていると、控室のノッカーが鳴った。
「ステラお姉様、リベリオ兄様を連れてきました!」
溌剌とした声はリリアナだ。庭園に一人で入場しようとする兄を引き留めたりと、なにかと手伝ってくれている。
「はい、今出ます」
部屋の中をもう一度見回して、控室を出た。アウローラとリリアナが、この後の手順を確認して頷き合う。
「わぁ……」
「どうした?」
「いえ、華やかだなあと……二人の姿絵を作ったら売れそうです」
ペールイエローのドレスのアウローラと、紺のドレスのリリアナ、どちらもとんでもない美少女だ。二人が並ぶと華やかで眩しい。イエローダイヤとアメジスト、と勝手に宝石に当てはめてしまうのは職業病だ。
何がツボに入ったのか、リベリオがゴホッと咽せる。
「? どうされました?」
「……以前、王都の姿絵屋にモデルを頼まれたことがあって」
初耳だ、リベリオはすでに商品化を打診されていたらしい。
「アマデオと二人並んでとの頼みだったが……添え物感が強くて、俺の」
「あああ……」
分かってはいけないが、わかる。今日の主役はステラとリベリオであるはずなのに、世話をしてくれている妹達の方が存在感があるのだ。
「……地味は地味なりに行こう」
「……ですね」
綺麗に舗装された庭園に出ると、拍手が起きた。リベリオと並んで一礼する。
「この度は、私と妻の門出にお集まり頂きまして、ありがとうございます。お世話になった皆様にお礼をしたく、ささやかながら宴を開かせて頂きました。どうぞ、ゆっくりとお過ごし下さい」
ゆっくりと、というのは順々に挨拶に回るという意味である。
食事が用意された後方から、カーラが手を振っていた。小さく手を上げて振り返す。カーラはパステルグリーンのワンピースとボレロ、明るくて活動的なデザインが良く似合っている。このパーティは立食式だ、挨拶が落ち着いたらカーラと食べることもできるだろう。
リベリオの挨拶が終わるともう一度拍手が起こり、各々ご歓談下さいの時間になった。
リベリオの後見人であるグレゴリオ夫妻と共に、まずは爵位持ちからの挨拶だ。ローレに来る道中で必死に覚えた列席者の名前と爵位を活用するときだ、とステラは気合を入れたものの不要に終わった。
応対は主にグレゴリオの奥方とリベリオが引き受け、そもそもローレ家の嫡流からは除外されているリベリオの結婚式に列席する貴族もそう多くない。結果、北方軍でリベリオの同僚だった爵位持ちの子息、という気楽な挨拶がほとんどだったからだ。
「ステラさんは宝飾室の管理官なのだろう? 今度ローレ家の収集品も見てみるかい?」
「ありがとうございます、是非とも」
「出入りの業者が置いて行くんだけど、マリネラやグローリア、マリアーノはあまり受け取ってくれなくて……宝物庫の物は人が使ってこそだと思うんだよね……」
挨拶をしている奥方とリベリオの傍らで、役に立っていないグレゴリオとステラは声を潜めて世間話をしている。父よりも年上の三大公爵家の当主という雲の上の人なのだが、丸い背中を丸め、しょんぼりとする様子は小動物のようだ。
「お姉様」
挨拶が途切れるのを見計らって声を掛けてきたのは、アウローラだ。後ろに、母、父、兄、と家族が揃っている。
「リリアナ様が、お母君を連れて来られるとおっしゃったので」
眼鏡を外していたステラは聖堂にいた誰の顔も見えなかったが、後方に座っていたのだという。
「お待たせしました、ミネルヴィーノ家の皆様」
こちらに向かってくるリリアナの後ろには二人の男女。先日挨拶した美貌のユリウス伯父様と、それから。
「初めまして、リベリオの伯父のユリウスです。こちらが」
庁舎の中ではなく明るい日差しの下で見ても、ユリウス伯父様は彫りの深い美形だった。その斜め後ろに立っている女性は、白いドレスを着て、紺色のジャケットを肩に掛けている。肩も袖も余っており、ユリウスがベスト姿であるので、ユリウスのジャケットだろう。
その人は少女めいた可憐さで周囲を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「こんにちは、結婚式ですね」
鈴を振るような声だが名前すら名乗っていない、一拍を置いてリリアナが紹介した。
「母の、ルクレツィアです」
「肩が冷えそうでしたので、私がジャケットを貸しました」
リリアナに続いてユリウスが補足する。事前に用意して湖水の屋敷に届けていたのは、紺のドレスだったはずだ。
ジュスティーナがルクレツィアの前に進み出て、膝を折った。
「ステラ・ミネルヴィーノの母、ジュスティーナでございます」
「そう」
「この度は身に余る御縁を頂き、感謝申し上げます」
「ええ、私も楽しみにしていましたの。……ええと、あなた」
先日の湖水の村とは違い、会話が成立している。内心で安堵したところで、周囲を見回したルクレツィアに突然話し掛けられて心臓が飛び跳ねた。
「あなたが、お付きです?」
お付き、とは。
「は……は、い…」
ステラは正か誤か迷いつつも、ハイと答えた。ステラはルーチェ殿下の侍女だ、侍女はお付きの内だろう。
「そう。仕えることを、許しましょう。迎えはどこかしら、お父様にもご挨拶をしなければ」
許す、迎え、ご挨拶。何のことだろう。何も嫌なことは言われていないはずなのに、後退りたくなる。
「……迎えは私が呼ぼう。ルクレツィア、父上にも顔を見せよう。あちらだね」
ユリウスが歳の離れた妹の背を押して促す。
「お手数をお掛けします、ユリウス伯父上」
リベリオと共に頭を下げると、小さく後ろ手を振られた。
「短い時間で申し訳ありません、母は身体があまり強くなく」
リベリオがジュスティーナを含めステラの家族に頭を下げた。直角に下げられた頭に、今までにどれだけの陰口を叩かれ、頭を下げたのかを察する。
「……さあさあ、挨拶も一段落したし、皆で休憩してご飯を食べようか!」
手を叩き、グレゴリオが努めて明るく声を上げた。促されてビュッフェコーナーにぞろぞろと向かう。
最後尾に居たグレゴリオが、妹が去った方向を見遣る。ごくごく小さなため息のような呟きが、ステラの耳に届いた。
「ルクレツィアは、変わらないねえ……」