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5-5:再会

「考えてみたのですが」

「?」

「リリアナ様のように、私がなりたいもの、というのが思いつかず……」

 目覚ましがわりのコーヒーに砂糖を多めに入れつつ、ステラは降参した。


 ステラとリベリオの滞在用に用意された客室は豪華なもので、街並みが見える窓辺に朝食が用意された。牧畜の盛んなローレだけあって、ゆで卵、ハム、牛乳と朝からボリューム満点の朝食だ。

 対面に座って甘いパンを食べているリベリオは首を傾げていたが、ややもしてステラが何を言っているかに思い至った。

「昨日の、リリアナの言葉だろうか」

「はい」

 リベリオと同じパンを取って、口に運ぶ。マーマレードがたっぷりと挟まったパンは甘く、コーヒーの共に最適だ。オレンジの甘さと香りが、疲弊した脳に染みる。

「リリアナ様は私より六つも歳下ですのに、しっかりしていらっしゃって」

 なりたいものを力強く宣言したリリアナは眩しかった。そして、ステラの実の妹であるアウローラも、やりたいことを真っ直ぐに宣言していたことを思い出した。

「妹二人がしっかりと目標に向かっているのに、私はこう、何も目標がなくて……」

 姉として人として余りにも情けないのではないか。そしてこれは件のリベリオの母親と大差がないのでは、というところまで考えついてしまい、やや寝不足になって今朝に至る。


「……俺もなりたくて北方騎士長になったわけではないが」

「そうでしたね……」

 リベリオもステラも、故あって地元を離れて働くことになった身だ。縁もゆかりも無い土地で生活基盤を築いていくのに精一杯だったのだ。リベリオには多少の後ろ盾があれど、リリアナの生活費や学費も稼ぐ必要があった。

 リベリオが窓の外、春の朝日に光るローレの街並みを見て、それからもう一度ステラに向き合って口を開いた。

「……大志が無ければ生きてはいけない、ということはない、と、思う」

「……」

「俺も貴女も、今のところ仕事と生活を確保出来ている。とりあえず、それで充分ではないだろうか」

 リベリオはそう言って、ハムとチーズをステラに取り分けてくれた。

「とりあえず……」

「とりあえずでも、立ち位置を確保することは大事だろう」

 とりあえずすら見込めなかったからこそ、ステラもリベリオも王都に来たのだ。

 ステラは、ハムとチーズを口に入れた。どちらも、とても美味しかった。フェルリータで文字通り一寸先すら見えなかったときに比べれば、今がどれだけ安心していられることか。この幸運を忘れてはいけないと、心の中で気合いを入れ直す。


「あっ、あの」

「?」

「一緒に考えませんか。その、なりたいものとか、したいこととか。……私は多分、一緒に考えてくれる人が欲しかったんです」

 それは、ステラにも、リベリオ少年もとい今のリベリオにも必要な気がした。

 ステラの提案をリベリオは笑わなかった。殻を剥いている途中のゆで卵を一度置いて、ゆっくりと頷いた。

「そうしよう。どちらかが思い付いたら、手伝ったり助けたりすればいい」

「はい! 私たちは、ふ、夫婦なので!」

 顔を赤くして叫んだステラに、リベリオはぱちりと目を瞬かせて

「そうだった」

と、笑った。それは中々に珍しい、彼の人の分かりやすい笑顔であったので、ステラは朝から幸せな気分になったのだ。


 

 豪華な朝食を食べ終え身支度をしているときに、家宰が客間を訪ねてきた。

「おはようございます、リベリオ様、奥方様。奥方様のご家族が宿に入られたと連絡がありました」

 奥方様、ご家族、というと。

「私の家族ですか⁉︎」

 奥方様というのが誰のことを指しているのか分からず、言葉の意味を理解するのに少しばかり時間が掛かった。

「会いに行こう」

「宿の応接室でお待ち下さいと、伝えてございます」

 リベリオと家宰の会話は、無駄がなく早い。慌てているのはステラだけで、リボンやブローチを取り落としているのを見かねた家宰の言葉に甘え、髪だけはローレ家の侍女に結い直してもらう。手の掛かる子供のようで大変に申し訳なかった。

 来客の泊まるホテルまでは馬車が用意された。同じ都市内だ、当然のごとく歩いて行こうとするステラとリベリオを家宰が引き留め、リリアナを呼んで家宰も加えた四人で馬車に乗った。


「豪華ですね」

「ローレの城よりも豪華に見えるな」

「ローレで一番古くて、豪華なホテルです!」

 到着したホテルは豪華だった。城と同じ石造りではあるものの所々に彫刻が施され、要塞であった城よりも遥かに豪華に見える。こちらがローレ家の方々が住んでいるお城ですと説明されても驚かない。

 カーラはきっと喜んでいるだろう、けれどこんな遠方まで呼びつけてしまった家族の反応は想像出来ない。しかも理由は結婚式だ。馬車から降りて突っ立っていると、リベリオが手を差し伸べてくれた。

「行こう」

「……はい」

 ホテルの支配人に案内された応接室には、すでに家族が揃っていた。部屋に入って真っ先に目が合ったのは、パッと表情を輝かせた妹だった。

「お姉様!」

「アウローラ!」

 勢いよく立ち上がって向かってきたアウローラと、両の掌を合わせてキャアキャアと再会を喜んだ。

「ステラ」

「……お母様…」

 低く落ち着いた声、フェルリータの薔薇と謳われる美貌。一年ぶりに見る母の姿だった。


 リベリオの前に進み出た母が、深く膝を折った。

「お初にお目に掛かります、ローレ様。ステラの母、ジュスティーナと申します」

「父のダリオです」

 父は帽子を胸にあて、腰を折る職人式の礼を。それから。

「兄のクラウディオと申します」

「クラウディオ兄さん⁉︎」

「ヨッ、久しぶりだな」

 片手を軽く上げたのは、二年近く会っていない兄だった。ミネルヴィーノ商会の仕入れを担当している兄は、国中を駆け回っていて年に数回しかフェルリータに帰ってこない。眼鏡が出来た後には一度会ったが、王都に出ることが決まってからはタイミング悪く会えなかった。

「来ると思わなかった」

「そりゃあ来るだろう、妹の結婚式なんだから」

 ウインクしてみせる父譲りの緑の目、母譲りの金髪はさっぱりと刈られている。愛嬌があり知識が広く、初対面の誰とでも親しげに話せる、商人になるべくしてなった兄だ。


「遠路をお越し頂きまして、ありがとうございます。リベリオ・ローレです」

「妹のリリアナと申します」

「この度は身に余るご縁を頂き、ありがたく存じます」

 母の挨拶は如才なかったが、リベリオとリリアナは顔を見合わせ、ちょっと困ったような顔をした。

「兄と私は確かにローレ家ではありますが、末席も良いところで。ですので、あまり畏まられずに……」

 というリリアナの説明を補足するべく、お茶が用意されて席に着いた。

 説明したことは手紙と大差ない。リベリオとステラの出会いや同僚である旨がつつがなく説明された。本人達ではなく、リリアナと家宰によって。付け加えられたのはリベリオとリリアナがローレ家の末子の末子で、基本的には家督から外れていることだ。

「我々フェルリータの人間にとっては、ローレ家の皆様は三大公爵家の畏れ多い方々です。すぐさま畏まらずとは参りませんが、追々努めさせて頂きます」


 ステラの母が答えて挨拶は終わり、あとは男性陣と女性陣に分かれることにする。ステラは結婚式で着るドレスが見たいと言われ、宿に保管してもらっていたドレスを別室で試着することになった。

 呼んだカーラはすぐさまアウローラと打ち解け、試着室は賑やかだ。ちなみにリリアナは口下手な兄のために応接室に残ることを選んだ。

「これが、マリネラ王妃様のサルトリアが仕立てたドレスですか……」

 ドレスを見たアウローラは陶然としていたが、すぐに我に返りメモ帳を取り出して書きつけていた。アウローラは高等部を卒業したら、大店の服飾店の若奥様になる予定だ。

「よくマリネラ様の名前知ってたね? アウローラ」

「ローレに来る前に、学院の先生方にお聞きしました」

「ああ……」

 そんな予習の手が、とステラは項垂れた。卒業前は経理や帳簿の勉強に必死で、王家の方々の名前を先生に聞くことなど頭に無かったステラとは大違いである。

「これ、すっごく素敵なドレスだけど……お高かったんじゃ?」

 恐る恐る尋ねたのはカーラだ。気持ちはとても分かる、ステラとてマリネラ妃からの紹介と聞いて最初に心配したのはお値段だ。

「依頼料がとても高くて、それはマリネラ様とマリアーノ殿下が結婚祝いだと払って下さって。素材は一般的なものにしてもらったので、そこまで高くなかった、です」

 多分。ステラとリベリオの給金を合わせて一ヶ月分くらいである。そも、王室御用達の仕立て屋は、予算よりも予約が取れないのだ。

「あ、でもこのデザインを店に飾って良いかって聞かれて」

「……うわぁ」

「お姉様、それは……」

 想像力に乏しいステラでも、二度目なので分かる、指輪と同じように後日宣伝に使われるパターンだ。

「王室御用達の本店がデザインをして、素材のグレードと値段を落として市民向けに姉妹店などで売り出す方法でしょうか。流石です」

 目を爛々と輝かせてアウローラが頷いた。


 デザインは、素材は、と三人でドレスを鑑賞していたところに、客室に荷物を取りに行っていたジュスティーナが戻ってきた。

「戻りました。私にもドレスを見せてください」

「お母様」

 客室から取ってきた箱をテーブルに置き、ジュスティーナもアウローラと同じようにデザインや素材を見ていたが、アウローラよりも細かく刺繍の分類をしていた。裾に施された刺繍は、ローレ家にのみ許される模様らしい。

「……まったく、初めて手紙が来たと思ったら突然結婚なんて」

「あ、う、その、あの」

 すみません、なのか。いやでも、ナタリアやルカーノ室長はご家族は喜ばれるだろうと言っていた。何と返せばよいものか分からず、手が所在なさげに宙を掻いた。

 おろおろとしているステラを見て、ジュスティーナが頭を振って息を吐いた。美しい金髪がパサリと揺れる。

「いえ、いいえ。……ごめんなさい、責めたわけではないのよ、ステラ」

 ただ驚いただけなのだと、母は言った。

「仕事も、代わりの縁談の一つも用意できなかったような不甲斐ない親よ。娘が決めた結婚に何かを言うような資格は無いわ」

 そんなことはない。紹介状、服、身なりなど、母は出来る限りの便宜を図ってくれた。そも、子女をフェルリータから出すという選択肢を他の商会や家は持っていない。母だからこそ、ステラは王都で働けたのだ。

「お母様、あの、そんなことは、ないです!」

 つかえながらも強く否定した娘に、母は眉を寄せて困ったように笑った。

「……ああ、フェルリータの商会長が聞いて笑われてしまいますね。久しぶりの再会だと言うのに」


 ジュスティーナが、平たい木箱の鍵を上げる。蓋を開いた中は黒のビロードが貼られ、中央にブルートパーズとダイヤの首飾りが鎮座していた。

 それをステラが初めて見たのは子供の頃だった、これは我が家で花嫁が代々結婚式で着けるものだと聞かされた。幼いステラが子供心に憧れ、一度は縁の切れた物だった。

「一番大事なことを伝えていませんでした。おめでとう、ステラ。母も父も、貴女の結婚をとても嬉しく思っています」


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