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5-2:応接室にて

「案内をありがとうリリアナ、お茶を頼めるかい?」

「はい! グレゴリオ伯父様!」


 リリアナの案内で通されたのは城の応接室だった。石造りの部屋の中にはすでにリベリオの伯父が待っていた。身長はステラと同じくらいか、丸っこい体形に柔らかな目元をしており、リベリオと同じ紫紺の髪には白髪が混ざっていた。

「お初にお目に掛かります。宝飾室の管理官と第二王女殿下の侍女を務めております、ステラ・ミネルヴィーノと申します」

「ああ、そう構えずに。グローリアの式では会えなくてすまなかったね。ようこそローレへ、グレゴリオ・ローレだ」

 見た目の印象通り穏やかな声が返ってきて、差し出された右手を安心しつつ握った。リリアナの挨拶も握手だったので、ローレでは膝を折る礼よりも握手のほうが定番なのかもしれない。

「リベリオが帰ってくるのも久しぶりだね。王都はどうだい?」

「マリネラ様やマリアーノ殿下に、大変良くして頂いております」

「そうかそうか、じゃあその辺りもゆっくり聞かせてもらおう」

 応接室のローテーブルは大理石を切り出して磨いたものだ。グレゴリオの対面のソファに、リベリオと並んで座った。


「まずは結婚おめでとう、とても嬉しいよ。良かったら二人の出会いを聞かせて欲しいな」

 何と答えたものかステラが悩んでいると、リベリオが答えた。

「伯父上、シルヴィア・イラーリオを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、覚えているよ。去年の春にリベリオが捕縛したね」

 王女殿下の侍女を務めていた娘が窃盗で捕縛され、実家のイラーリオ領はグレゴリオ預かりとなった。今まで王城では一部の関係者しか知らされず、出会いのきっかけとして出せなかった話だ。

「シルヴィア・イラーリオの同室者が彼女でした。第二王女殿下の侍女として、空いた穴を埋めてくれています」

「ええ⁉︎ 本当かい⁉︎」

 グレゴリオに問われて、ステラはビクビクしながら頷いた。ちょうど一年前の話である。もう一年経ったのかと思うのに、半年以上ミオバニアの麓に居たせいであまり実感は無かったが。

「あの、お手当も増えましたし、どうぞお気になさらず……」

 驚きはしたが、一年も経ってしまえばお給金は増えて一人部屋を与えられ、私服も支給される良いことづくめだった。衝撃の威力ではミオバニアの方がよほど酷く、シルヴィアの件はもう記憶から薄れつつある。


 グレゴリオがリベリオとステラの顔を見比べ、頭を抱えた後、顔を上げた。その顔はしょぼくれた子犬のようで、四十以上も上の、それも公爵家の当主様に向かって抱く感情ではないが、ステラ的にとても親しみを感じる。何というかこう、振り回されてきただろう人感がある。

「その、ローレ領のことで迷惑を掛けてしまって本当に申し訳ない。ミネルヴィーノさんは、どちらのご出身かな?」

「フェルリータです。実家は宝飾店を営んでいます」

「フェルリータかあ、良いところだね。僕も何度か行ったことがあるよ、尖塔に登って景色を楽しんで絵や土産を買うのが楽しみなんだ」

 グレゴリオはフェルリータに訪れたことがあるらしい。フェルリータは観光都市だ、絵や工芸品の質には定評がある。

「ミネルヴィーノ商会さんの名前は知らなくて、申し訳ない」

「ああ、いえ。高位の貴族の方々との取引は、商工会が取りまとめていましたので」

 爵位の付く貴族からの受注は、フェルリータの商工会が取りまとめて適切な店に割り振っている。稀にそれで縁が出来る場合もあるが、大半は商会の名前までは覚えてもらえない。そしてステラの実家が今までに割り振られた貴族相手の仕事は、伯爵家が最高だったはずだ。

「実家の商会を妹が継ぐことになりましたので、私はフェルリータを出て王城に勤めることにしました」

「よく働いてくれていると、アンセルミ侍女長や宝飾室のルカーノ室長から聞いています」

「アンセルミ侍女長のお墨付きなら、間違いないねえ」

 リベリオから入る補足が、何やらこそばゆい。


 人から聞く自分の話、折角の機会なのでステラはグレゴリオに尋ねてみることにした。ここはリベリオの故郷である。

「あの、リベリオ様はどんな感じだったのでしょうか?」

「どんな?」

「ええと、小さい頃や、北方軍に居たと聞いておりまして、あの」

 ステラの的を得ない質問を笑うことなく、グレゴリオはうんうんと微笑んで答えてくれた。

「そうだなあ、どのあたりまで聞いてるかい?」

「お母様の話を少しと、グレゴリオ様に引き取られたあとの話を少し、でしょうか……」

「……リベリオの母はルクレツィアと言ってね、僕の二十歳下の妹になる。まあ、なんというか浮世離れした妹でね。リベリオとリリアナはあまり手を掛けられずに育てられてね」

 グレゴリオが時折歯に絹を着せつつ話してくれたのは、ミオバニアでリベリオが話してくれた話に、ローレ家側の事情を加味した話だった。


「もう二十五年も前の話になるのかな、長女のルクレツィアではなく、孫娘のマリネラをヴァレンテ王子殿下に嫁がせると父が決めたんだ。父については知っているかい?」

「先代のローレ公爵閣下で、北方軍の総司令を務められていたと、お聞きしています」

「そう、偉大な父でね、他人にも自分にも厳しい。だからルクレツィアを王家に嫁がせることはしなかったんだ」

「それは……」

 グレゴリオはさらりと言ったが、生半可な覚悟で出来ることではない。年頃が同じであれば、孫娘ではなく自分の娘を王家に嫁がせたいと思うからだ。だから、王家に男児が生まれれば、周辺の貴族は女児を得ようと必死になる。

「うん、まあ、そんなこんなでルクレツィアはローレの外れに残って婿を取って、リベリオとリリアナを産んで。十五年くらいお金だけは送ってた父と僕が見に行ったときには、お世辞にも二人とも手を掛けられてるとは言い難くてね。慌てて引き取ってきたってわけさ」

「……」

 相槌すら打てず言葉に詰まる。ステラの両親は、娘の目が悪くなっても婚約を破棄されても、ステラのことを見捨てたり放置したりはしなかった。

「リベリオは、……そうだなあ、引き取ってすぐは同世代の子供と比べて口数が少なかった。僕も妻も随分と心配したものだよ」

 リベリオは今でも、同世代に比べれば口数が少ない。つまり、グレゴリオの言う引き取ってすぐは、ほぼ喋らないに等しかったのではなかろうか。

「士官学校に入ってからも剣も槍も人並みで、人並み以下の僕が言えることじゃないんだけどね。でも、弓だけは昔からずば抜けて上手だったなあ」

「あの、リベリオ様の弓は凄くて、王都の技術競技会でも大人気でした…!」

 幼いリベリオが食うに困って村人に混ざって狩猟をしていたことを、ステラは知っている。語られるどれもこれも暖かな思い出話には到底思えず、せめて今の話をと技術競技会の話をすると、グレゴリオは嬉しそうにうんうんと頷いた。

「リベリオの手紙は報告書みたいで、あまり自分のことを書いてくれないんだ」

「ああ……分かります」

 分かる、とても分かるがステラも他人のことを言えはしない。


「だから、リベリオの王都での話をしてくれると嬉しいな。ステラさんから見て、リベリオはどんなだい?」

「私から見て……」

 ステラは少し考えてから答えた。

「真摯な方です。ええと、確かに口数は少ないのですが、それは口からの出力が足りないだけで、私が考えつかないことまで、たくさん考えて下さっています。う、上手く言えなくてすみません……」

 リベリオは口数が足りないが、ステラは語彙が足りない。上手く説明できないことがもどかしかったが、対面のグレゴリオがとても良い笑顔をしていたので伝わったのだと思いたい。

「良い娘さんだね、リベリオ」

「はい」

 グレゴリオの言葉にリベリオが頷いたところで、応接室のノッカーが鳴った。

「お茶を持って参りました!」

「ああ、リリアナだね。どうぞ」

 リリアナはお茶の乗ったカートを手づから押して戻ってきた。リリアナの後ろの、エプロンを付けた若い女性が、目に見えてオロオロとしている。

「リリアナ、後ろの女性が困っている」

「えっ⁉︎ ごめんなさい!」

「ははは、じゃあリリアナは僕の隣にどうぞ」

 グレゴリオがソファの座面を叩くと、リリアナはそこに腰掛けた。ホッと息を吐いた給仕の女性が、ローテーブルにお茶を用意して戻っていった。金彩が施された豪華なカップに、繊細な鳥の絵付けが美しい。

「ありがとうございます、美味しいです」

 ステラがお礼を言うと、リリアナはパッと花が咲いたように笑った。マリネラ様やグローリア様に似た玲瓏な顔立ちに反して、表情が豊かだ。

「えへへ、今日の夕飯は私の獲った鹿です! 楽しみにしていて下さいね!」

「鹿」

 とは。リベリオを伺うと無言で頷かれたが、違う、説明が欲しい。

「そうかあ、今日の夕飯は鹿かあ」

 それは楽しみだなあとリリアナを褒めつつグレゴリオは笑っているが、目の前の超絶美少女と鹿がステラの中で結びつかない。


「明日は、湖水の村へ顔を出そうと思います」

「……そうか。ああ、良かったら出がけにユリウスにも顔を見せてやってくれ」

「はい」

「兄様、私もご一緒します」

 明日の予定が決まったところで、支度が整いましたと家宰が呼びに来て夕飯になった。石造りの豪華な食堂に、リベリオ、ステラ、リリアナ、グレゴリオとその妻、最後にリベリオの祖父が姿を表して着席した。

 リリアナの獲った鹿に、特産のワインでソースを合わせたメインディッシュは大変に美味しく、和やかな晩餐になった。

 白く立派な眉と髭を持った厳めしい元北方軍総司令の御仁は、眼鏡を外して挨拶せよとステラに命じた。応じたステラの顔をジッと検分し、『良き面構えである』と評してくれたのだが、それはまた別の話である。


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