4-7:拝啓
『お父さん、お母様、兄さん、アウローラ、年が明けましたが皆様お元気ですか?
ステラは王城で何とか働いています。
色々あって、先日入籍しました。お相手は北方騎士長のリベリオ・ローレ様です。
春にローレで式を挙げることにしました、来て貰えると嬉しいです。
ステラより』
「これはひどい」
手紙の下書きを読んだナタリアが、こめかみを抑えながら断言した。
「えっ」
「……『何とか』のところと『色々あって』を、もう少し詳しく書いてはどうかの?」
パネトーネを頬張りつつも、建設的なアドバイスをくれたのはルカーノ室長だ。
年が明け、グローリア様の輿入れを見送り、ステラはようやくと実家に手紙を書く時間が取れた。年の瀬までにと思っていた手紙を、一月も終わろうとする頃になって書いている。
「まず、侍女になったことを書きなさいよ。あら、このパネトーネ美味しい!」
「そ、そう、そうでした……。あ、はい、カーラが沢山作ってくれました」
カーラが焼いてくれたパネトーネはボリュームがあり、遅い朝食やおやつにぴったりだ。新年のお祝いにオレンジピールとレーズンが景気良く入っている。
「遠方の家族に手紙を書くって、難しいんですね……」
王都に出てくるまで実家暮らしだったステラは、家族に手紙を書いたことがない。年明けに百貨店の文具売り場でちょっと良い便箋と封筒を買ったものの、何を書いたものか分からず宝飾室の先輩方を頼って今に至る。
『急な欠員が出たので第二王女殿下の侍女になりました。ルーチェ殿下はとてもお美しくて、スピネルのような髪と黄金の瞳をお持ちです。』
と、下書きに書き加える。
「あの、ルーチェ殿下のことを手紙に書いても大丈夫ですか?」
「殿下の個人的なご事情以外は大丈夫じゃよ。小さな姿絵を買って同封することも出来るしのう」
姿絵、そんなものもあるのか。王家の方々が勢揃いした姿絵は、王都の市民に特に人気なのだとルカーノ室長が教えてくれた。
「フェルリータの家族は王家の方々のことをほとんど知らないので、姿絵は喜ぶと思います」
後で買いに行って同封しよう。自分用も欲しいところだ。
「王族にも政治にも疎いって言ってたわねえ。ご家族はローレ家はご存じなの?」
「北方にある都市を治める公爵家、とは母が知っているかもしれません。ただ、北方騎士長のお役目や王都周りはほとんど知らないと思います。フェルリータの商業科で私が習ったのは、ローレという地名だけです」
実家が男爵家である母は知っているかもしれないが、父は間違いなく知らない。
「じゃあローレ騎士長の説明も要るわね。むしろ、何でそこを外してるのよ? 一番大事な所でしょうが、出会いくらいは書きなさいよ」
「出会い……」
同室になった侍女が窃盗で捕縛されたときに出会いました、とは間違っても書けない。ナタリアもそこは分かっているので、この場合は適切な感じに書け、という意味である。
「み、港観光をしているときに出会ってミオバニア視察にご一緒した、とかでどうでしょうか⁉︎」
「良いのではないか? のう、パーチ君」
うむ、とルカーノ室長が頷く。無理矢理気味に出したステラの案は、どうやら及第点だったようだ。
「そうですわね、室長。そうそう、婚約期間を持たずの入籍だって、貴方たち王都ですごい話題よ?」
「わ、話題……⁉︎」
貴族の婚姻は通常、家と家の話し合いによって年頃の男女が引き合わされ、学生時代など数年の婚約期間を経てから入籍する。それがいきなりの入籍だ、目立って親しかったという話も王城関係者から出ず、入籍に至るまでの謎の多さが話題を呼んだ。
「その結婚指輪、似たようなシグネチャーリングを百貨店では売り始めて、若い層に大人気らしいし」
「……」
見習いたい商魂の逞しさだ、自分のことでなければ。
「ステラの眼鏡の下は絶世の美女に違いないって、もっぱらの噂よ? 侍女と騎士長の玉の輿恋愛小説が春の新作戯曲として上演されるのも聞いたわね。言えば劇場チケットの招待券くらいくれるんじゃない?」
「い、要りません……」
事実との乖離が酷い。ステラはパネトーネをモソモソと口に入れて、コーヒーでグイグイと流し込んだ。
「あとは、式の日程をもう少し細かく書くと利便が良いのう」
「ええと、式の予定日と、到着を第何週末までにと書けば良いでしょうか…」
遠方からの関係者が揃ってから式を挙げるので、少し余裕を持って到着してもらいたいところだ。
「ドレスは王都で作って持っていくとか、持ってきてほしいものとか、そういう連絡はきちんと書いておきなさいね」
手紙の往復には時間が掛かる、そう何度もやり取りが出来るわけではない。
「はい」
近況を知らせる手紙ではあるが、連絡事項の類が完全に抜けていた。やや報告書気味になるかもしれないが、思い返せば仕入れをしている兄の遠方からの手紙もそんな感じだった。お金を払って手紙を出すのだから、日常の話より連絡事項が多くなることもある。
必要なことを、と下書きをしていたペン先がふと止まる。
「あの……勝手に結婚して、両親が怒ったり、妹が心配したりしませんでしょうか…」
もう入籍してしまった話ではあるが。ステラは今更ながらに、そんなことに気づいた。
「ステラの事情はざっくりとしか聞いていないけど、ご実家の提携相手との婚約が破棄になって、フェルリータに居辛くなったのよね?」
「は、はい」
「なら、フェルリータを出た時点で、商家の親御さんは縁談を用意出来ないわ。娘を王都に出して一人にする心苦しさもあっただろうから、驚きはするかもしれないけど結婚したこと自体には安心されるんじゃないかしら?」
ステラは尊敬の目でナタリアを見た。ステラのごく個人的な不安に、ものすごく論理的な答えが返ってきたからだ。
「妹さんがミネルヴィーノ君を心配するとしたら、結婚相手のことが分からないからじゃろう。出会いも含めて、ローレ騎士長の人となりを少し多めに書いておくといい。そうするとご家族が安心なさる」
ルカーノ室長はもはや神に見える。
書きたいことと書くべきことの整理が、先ほどよりも出来た気がする。カーラの作ってくれたパネトーネをもう一口、気合いを入れてステラは下書きに向かい直った。
『お父さん、お母様、兄さん、アウローラ、年が明けましたが皆様お元気ですか?
ステラは王都で何とか働いています。
王城に入ってすぐに、急な欠員が出たので第二王女殿下の侍女になりました。
ルーチェ殿下は可憐で、スピネルのような髪と黄金の瞳をお持ちです。
王都で売っている姿絵を同封します、王族の方々は皆様とても麗しくお優しい方々ばかりです。年明けに帝国に嫁がれたグローリア第一王女殿下も、ブラックダイヤのようにお美しい方でした。
驚くと思いますが、年末に入籍しました。お相手は北方騎士長のリベリオ・ローレ様です。
王都で港観光をしているときに出会って、仕事でミオバニアにご一緒しました。
北にある都市ローレの公爵家の方で、現当主様の甥にあたられるそうです。ローレのご出身ですが、王都に出向されて騎士長の仕事をされています。
真面目で、ちょっと口下手ですが優しいお方です。
春にローレで式を挙げることにしました。
ドレスは王都で仕立てて持っていくので、お母様が結婚式で使われていた首飾りを持ってきてくれると嬉しいです。式の日は四月の三週の週末です、一週前にはローレまで到着をお願いします。フェルリータからは半月くらいでしょうか、気をつけて来てくださいね。
ステラより』