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4-2:会議は踊る

「我々には話し合うべき議題があると判断したため、これより臨時会議を行います」


 食堂の四人掛けのテーブルで、神妙に司会を申し出たのはアマデオだ。先程二人分のコーヒーを駄目にしたカーラは、今度は四人分のコーヒーを持って戻ってきた。

「全員一礼、着席」

 アマデオの司会で、ステラ、リベリオ、アマデオ、カーラが礼をして着席する。なんだなんだとざわついていた周囲がその様子を見て、ざわめきを収めて食堂を去った。


「ではまずリベリオ、何があった?」

「何、とは」

 リベリオは首を傾げている。

「何があってステラ嬢に結婚を申し込むに至ったかを述べろ」

「結婚を申し込まれたので、承諾した」

 リベリオの答えは簡潔かつ無駄がない。無駄はないが、必要な注釈も経緯も存在しなかった。


「あ、あの、私が申し込みました…」

 珍しくも頭を抱えているアマデオを見かねて、ステラは自己申告することにした。怖々と手を挙げる。

「ステラ嬢……、ご婦人にこう言ったことをお聞きするのは心苦しいのですが、今回ばかりはリベリオに代わって詳細をご説明頂けますか」

「はっ、はい! 勿論です、もちろ……」

 勿論、と答えようとしてステラは固まった。詳細、とは。求婚は本気で、冗談でもないのだが、どう口頭で説明したものかが分からない。

 固まっていると、ステラを良く知るカーラが助け舟を出してくれた。

「上手く口で言えないなら、メモに書き出してみたら? そしたら、私たちが読むから」

 メモ帳はいつだって制服に入っている。白紙のページを千切って、ステラは起きたことや、思うところを一つ一つ箇条書きにした。


・とても遠くが見える

・争いに居合わせたのが怖かった

・狙撃を見たのも怖かった

・また唐突に連れて行かれないかが怖い

・怖いものを見せられるときも、せめて事前に教えてほしい

・昇格や男爵位や縁談の斡旋の褒賞が選べる

・地位が有用だとリベリオに言われた


「………」

 『怖い』ことばかりだ。書き出してみたもののあまりに稚拙で、ステラは情けなさで机に突っ伏したくなった。


 けれど、この情けない書き出しを、誰も笑わなかった。むしろ、リベリオとアマデオの表情は険しくなった。

「ステラ、とても遠くが見える、ってどんな感じ?」

 カーラの質問にステラは少しだけ思い出して答えた。

「……王城から、港を歩いている人の服の柄が見える、くらい」

「四キロ先!それはすごいわ。 次の、争いが怖いは分かるんだけど、狙撃を見るのが怖いっていうのはどんな意味? リベリオ様の狙撃、かっこいいじゃない?」

 これはどう説明したものだろうか、言語化が難しくて悩んでいると、アマデオが補足してくれた。

「カーラ嬢は、技術競技会でリベリオの弓を見られたのですね?」

「はい! かっこよかったです!」

「リベリオの弓は、石板を粉々に砕けるんですよ。あれがもし人の身体に当たったらどうなると思いますか? しかも、ステラ嬢の目にとっては我々のこの距離よりさらに近くくらいで」


 四人掛けのテーブルの、カーラの対面に座っているアマデオが腕を上げて、例えばこの肘あたりに当たったとしたら、と想像を促す。

「当たった先が砕け……うわ、目の前で唐突なグロなんですね⁉︎」

「そうです。特殊な魔道具を使って視覚を共有して撃つので超長距離狙撃が可能になりますが、ステラ嬢の視界は……まあ、スプラッタでしょうね」

 ステラは首がもげる勢いで頷いた。

「…ステラ、……それ、何人分見たの……?」

 怖いもの見たさだろうか怖々と尋ねたカーラに、ステラではなくリベリオが両手の指を広げて

「この、倍くらいだろうか」

 と、答えた。

「ヴエッ」

 カーラがカエルのような呻き声を上げた。

「良くわかった、無理、きつい」

 リベリオは腕や脚を狙って撃ってはいたが、威力ゆえに出血は大きい。ブランカ師長の到着までに死者がそれなりの数になったのはそのためだ。


「この、事前に教えてほしい、ですが」

「は、はい! できれば……あの、せめて、心構えをする時間が欲しくて」

「これは、かなり難しいです」

「……え?」

「指揮官が行動の目的や懸念を、必ずしも説明するわけではないのです。……今回の、視察も」

 今回の視察も、外聞的には視察中の偶然の火事遭遇であって、マリアーノ殿下に命じられた帳簿や横領周りの情報は伏せられている。

 カーラの手前、それを語尾で匂わせたアマデオに、ステラは俯いた。事前連絡をしてもらうことは、どうやら難しいらしい。

「そう、ですか……」

「ですので、ステラ嬢の判断はかなり的確と言えます」

「へ」

「リベリオと結婚すれば、ステラ嬢はローレ夫人になり、貴族の一員として登録されます」

 パーチ女史と同じですね、と言われてナタリアを思い浮かべる。ナタリアは宝飾室の副室長で、夫のエルネスト様は魔法師団の副長だ。貴族で、王都にタウンハウスを持っていて、そこから王城に通っている。

「そうなると、動員の際は要請側に説明責任が生じます。少なくとも、説明も無く急に駆り出されることはないはずです」

 それはまさしく、ステラが望んでいたことである。


「うわぁぁぁ……」

「良かったじゃない!」

「う、うん! うん!」

 隣に座るカーラが全力で喜んでくれた。

「ステラ嬢の懸念のほぼ全てが片付くぞ、やるじゃないかリベリオ」

「………ああ」

 そうだな、とリベリオは頷いた。

 だが、アマデオはそれで会話を終わらせなかった。リベリオの顔をマジマジと見た後、ぐにいと頬を片手でわし掴んだ。

「待て、その顔は何か思いついているだろう。出せ、口から出せ」

 その顔、とはどんな顔だろう。


 アマデオが離した両頬をさすりながら、リベリオがゆっくりと口を開いた。

「……俺は、ステラ嬢が国外に連れ去られるかもしれないと」

「は?」

「ええ? そんな、まさかぁ」

 連れ去られる、とは。突拍子もない話に固まったステラと、笑ったカーラと違い、アマデオはリベリオの意見を否定も笑いもしなかった。

「え? え、あの、ご冗談、ですよ、ね…?」

「可能性の、話だ」

 リベリオは冗談だとは言ってくれなかった。そも、こんな悪質な冗談を言うような人ではない。

「……その可能性は思いつかなかったが、全く無い話じゃないな。確かに、考えておくに越したことはない」


 そこからは国際情勢の話になった。西の帝国とは小競り合いを繰り返していること、今回のグローリア様の輿入れによって当面の友好が結ばれたが、帝国はカルダノ王国以外にも敵対国があり、偵察や諜報の需要が高いこと。

 ステラの目の話を、どこからか聞きつけている可能性が無くもないこと。

「ちなみにリベリオ、お前ならどんな方法で帝国に連れて行く?」

「……一番簡単で穏便な方法は、ステラ嬢をグローリア王女殿下の侍女にして、帝国に着いて来させる、だろうか」

「……」

「……」

 絶句、とはこのことだ。

「き、気持ちが悪くなってきました……」

「ちょ、ステラ⁉︎ 顔色悪っ、大丈夫……⁉︎」

 脂汗を垂らしながら、食堂の四人掛けのテーブルが震えるほどガタガタと震えていると、対面に座るリベリオがゆっくりと首を振った。

「結婚すれば、そこまで強引なことはない、と思う」

 だから、結婚を受諾したのだと。王城に勤める者の婚姻は王都の役所のほか、王城にも届け出が必要になる。さらに貴族の婚姻は、国王へと報告し、形式上ではあるが許可をもらうために公式の場での挨拶と披露が必要となる。

 ここまですれば、帝国とはいえ貴族の既婚者を侍女として連れ出すような真似はしづらい。


「ただ、グローリア殿下の輿入れは年明けだ。可能なら年内に済ませてしまいたいが」

「……年の瀬に、大晩餐会があるな」

 しかもその晩餐会には、件の帝国の皇太子も出席するというお誂え向きだ。

「年越しまで、もう半月もないですよ⁉︎ ドレスとかどうするんです⁉︎」

 叫んだのはカーラだ。年の瀬の大晩餐会は夏の祭典と並ぶ、カルダノ王国の公式行事である。半年以上王都を留守にしていたステラは、冬服すら持っていない。

 そもそも、王族が出席する晩餐会に相応しいドレスなど、一介の侍女が持っているはずもないのだ。


「……」

 リベリオがまた何かを考えている。

「……ステラ嬢、友人を貰ってくれる礼に一つ夫婦円満のコツを教えましょう。リベリオはマリアーノ殿下程とは言いませんが、それなりに先を見る目と考える頭を持っています」

「は、はい」

「ですが、口からの出力が致命的に不足しています。ですので、こう言ってください『思いついてるなら早く言え』」

「……」

 難易度が高い。


「え、ええと、リベリオ様、思いつかれてますか?」

 リベリオが子供のように頷く。

「で、では、発言をお願いします」

「制服で、大晩餐会に出席する」


「は⁉︎」

 リベリオを除く、全員の叫びが重なった。


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