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3-10:帰還

 変わらずそびえ立つ白い城壁が、空恐ろしいものに見えた。


 ステラを含めた北方騎士団が王都に帰還したのは、吐く息も白い年の瀬の頃だった。初夏の緑に覆われていた街道は茶色に染まり、木枯らしの混じった風が頬に冷たい。

 ミオバニア山脈付近でこそ雪が降るが、カルダノ王国自体は比較的温暖だ。息が白くなる程度には冷え込むものの海は凍らず、効率王が王都を西の海辺に遷都したのは一年を通して使える交易港が欲しかったからとも言える。

「ああ〜、やっと帰り着いたわあ〜!」

 比較的温暖と言えども、雪の降り始めたミオバニアに長期滞在をしたいわけではない。王城の東通用門に辿り着いたブランカ師長の叫びは、この場の全員に共通した想いだっただろう。

「ステラちゃんもお疲れ様、初めての視察なのにしんどかったでしょう?」

「いえ、そんな……」

 そんなことは、とは口の上だけでも返せず、ステラは曖昧に頷いた。無理が見て取れたのだろう、ブランカ師長が疲労と寒さで強ばった背中を撫でてくれた。

「皆、疲れただろう。俺は報告に向かう、ここの指揮はアマデオに。明日以降は追って通達するが、今日の所は詰所に荷物を運んで解散とする。ゆっくりと休んで欲しい」

 リベリオの言葉に歓声が上がる。

 ようやくと自分の部屋に戻れる。視察よりも遥かに短く二ヶ月あまりしか過ごしていないはずの居住棟の自室が、無性に恋しかった。


 馬車の荷台から自分の荷物を降ろしていたところで、リベリオから声を掛けられた。

「ステラ嬢、疲れているところ、すまない。マリアーノ殿下への報告に着いて来てもらえるだろうか。スピナ、ステラ嬢の荷物を居住棟に」

 スピナが頷いてステラの荷物を受け取り、荷物を理由に断る選択肢は無くなった。

「じゃあ私は一旦王立病院へ戻るわね。ステラちゃんリベリオくん、また今度〜」

 ブランカ師長は荷物持ちを断り、自分の荷物を逞しく担いで去っていった。王立病院は王都の北西街にある。


 報告に出向くならば身支度をと思ったが、ステラもリベリオも似たようなもので、ミオバニア山脈の麓の町で取り急ぎ揃えただけの冬装備だ。リベリオに着替える素振りはなく、ならばステラもこのままで構わないだろう。

 取り繕いや王族の前に立つための身支度がおざなりになる程度には、ステラも疲れていた。このまま前庭に突っ伏して寝てしまいたい。あいにくと、冬の最中にそんなことをすれば良くて肺炎、悪ければ凍死であったが。

「行こう、早めに済ませてしまった方がいい」

 そこだけは同意できた。



「マリアーノ第一王子殿下、北方騎士団帰還いたしました」

「やあリベリオ君、おかえり」

 ステラ達を出迎えたのは、半年前と変わらず散らかっている魔法師団の詰所と、やはり何も変わっていない美貌の第一王子殿下と、副官のエルネストだった。

「保護した者たちから、おおよそのことは聞きました。……大変な目に遭われましたな」

 エルネストの穏やかな口調も半年前と変わらず、ステラを気遣いながらコーヒーを淹れてくれた。エルネストの淹れてくれたコーヒーを飲んだのは技術競技会の後で、もう半年前のことなのだなあとぼんやりと思う。


 北方騎士団の帰還よりも先に、焼け出された集落の人間は聞き取りののちに全員が王都へと送られた。麓の町やローレへの移住を希望した者も居たが、今回の襲撃の目的が定かでないこともあり最終的には全員が王都への移住となった。

「鉱山に入ったのを見計らって吊り橋が燃やされて、集落が燃やされて襲撃されて、鉱山の中の帳簿は盗まれていて、集落は全焼、連れ去られたと思わしき行方不明者が一名」

「はい」

 作ってあった報告書の内容を、マリアーノ殿下が一つ一つ照合する。

「捕縛された者達によると、自分達は騙されたのだと言っておりました」

 山賊か何かだと思っていた集団には、元より集落に住んでいた者達が混ざっていた。自らの住処に火を掛けた彼らは、鉱山で採れた魔石を少しばかり掠め取って無許可で売り捌いて小銭を稼いでいたらしい。


 だが、集落が燃えたあの日、北方騎士団の視察に合わせ、掠め取ったことがバレないように集落に火を放とうと提案した外部者が居るという。

「そそのかした人間の見た目は?」

「声は男、見た目はローブを被っていたため不明とのことです。ただ、我々が麓の町に到着すると同時に、横領がバレるぞと忠告しに来てくれたと」

 もとより後ろ暗い身だ、騎士団が視察に訪れるまでの時間が短いことも、判断力の低下に拍車を掛けた。身元も分からない扇動者の言葉に彼らは従い、自分たちが住む集落に火をつけた。

「ただ、横領をしていたのは集落の十家屋のうち三名です。残りの襲撃者がどこから来て加担したのかは、未だ不明です」

「集落の三名が掠め取った魔石の額と、盗まれた帳簿の差額が一致しない可能性もあるよねえ」

 マリアーノ殿下の言葉に、リベリオが頷く。

 集落の三名は帳簿の存在は知っていたが、数字の計算や筆記はできず、書き直したことは無いという。だからこそ、そんな小銭で北方騎士団が捕縛に来るなどとは思っていなかったのだと供述した。


「捕縛したのは集落側の首謀者三名のうち二名、私が狙撃した外部からの襲撃者十七名のうち五名、合わせて七名。残り十三名は死亡を確認しました」

 集落側の三名は家屋を燃やすことには加担したが、集落の他の人間への襲撃は知らされていなかった。元より深く考えたわけではなく、散り散りに、小銭を掠めたことが有耶無耶になればそれだけで良かったのだと泣きながら訴えた。

 火をつけたのは自分達だが、知らない人間達による襲撃が始まって驚いた三名は大慌てで逃げ出し、橋の前で斬られて亡くなったのはそのうちの一人だった。

「集落の住民のうち身元が確認できて王都に移住が十八、行方不明者が一名。合ってる?」

「はい」

 十家屋の集落には二十五名が住んでいたという。うち三名が横領ののち一名が死亡、残り二十二名のうち、生存が十八名、三名が死亡、一名が行方不明という結果になった。


「襲撃した輩が、リベリオ君が狙撃した数だけじゃなかったのは確かだね。きな臭いと思ってたけど集落ごと燃やすとはねえ。この後の尋問は、魔法師団が引き継ぐよ」

「はい」

「そのローブの男も含め全員が雇われただけで、行方不明者と帳簿の行き先は出なさそうだけど」

 と、マリアーノ殿下は言う。行方不明の一名は遺体も見つからず、攫われたと見なされている。恐らくは、火事の混乱に乗じて連れ出されたのだろう。

 盗まれたとはっきり判明しているのは鉱山の帳簿だけで、家屋が全焼してしまったことで集落側で盗まれたものや欠けたものは、もう分からない。

「……力及ばず、申し訳ありません」

「いやいや、七名も捕縛したし、集落側の死者は三名で済んだし、流石リベリオ君だよ。対岸からの見事な狙撃だったと聞いてるよ。ミネルヴィーノさんと星の目は役に立ったでしょ?」

「……ええ、彼女の目と星の目を使って狙撃しました」

 ここで、周囲の目がステラに集まった。


「ロ………」

 ローレ騎士長のお役に立てて光栄です、王子殿下のご慧眼の賜物です。準備しておいた言葉は、出なかった。

 代わりに、分厚い眼鏡の下から涙がボトボトと落ちた。

「も、申し訳、ご……」

 王族の方の前で泣くなど非礼も甚だしい。この場を一旦出ようと踵を返したステラを、リベリオが腕を差し出して止めた。

「……マリアーノ殿下、ご慧眼の通りステラ嬢の目と星の目は大変に有益なものでした。彼女がいなければ、襲撃者の捕縛も叶わず、集落の全員が亡くなっていた可能性もあります」

 ですが、とリベリオは続ける。

「彼女はあくまで、宝飾室の管理官であり侍女です。戦場に観測手として同行するための訓練は受けておりません。彼女の目でしか見えなかったものであっても、狙撃というものは非戦闘員が見て心身に不調を来さないとは限りません。……どうか、ご配慮、頂きたく」

 こんなに長く話すリベリオを、ステラは初めて見た。紫紺の前髪の下の鳶色の目は、かつてなく難しい。下を慮れよ、とは軽々に上申して良いものでは無いからだ。


 難しい顔をして頭を下げたリベリオと、頬と首元をべしゃりと濡らしたステラを、マリアーノ殿下がきょろきょろと見比べる。

「えっ? 嫌だったの? そんな凄い目を持ってて、すごく役に立ったのに?」

「お役に、立て、て……」

 役に立ちたかった。フェルリータを出る前から、何かの、誰かの役に立ちたかった。

 王都に来てからも、役に立ちたいとずっと思っていた。宝飾室で。あるいは、トラブルに巻き込まれたせいであったとしても、ルーチェ殿下の侍女として殿下のお役に立ちたいと思っていた。

 遠くが見えると言われた時は嬉しかった。周囲の反応が概ね良好であったからだ。

 だが、ステラが見せられたものは、人が襲われ、襲われた人間が狙撃される光景だった。『あんなものを見たくはなかった』という言葉を、なけなしの矜持で耐えた。王子殿下を罵る言葉をステラは持っていない。


 なぜなら、ステラのこの目はこの上なく役に立ったからだ。


「……エルネスト、もしかしてこれ、僕またやっちゃった?」

 マリアーノ殿下の横に立つエルネストが、深く重い息を吐いた。

「殿下、……殿下が思うより人間は非効率な生き物です。たとえ能力的に向いている役目であっても、必ずしも楽しく好ましいとは限らないのです」

「………そうなの?」

 エルネストが何度も頷く。エルネストの渋い顔と、リベリオの難しい顔、それから涙でぐちゃぐちゃのステラの顔をまた何度も往復して、そうなのかぁとマリアーノ殿下が天井を仰いだ。

 うわーうわー、と殿下は一人ごちていたが、ソファの上で姿勢を正した。


「ええと、ミネルヴィーノさん、ごめんね? お詫びに褒賞出すから、何がいい? 金のサッシュ? 金貨? 個人用の男爵位とかでもいいし、気になる人とかいたら縁談の推薦状とかも書けるよ?」

 いりません、という言葉も上手く出せずに俯いていると、リベリオがハンカチを差し出してくれた。

「何か、考えてみた方がいい。今回の貴女の働きは、評価されてしかるべきものだ」

「ええ、急ぐことではありません。ゆっくりと考えてみてください」

 リベリオが提案し、エルネストが頷く。


 欲しいものも今後のことも、混乱した頭では何も思いつかない。借りたハンカチで顔を拭かせてもらい

「……考えて、みます」

 と、ステラはそれだけを返した。


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