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3-9:焼け跡

「見逃しは無いか」

「……はい」

 燃えている家屋は十、襲撃者は二十余り。

 命じられるまま、もう一度集落を見渡す。リベリオが撃った人間は、全員が地面に這いつくばり、出血を押さえながらのたうち回っている。武器を持って立っている者が居ないことを確認して、ステラは頷いた。


「降りるぞ」

 周囲にあった黄色の魔石を、リベリオが回収する。どうやってですか、と問う前に膝裏を掬われ、腕に抱きかかえられた。

「は」

 高さ三十メートル程の射撃台から、リベリオはこともなげに飛び降りた。

「!?」

 悲鳴をあげたり、抵抗する暇もない。

 落下して地面に叩きつけられる、と目を瞑っても予想した衝撃はやってこない。恐る恐る目を開けると、どういうわけか落下する速度がやたらとゆっくりだった。地面が競り上がったときとほぼ同じ速度で、ゆっくりと降下している。

「ローレ騎士長! ステラ殿!」

 地上の見張りをしていたスピナが駆け寄ってくる。涙やら胃液やらで酷いことになっていたのだろう、ステラの顔を見ると水筒と手拭いを使って顔を拭ってくれた。


 ステラは地面に降ろされず、リベリオの馬の鞍に乗せられた。

「アマデオ達を追うぞ」

「は!」

 来た時と違い、ステラはリベリオの前に乗せられ、並足ではなく全速力で馬は狭い山道を駆けた。

 町長が言った時間は、徒歩での時間だったのだろう。十分も経たずに、上流の吊り橋に辿り着き、アマデオが残していた見張りを確認してから手綱を引いて吊り橋を渡った。

「アマデオ達がここを渡ったのは何分前だ」

「十分前であります、騎士長!」

 見張りを命じられていた若い騎士が答える。何事もなければ、アマデオやビアンカ師長は、集落に辿り着く頃だ。

「急ぐぞ」

 スピナと三人で顔を見合わせ、再度馬に乗って駆けた。来た道の対岸を下り、焼け落ちた吊り橋のところへ。吊り橋のところには、最初に斬られた人の遺体がそのまま倒れていた。

「……アマデオが連れて行った中には、水魔法が使える者もいる。順当に行けば、消火されている、はずだ」

「……はい」

 残された遺体を弔うのは後だ。

 木立の小道に入って、さらに駆ける。見通しの悪く、小枝が当たる雑木林の中も、訓練された馬は駆けた。ステラに出来たのは、命令に従って馬のたてがみにしがみついて身を低くしていることだけだ。

 集落に近づくにつれ、周囲の煙が増す。落とさないように注意しながら、星の目をカバンの中に戻し、眼鏡を掛けた。


 ほどなく辿り着いた集落は、惨状と呼ぶに相応しいものだった。騎士団の人間にしてみれば、慣れた光景であったのかもしれない。けれど、王都から遠く騎士団も持たず、戦から遠い都市で生まれ育ったステラの目には、それは地獄に見えた。

 黒く焦げた家屋、地面には赤黒い血だまりが点在し、焼け焦げる臭いと血の臭いに満ちている。

「……ぅ」

 スピナに貰った手拭いを口元に当ててなお、鼻の根を突くような酷い臭いだった。

 集落の入口に着いたリベリオの姿を見て、若い騎士が転がり出てくる。

「ローレ騎士長!」

「アマデオとブランカ師長は」

「副長は残党と生存者の確認を、ブランカ師長は負傷者の救命をされております!」

「案内を」

「はい!」


 集落の中央広場と思わしき場所に、先行していたアマデオはいた。

「アマデオ」

「来たか。消火は終わった、集落の生存者は十名、襲撃者の生き残りは……」

 アマデオが視線だけで促した先に、ブランカ師長の姿があった。

 捕縛された襲撃者と思わしき男が転がされている。リベリオが撃った腕の先は無く、縄で止血されたその先にブランカ師長が手をかざす。白い掌から美しい真珠色の光が輝いて、腕の断面からぐにゃぐにゃと肉色が盛り上がる。肉が蠢き、骨を覆い、みるみるうちに断面が塞がった。

「すごい……」

『あれはマジですごいんで』と言っていたペトロの気さくな声が浮かぶ。

「……ペトロさん、そうだ、ペトロさんは」

 本来であれば、ブランカ師長と救命をしているだろうペトロが見当たらない。助けを呼びに来た人と、誰よりも早く集落に向かったのだと聞いた。

 大丈夫だ、狙撃をしているときにペトロの姿は見えなかった、だから大丈夫のはずだ。けれど、リベリオとステラが狙撃する前に襲われていたとしたら。


 居ても立ってもいられず、ステラは駆け出した。ステラの後をスピナが着いてくる。どこかあてがあったわけではない、ただ、上から見た時に襲撃者が居なかった方向へ。半ば木立に埋もれた集落の端の方で、ステラは叫んだ。

「ペトロさん! ステラです、ペトロさん!」

 ガサ、と木立が鳴った。スピナが剣を構え、ステラの前に出る。

 木立から芋虫のように這い出てきたのはペトロだった。

「ペトロさん!」

「ペトロ殿!」

「…ステラさん……」

 地面を這うペトロはひどい有様だった。髪と服は煤焦げ、頬や額は傷だらけだ。けれど、大きな麻袋を抱え丸く疼くまった背中には、切られた類の致命的な出血は見当たらない。安堵と共に力が抜けて、ステラはへなへなとその場に座り込んだ。


「ブランカ師長を呼んで参ります」

 スピナが広場に一旦戻り、ブランカ師長とリベリオ、アマデオまでがすぐさま走って来た。

「ペトロくん!」

 ブランカ師長が駆け寄り、血が滲んでいるペトロの額に手をかざす。

「……何があったか、言えるか」

 リベリオの問いに、ペトロは頷いた。

「……騎士長達が坑道に入られて、しばらくしたら火事が起きて怪我人が居ると人が呼びに来ました。もう一人に騎士長を呼びに行くように伝えて、俺が来たらもうここは火の海で、火事に混ざって山賊の略奪が始まってました」

「正面の吊り橋が、燃え落ちていた」

「え……」

 全員が顔を顰めた。対岸の木立に延焼はなく、ペトロの話と合わせても誰かが意図的に吊り橋を燃やして落としている。それも、人が居なくなったのを見計らって。

「それで、来るのが遅くなった。……すまない」

 リベリオが頭を下げた。

「え、なんで騎士長が頭を下げるんすか。俺、俺なにも、出来なく……て」

 いつも明るく弓を描いていたペトロの目から、涙が溢れた。

「す、すみません師長、騎士長。お、俺、ここに隠れることしか、出来なくて」

 麻袋を抱いたまま、ペトロがしゃくりあげる。ボトボトと落ちる涙を、ブランカ師長が拭う。

「あなたの行動は適切です、ペトロ研修医。我々は戦う訓練を受けていません、剣を持って戦えば死ぬ可能性があるからです。周囲よりも先に倒れることは許されません、それが我々の職務です」

「師長……」

 泣き続けるペトロの頭を撫でる師長は、部下を褒める上司であり、孫を慰める祖母のようでもあった。


「その麻袋は?」

 ペトロがずっと抱えていた麻袋を尋ねたのはアマデオだ。ステラも気になっていた、芋虫のように這うペトロがずっと大事に抱えていた麻袋だ。

「……これ、これは」

 姿勢を正し、地面に座ったペトロが麻袋の口を開ける。

 煤焦げた麻袋から、煙と血の赤が充満したこの場に見合わない青が覗いた。

 地の底から滲むような、とステラは思った。金を纏って、日の光に透ける美しい青色。魔法師団で副官をしているエルネスト・パーチのものと良く似た、けれどさらに深く濃い、地の底から滲むようなロイヤルブルーサファイアの髪。


「子供……?」




 その後、麓から人を呼び負傷者を降ろし、騎士団は捕縛者を連行して山を降りた。明らかに意図的な放火と襲撃であったことから王都からは調査隊が派遣され、現場検証や聞き取りが行われた。

 連れて行かれた者が居ることが調査から判明し、残党を含めた行方不明者の捜索にステラも駆り出された。麓の町から山頂までの広い範囲に渡って捜索は行われたが、山頂は帝国との国境だ。近くに潜伏しているとしても、国境を越えての捜索は行えない。

 行方不明者も残党もどちらも見つからず、横領の証拠も襲撃の意図も掴めないまま秋を越え、第一王子殿下の思いつきのような態で派遣された視察は当初の二ヶ月という予定を越えて冬を迎えた。

 ミオバニア山脈の山頂が雪で白く染まり始めた頃、調査を一旦打ち切る命が王都から出され、北方騎士団は王都に帰還することになった。

 

 ステラが王都を出てから、気づけば半年近くが経っていた。


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