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3-7:渓谷の鉱山

 王都を出た北方騎士団一行は予定より一日早く、ローレの西の拠点に到着した。王都から北へ伸びる街道の突き当たりで、東に向かえばローレの都市が、西に向かえばミオバニア鉱山のある分岐点だ。

 三つ建てられている漆喰の平家は、王都の建造物に似ている。到着したのが昼前ということもあり、荷物番を置いて、すぐさまミオバニア鉱山の麓にある町へ向かうことになった。


 鉱山の荷下ろしに使われている町は、かなりの賑わいがあった。鉱山で働く労働者を登録する役場を中心に、労働者の居住区が建ち並び、その周囲に酒場や食堂が並ぶ。

 制服を着ている人は役場の人達だろうか、人も荷も出入りが多く、検品に使われる広場には人がひしめき合っている。

「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。付きましてはささやかですが北方騎士団長様並びに騎士の皆様をおもてなしさせて頂ければと」

 出迎えてくれた町長は、ローレ家のご子息の来訪に歓待の宴を開こうとした。リベリオ本人が関わっているわけではないが、この町の役場はローレ家の管轄である。


 こういった場では副官のアマデオが前に出て応対する。優美ながらも人当たりが良く親しみのある笑顔は、老若男女を問わず有効だ。

「ローレ騎士長共々、ありがたく寄らせてもらおう。町長、夜の宴の前に、明るいうちに鉱山を視察したいのだが」

「鉱山ですか?」

「ああ、町は大変な賑わいだが、我らがローレ北方騎士長は鉱山で働く労働者達も労いたいと仰せだ」

「なんと……!」

 国営鉱山であるので、ある程度の労働環境は保持してあるが、鉱山の仕事は基本的に重労働だ。全身を泥と土で汚し、汗まみれになって働く労働者を労いたいという貴族階級は少ない。ましてやリベリオはローレ家の子息である。

 アマデオの斜め後ろにいるリベリオが、静かに頷いた。

「北方騎士長様は、清貧で民を尊ぶ騎士の鏡とお聞きしております。お噂に違わぬお方でいらっしゃった…。ご案内致します、一刻ほど山道を進みますがよろしいでしょうか」

「構わない、案内を頼む」

 リベリオ直々の返事に、町長は半ば感極まった様子で頷いた。


 案内された山道は舗装こそされていないものの、きちんと踏み固め草も抜いてあり、二、三人が並んで歩ける広さはあった。馬車は通れないが、ロバや牛を使って小さめの荷台を運ぶことはあるらしい。

 山道と聞いて置いてきぼりの覚悟をしていたステラだったが、スピナの馬の後ろに乗るように言われ、ホッと胸を撫で下ろした。これで置いてきぼりは回避できる。

 同じようにリベリオの後ろにと鞍を用意されていたブランカ師長が、頬に手を当てて何やら考え込んだ。

「う〜ん、ステラちゃん、リベリオくんの後ろを替わってくれるかしら〜?」

「? 私は、構いませんが……」

 何故だろう。この隊で最も地位が高く、安全が優先される二人の組み合わせであるのに。

「若い殿方と二人乗りは、夫に怒られちゃうから〜」

「いやいや、ローレ騎士長はお孫さんと同じ歳じゃ……イテッ!」

 軽口を叩いたペトロが、ぎゅうぎゅうと頬を捻られていた。一連のやり取りを見ていたリベリオとスピナが頷いて、リベリオの方へと促される。


「……引っ張り上げて構わないか?」

「は、はい!」

 練習通り、手を取って引っ張り上げられて後ろの鞍に収まったが、何故か生温い視線がこちらに集まっている。

「……リベリオ、ご婦人を馬に乗せるときは一度自分も降りるものだ」

 代表してアマリオが苦言を呈したが、リベリオには全く響いていないようだった。ステラよりも、二人を乗せた馬の様子の方を気にしている。

「あ、あの、私は貴族ではありませんので……」

「ステラ嬢はリベリオを甘やかさないで頂きたい」

「は、はい……!」

 そもそも、ステラにとっては男性との二人乗り自体が人生で初めてである。手を握って引っ張り上げられただけで、ヒエエヒエエと動悸がするような話であるので、細かな作法云々の話ではなかった。


「あの〜、そちらのお嬢さん方は?」

「物資管理の助手と看護師です、町長」

 騎士服を着ていないステラとブランカ師長が気になったのだろう。町長の質問には、アマデオが答えた。

「はぁ〜、お若いのに優秀なお嬢さん達ですなあ」

 ブランカ師長の孫の話は聞こえなかったらしい。

 安全のため駆け足ではなく並足で、縦列になって進む。先頭を行く町長の馬は軍馬ではなく農耕馬だ、自ずとその速度に合わせて進むことになった。

 町長がリベリオと直接話すことはなく、会話は基本的にアマデオが担当した。

「荷車を使うこともありますんで、急傾斜で道を作ることはありません。ただ、毎日の登り降りが面倒だって奴らもおりますな」

「……そういった方々は、どちらにお住まいで?」

「鉱山のある渓谷に、家族を連れて集落を作っているようです。酒場も店もないほったて小屋の集まりですが、寝に帰るには十分だと言ってましたねえ」

「働き者の方々だ。後ほど、酒樽を届けさせよう」

「ありがとうございます、リモーネ様。奴らも喜びます」


 町長に町の様子を聞きがてら一刻ほど進んだ。開けた渓谷の山肌に、鉱山の入口はあった。渓谷には大きな吊り橋が掛けられ、対岸に件の集落が見える。山の新緑が輝き、遥か下には青く澄んだ川が流れている、美しい景色だった。

 馬から降りるときは流石にリベリオが先に降り、手を貸してくれた。

 ステラ達のいる側には鉱山の入口が掘られている。馬の並足で一刻ならば、確かに対岸に住居を構えた方が楽だと考える人も出るだろう。

「では、中をご案内します。一番奥は崩落が起きやすいので、中の広場までですが」

「よろしく頼む」

 アマデオの指示でペトロともう一人を外へ残し、鉱山の中に入った。渡されたランタンはステラの知る松明ではなく、煙の出ない魔石式だ。松明より値は張るが、酸欠や火事の防止になるのだとブランカ師長が説明してくれた。


 坑道は荷車がすれ違うのに十分な幅が取ってあり、左右の岩壁は硬い。鉱石の採掘は手が掛かるが、副産物として発見される魔石は魔法や人力で砕けることが無いため、比較的遠慮なく採掘して良いのだと言う。

 ちなみに、魔石が生成される仕組みは未だによく分かっていないのだとルカーノ室長が言っていた。特定の鉱物に魔力が浸透して魔石になるのか、それとも魔石になる魔力の流れのようなものがあるのか。鉱山で採れることもあれば、水源の底の石が魔石になっていたりと、法則性はまだまだ見出せないらしい。

 だが、もし新たに魔石の生成を発見した場合、その領地には莫大な富が入る。よって、魔石の産出地を巡る事件、事故は絶えない。大小入り混じった事件のあまりの多さに、発見した場合の報告には褒賞が付けられ、国の管理下に入った後に産出量に応じた金額が分配されるように規定された。

 ミオバニア山脈に点在する鉱山は、北側をローレ家が、南側を王都が管理している。ミオバニアにある鉱山数や領地を鑑みると、ローレ家に分配されるのはとてつもない金額になるだろう。

 それは、リベリオが話してくれたリベリオ個人の話と、あまりにも齟齬が大きい。彼の人の苦労が思われる。

 

 坑道を五分ほど歩くと、広けた空間に出た。岩壁をくり抜いた洞穴の広場だ。天井は高く、側面には魔石の灯りが設置してあり、机や椅子もある。

「着きました。おおい、今日の作業責任者は居るかー!」

 町長の呼び声に答えて、野太い声の返事と共に、頭に手ぬぐいを巻いた男が奥から姿を見せた。

「北方騎士団の方々が視察にいらっしゃった。案内しろ」

「はあ」

 と、男は気のない返事をした。数日前に前触れを出しての視察ではない、やる気がないというより、突然のお偉いさんの訪問にどうしていいか分からないと言った返事だった。

「突然訪れたのはこちらだ、そう畏まらないで欲しい。普段の採掘の様子と、帳面の保管場所を見せてもらって。あとは困りごとがあれば言ってくれ」

 アマデオの柔らかな物腰はここでも有効だった。それなら、と男が頷いて、若い人間をさらに呼んだ。

「ええと、石を掘ってるとこは、こいつに案内させます。帳簿は、ローレから通いで来てるお役人さん達が、そこに保管してます」

 そこ、と男が指したのは広場の中にある小さな小屋だった。


 アマデオと町長が採掘の現場に向かい、帳簿の読めるステラとリベリオが男の案内で小屋に入る。

 小屋の扉は鍵が掛かっておらず、中は無人だった。小さな小屋だ、木製の本棚と机が一つずつあるだけで、天井も低い。三人で入れば、圧迫感を感じる。

「……あ? いつも誰か居るんすよ、出る時は必ずカギと声を掛けてくのに」

 変だなあ、と男は首を傾げている。

「……役人さん達は」

「は、はい」

「役人さん達とやらは、何人いる?」

 リベリオの質問に男は少し考え、指を折りながら答えた。

「よく来て、声を掛けてくれるのは五人くらいで。日替わりなんで、初めて見る顔や覚えてない顔もときどき来ます」


 リベリオはじっと本棚を見ている。本棚で一番使う真ん中の段に、不自然な隙間があることにステラも気づいた。帳面を綴じた冊子と冊子の間は、およそ十センチ。埃も溜まっておらず、いかにも数冊を抜いたばかりといった隙間だ。

 しかし、机の上にはそれらしき帳簿の冊子はない。

「……リベリオ様」

「……ああ」

 この視察の本来の目的を思い出し、声が震えた。

 顔を見合わせて頷いた直後、小屋の外で叫び声が聞こえた。


「火事だ!! 対岸が燃えてる!!」


 聞こえた叫びに、リベリオが小屋から飛び出す。

「騎士長! ローレ騎士長‼︎」

 比喩ではなく広場に転がり込んできた若い騎士は、入口にペトロと残してきた騎士だった。その騎士が、ぜいぜいと息を切らしながら叫んだ。

「対岸の集落で火の手が上がりました! 助けを呼びに来た男とペトロ殿が吊り橋を渡り、怪我人の救助に向かいました‼︎」

 広場に居た全員が息を飲み、町長達に事態を知らせるべく作業責任者の指示で数名が坑道の奥へと走った。

「すまない、坑道の奥にいるアマデオの所までもう一度走ってもらえるか」

「はい! ローレ騎士長は」

「入口に戻る。ステラ嬢はアマデオが来るまでここで待機を」

 ステラに待機を命じ、リベリオは来た道を引き返して走って行った。伝令に来た若い騎士もまた奥へと走り、広場にはステラだけが残された。


 ぽつりと残った広場は広く静かで、バクバクと鼓動だけがうるさい。どうしたら、どうすればと手をこまねいていると、肩から掛けている帆布のカバンに手が当たった。今回の視察にあたり、ステラは何を渡されたのか。

 役に立てるかは分からずとも、これはここにあっては価値がない。リベリオの背を追って、入口に戻るべくステラは全力で駆け出した。


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