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3-4:出立に向けて

「では、これよりミオバニア山脈視察に向けた会議を行う」

 私は何故ここにいるのでしょうか、とステラは遠い目になった。何故と問えば、ステラの目が遠くが見えることが判明したからだ、と自分の中で自分のせいだと完結してしまい、ちょっと虚しくなった。


 ここは北方騎士団の詰所で、目の前の机には地図が広げてあり、今は半月後の出立に向けて会議の始まりである。

「今回、観測手としてステラ・ミネルヴィーノ女史が同行する」

 リベリオの説明に周囲にいる騎士たちがざわめいて、一斉にステラを見た。こんなに大多数の視線に晒されたことはない。陰口は数え切れないほど叩かれてきたが、それとも違う視線だった。

 そも、この部屋に入った時から概ねの視線は「何で使用人がこの部屋に?」だ。


「自己紹介……は、難しそうだ。こちらはミネルヴィーノ女史、宝飾室の管理官で第二王女殿下の侍女でもある。今回、マリアーノ殿下からの勅命で彼女を視察に連れて行くことになった」

 ざわめきが更に大きくなった。三十人ほどの騎士たちが顔を見合わせている。

「正確に言えば、ステラ嬢の目がとてつもなく遠くが見えることが判明したので、視察が決まった、ですね。心配せずとも、我々はミネルヴィーノ女史の視力検査をしに行くわけではありませんよ」

 笑って補足したのはアマデオだ。今回の視察が元々予定されていたものなのかは定かでないが、ステラの目が切っ掛けになったのは間違いない。


「視察先はミオバニア山脈の北西の鉱山」

 ここだ、とリベリオが地図の上で指したのは、王都のすぐ西から北に向けて伸びる山脈の、右に緩くカーブする地点。帝国との北西の国境地点であり、北方の大都市ローレからは真西の位置にある。

「この鉱山からは魔石や鉱石を採っているのだが、ここ数ヶ月、産出量と王都への納品量が一致しないとの密告があったそうだ」

 騎士たちの間に、目に見えて緊張が走った。ミオバニア山脈は西の帝国との国境だ。

「王国内の不届き者の仕業ならまだマシ、国境が近いことを考えると頭が痛いですねえ」

 国内の不正なら正してしまえば良いが、問題は帝国側の人間が関与していた場合だ。生かして捕縛して、帝国に引き渡さなければならない。下手すれば国際問題にも発展する大変に手間の掛かる厄介な任務である。


「ローレ騎士長、リモーネ副騎士長、質問をよろしいでしょうか」

 手を挙げたのは、ステラにも見覚えのある騎士スピナだった。

「質問を許可する」

「はい。ミネルヴィーノ女史の目が、とてつもなく遠くが見えるというのはどのような意味でしょうか」

 スピナの質問に答えたのはリベリオだ。

「そのままの意味だ。遠視によって、王城から四キロ先の港の、人間の顔や服装の目視が確認出来た」

 緊張で静まり返っていた詰所の中に、今日一番のどよめきが上がった。


「ミネルヴィーノ女史は名義上は、物資の管理官で登録してもらう。出立前にもう何度か顔合わせを行う、鉱山に向かう道中で話す機会もあるだろう、折を見て自分達の目で確認してほしい。……スピナ、ミネルヴィーノ女史の護衛を頼めるか」

「謹んで拝命致します!」

 綺麗な敬礼をスピナが返した。スピナには入城初日に面倒を掛けてしまったり、先日は鐘楼まで連れて行ってもらったと、折りにつけお世話になっている。更なる面倒を掛けてしまう心苦しさはあるが、すでに顔見知りの人が近くに居てくれるのはありがたい。

「質問は随時受け付ける、では次に視察日程の検討を」




「それで本当に視察に行くことになったの⁉︎」

「らしいです……」

 初回の会議の次の日、ステラはルーチェ殿下の部屋でお茶を淹れていた。

 技術競技会から早半月、使用人棟ではステラがマリアーノ殿下に呼び出されたことも、北方騎士団と視察に行くこともどこからか広まっていた。今ではロビーや渡り廊下を通るたびにあれやこれやと質問される始末である。

 見兼ねたアンセルミ侍女長がルーチェ殿下の侍女としての勤務日を増やしてくれ、詳細を聞きたい同僚に捕まらないですむ殿下の居室はステラの安全地帯になった。


「私も驚きました」

 パイを切り分けていたアンセルミ侍女長がルーチェ殿下に同意する。リベリオからの説明を聞き、物資の管理官としての登録を提案してくれたのはアンセルミ侍女長だった。

「ただ、前例が無いわけではないのです」

「そうなの?」

「ええ、使用人として勤めにきた人間の中に、魔力の高い者が居ることはままあるのです」

 厨房係、清掃係、侍女などで応募してきた人間が、いざ来てみれば鮮やかな髪色をしていることがあるのだと侍女長は説明した。


「侍女長様、そう言った方々はどうされるのですか?」

「原則として本人の希望を優先しますが、軍部への就業を紹介することも出来ます」

 魔法の素養が高ければ、魔法師団や出身方面の騎士団に入ることも出来るらしい。決定権は本人にあるが、現在カルダノ王国は他国と戦争をしておらず、使用人よりも高給であるため希望する者も多いと言う。最も、魔法的な素養ではなく身体的な要因での抜擢は珍しいとのことだったが。

「ミネルヴィーノも、希望すれば異動が可能かもしれませんが」

「私は宝飾室の管理官と、ルーチェ殿下の侍女をしていたいです」

 アンセルミの言葉に、ステラは慌てて首を振った。先輩方に囲まれて、メモを沢山取って新しいことを覚えて、やっと仕事を任されてきた所なのだ。

「……覚えておきましょう」

 勅命は絶対であるが、異動そのものを強制された例は無いらしい。そこは労働者の権利として、効率王が王都を遷都して以降守られているという。


「……行き先はどこなの?」

「ミオバニア山脈の北西部と聞きました、鉱山の様子を見に行くそうです」

「ふうん。大方、山賊が中抜きしてる疑いってところかしら」

 ステラが詳細を言っていないにも関わらず、ルーチェ殿下はあっさりと視察の目的を当てた。これは教育による物なのか、御歳十二歳のルーチェ殿下が格別に聡くていらっしゃるのか、多分両方だ。

「二ヶ月ほど掛かるそうです」

 ルーチェ殿下が眉を顰めた。

「……長いわね」

「はい。ただ、成果に関わらず、二ヶ月を区切りに一度王都に戻るとリベリオ様に聞きました」

 たった二ヶ月、されど二ヶ月だ。今が夏の始まりであるので、今年の夏はほぼミオバニア山脈近郊で過ごすことになる。ステラ自身の用事があるわけでもなく連行されるのだから、避暑地として人気の北方領が涼しいことを祈るばかりだ。


「危険はあるのですか? ミネルヴィーノ」

「拠点があるので、寝泊まりは野宿ではないとおっしゃってました。ただ、視察中に危険に遭遇する可能性が絶対に無いとは言い切れないそうで、鞍の後ろに引き上げてもらう訓練が始まりました」

 先日から、スピナによる乗馬訓練が始まった。ステラが一人で馬に乗るための訓練ではなく、二人乗り用の鞍に乗ったスピナの後ろに、速やかに引っ張り上げられて乗る為の訓練だ。緊急時に必須であるため、出立後も継続して訓練を行うと言っていた。

 必要な服と靴、カバンなどもスピナが持ってきてくれた。ブラウスとネクタイ、膝下丈のズボンとベルトにブーツ。帆布で出来た肩掛けカバン。騎士服ではなく軍部で働く文官用の制服で、ネクタイとズボンは制服と同じ緑色だった。


「……ちょっと待ってなさい」

 給仕されたパイに手をつけずルーチェ殿下が立ち上がる。棚から何やら瓶を取り出して戻ってきた。ガラスの瓶には魔石が詰まっていた、一つ一つは五ミリもない小さな魔石達だ。白くて小さな手が魔石を三つ取り出して、掌で握り込んだ。

「手」

「?」

「手を出しなさい」

「は、はい!」

 両の掌を盃のようにして差し出すと、美しいスピネル色が落ちてきた。三つの魔石は、ルーチェ殿下の髪色そのままの鮮やかな赤紫色をしている。


「で、ででで殿下、あの、これは」

「うっかり握り込まないように、注意なさい」

「……王女殿下」

「なによアンセルミ、私が私の侍女に物を渡すことに文句があるの?」


 眉を険しく顰めた侍女長が何かを言いかけ、けれど頭を振ってステラに向き合った。

「ミネルヴィーノ、王女殿下から賜ったその魔石は大変に高価で貴重な物です。使い方をルカーノ室長やローレ騎士長に習い、くれぐれも心して持参するように」

「は、はい…!」

 ルーチェ殿下の魔力が込められた魔石、恐れ多さに掌が震える。

「……山賊に囲まれた時にでも使えばいいでしょ」

 侍女が戻って来なかったら目覚めが悪いのよ、と言いながらルーチェ殿下は今度こそパイとお茶に手をつけた。


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