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2-18:白雷の射手

 昼食は和やかに問題なく終わり、午後からは弓術競技会である。

 バルコニーに戻ると、アンセルミ侍女長から王族の方々へ小さな望遠鏡が配られた。掌サイズの長筒は中にレンズが入っている。ステラやナタリアが常に持っているルーペとは反対の、遠くを見るためのものだ。


 弓術競技会の楽しみ方は主に二つ、射手たちの勇姿を見るか、命中して四散する的を見るかだ。射手はバルコニーから肉眼で見れる、だが二キロ先の的を見るには望遠鏡が必要になる。

 市民の間でも、射手を見れる正門前と、命中を見れる中央広場が特に人気が高い。二キロ先を目掛けて飛んでいく矢を側面から見る道中も楽しいらしく、正門から中央広場まで結界の側道を観戦客が埋め尽くしている。

 まずは四人ずつのグループで五射ずつ撃ち、上位一名が勝ち抜ける。決勝は十射勝負だ。弓矢を手にした射手が正門前に並ぶと、市民から歓声が上がった。


 知っている弓とは違う、とステラは思った。木を削り出し持ち手の部分に皮などを巻きつけただけの弓ではなく、弓本体に何やらよく分からない棒やら石やらが沢山付いている。矢も同様に、何故か光っている。光の色は緑、赤、が多い。エヴァルド殿下が、魔石に風や火を込めて飛ばすと言っていたのでその光だろうか。


 第一グループの試合が始まる。一人目は黒の騎士服に薄金のサッシュを身につけた老齢の男性だ、美しい緑色に輝く弓に矢を番えると光が強くなり、弓から撃ち出された矢が文字通り光のように飛んだ。緑色の軌跡が瞬く間に見えなくなり、数秒後に、パーン、と何かが弾ける音がした。

 チカチカと点滅する不規則な光が正門側に向けられ、射手の横にいる審判の旗が上がった。赤の旗だ。

「今撃ったのはうちの爺やなのだが、今年も絶好調であるな」

 望遠鏡を下ろし、手元のメモに命中の丸を書きながらエヴァルド殿下が頷く。

「お兄様、広場で光が点滅するのは何故ですか?」

 旗で命中の可否を見ていたのだろう、ルーチェ殿下が兄君に尋ねた。

「あれは光信号と言って、光の点滅で当たったか外れたかを教えてくれるのだ」

「点滅?」

「『はい』と『いいえ』だけでも覚えておくと便利だぞ」

 エヴァルド殿下はそう言って、『−』と『・』の並びを書きつけたメモをルーチェ殿下と、何故かステラにもくれた。


 二人目が矢を放つ、しばらく待ってみても音はせず、また光の点滅が正門側に寄越され、今度は白の旗が上がった。

 三人目、四人目、二射目、三射目と見ていくうちに段々と光の法則がわかってくる。貰ったメモの書き付けの通り、光の点滅は『はい』『いいえ』を正門側の審判や記録係に伝え、正門側の審判は周囲の観客に的中を知らせるために色の異なる旗を挙げる。赤なら『的中』、白なら『ハズレ』だ。赤の旗が上がるたびに歓声が上がる。

 第一グループは最初に撃った老齢の男性が勝ち抜け、第二グループが終わる頃、昼食休憩で抜けていった第一王子殿下が戻ってきた。


「おかえりなさいませ、マリアーノお兄様」

「ただいま、ルーチェ、エヴァルド。あ、僕にもお茶くれる?」

 ステラは慌てて用意しようとしたが、ステラが進み出る前にエヴァルド殿下が予備のカップにドボドボと紅茶を注いで手渡した。侍女失格も甚だしい出だしの遅さだったが、当の第一王子殿下は弟君が注いだ、時間が経って渋くてぬるい紅茶を一気に飲み干した。

「ああ、疲れた。今年は不作だねえ、半数以上の矢が後方の結界に命中だ。あ、でもエヴァルドのとこの爺さんはさすがだった、五射全部当ててたよ」

「爺やは、いつだって的を得ているのです」

 爺や、とはもしや第一グループ一人目の射手のことだろうか。


 進行はサクサクと進み、最後の第八グループが正門前に並ぶと、大きな歓声が上がった。

「あ、リベリオ君だ」

「女性人気も相まって、市民の間でのオッズは一番人気らしいですぞ」

「……オッズ?」

 ルーチェ殿下が首を傾げる。

「誰が優勝するかを、皆がお金を出して投票するんだよ。人気がある人に賭けると、当たっても返ってくる金額が少ないんだ」

「……?」

 ルーチェ殿下は年齢よりも聡明な方だが、その説明はちょっと早すぎるのではないかとステラは思った。


 リベリオの持つ弓は、妙な色をしていた。最初の射手の、金地に風の魔石が付いた美しい弓、横に並ぶ射手の弓は銀地に緑の魔石、付いている石の色がバルコニーから見て分かる。

リベリオの弓は何色なのか分からない。多分、一色ではない上に、たくさん付いている。好意的に表現して、灰色っぽいモザイク模様の弓だ。


 その灰色の弓に、同じ灰色の矢が番われた瞬間、比喩ではなく空気が変わった。南天の太陽の下で煌々と輝く白の光、バルコニーにまで聞こえる空気の爆ぜる音。

 白い白い弦が限界まで引かれ、次の瞬間、矢は雷光のように凄まじい金切音を立てながら撃ち放たれた。

 ほんの数秒の後に今日一番の破砕音が鳴り響き、審判の旗が上がるよりも先に上がった歓声も今日一番の大きさだった。

「な、な……」

 何だ、あれは。


 ステラがヒエエヒエエと慄いているのが分かったのだろう、ルーチェ殿下が望遠鏡を貸してくれた。

「これで見てみれば? 顔も見れるし、的は……まあ、当たったかどうかくらいは見えるわ」

「あ、ありがとうございます、ルーチェ殿下」

 ありがたく拝借して目に掲げようとして、コツンと音がして止まる。小さな筒型の望遠鏡が眼鏡のレンズに当たったのだ。

「どんくさいわね! 眼鏡外して望遠鏡を覗けばいいでしょ!」

「あ、はい。ですよね……」

 その通りである。眼鏡は顔の一部なので、普通にそのままレンズを覗こうとしていた。眼鏡を首に下ろす、こういうとき眼鏡紐は便利だ。当初は革紐であったそれは、どういうわけか紫水晶の付いた銀鎖になっている。


 望遠鏡の存在は知っていたが、使うのは初めてだ。宝飾室のルーペとは違う小さな長筒を右目に当てて覗き込むと、リベリオの顔が見えた。左手に持つ弓には、赤と緑と青の魔石がごちゃごちゃと付いていて、変な灰色に見えた理由が判明した。

 二人目が矢を番えて打つ。慌てて的側を望遠鏡で見ると、ぼんやりとしてこれが的だとハッキリ認識するのは難しかったが、破砕音が聞こえて灰色の雲が消えたのでそれが的だったと思われる。

 光信号が点滅して、赤い旗が上がる。これは、楽しい。弓技の競技会が人気なわけだ。

 望遠鏡を左目に変えてみたり、もう一度右目に戻してみたりと見え方を比べつつ、夢中で競技を見ていると、左目に望遠鏡を当てつつ右目を開いている時が一番見え方がハッキリしていることが分かった。


「うわあうわあ! あ、ルーチェ殿下、リベリオ様がまた撃たれますよ!」

「見れば分かるわよ!」

「赤と緑と青の魔石が光るのに、飛んで行く時には白く光るのは何故なのでしょう?」

 ステラの疑問にはエヴァルド殿下が答えてくれた。

「水の粒を狙いに向けて並べて、火と風を使って矢を乗せて飛ばすとリベリオは言っておったが……今ひとつ分からなかったな。そうだ、兄上なら詳しいのではありませんか? むしろ、兄上ならば同じことが出来るのでは!?」

「うーん、理屈は分かるけど、僕は直接撃ち出す方が得意だからなあ」

 エヴァルド殿下はよく分からないと言ったが、魔法の素養のないステラには全く分からない。強いていうなら、全く分からないことが、分かった。


 年功順なのか、リベリオを含めた最終グループには若い人間が多かった。

「今の方は的に当たらずに飛んで行って……あ、後ろの結界?に当たりました」

「矢が逸れた時には、お兄様の結界に当たって止まるの」

 一巡したらまたリベリオの番だ。少しばかり顔見知りというのもあって応援したくなる。

「三色の魔石って、全部光ると白になるんですね……」

 なんて、きれいなのだろう。

 三色の魔石が光を帯びて白になり、白く軌跡を描いて大通りを貫通し、広場にある的のど真ん中を撃ち抜いた。派手に響く破砕音、目の裏に残る白い光の線。二キロもある大通りに、途切れなく人が並ぶ理由が分かる。賭けが盛り上がる理由も。

 これは、楽しい。


「あっ、三番目の方は途中で逸れてしまいました……」

「大通りまで届かないときもあるみたいよ」

「四番目の方は、……あの、的の端をちょっとだけ削った時はどうなるのですか?」

「……ある程度砕かないと、命中とは判定されないな」

「なるほど…。次はもう一度、リベリオ様の番ですね」

 三度目であっても、やはりリベリオの矢は美しかった。大通りに見えない道が引いてあって、中心に吸い込まれるように白い光が的を貫いて粉砕する。

「また真ん中……すごい。……あの、第一グループの一番最初に出られた方も、また見ることが出来るでしょうか」

「爺やのことだな。爺やとリベリオはまあほぼ間違いなく決勝行きだぞ」

「わあ!」

 それは楽しみだ、初めて見た王都の弓技競技会にステラはすっかり夢中になった。


「……ねえ」


 君、との声が、誰に声を掛けられたものかステラは最初分からなかった。三秒ほど経って、それが第一王子のマリアーノ殿下の声であり、自分が余りにもはしゃぎ、場所も立場も弁えない無礼をしていたことに気づいて蒼白になった。

「も、申し訳ございません! 場所を忘れ、つい、ついご無礼を……!」

 ルーチェ殿下とエヴァルド殿下が余りにも気さくに答えてくれるものだから、楽しさで失念した。ここは王族が観覧するバルコニーで、比較的端の方とはいえルーチェ殿下を挟んで反対側には第一王子殿下がおられたのだ。

 顔が膝につきそうなほどに腰を折り曲げ、いっそ地面に額をついて詫びようかと考えていたところで、マリアーノ殿下の声が掛かった。声は叱責ではなく、むしろ楽しそうだった。

「いや、そういうのいいから。別に咎めてないから。ええと君、ルーチェの侍女さん」

「フェルリータの王立学院とアンセルミから寄越されました、ステラ・ミネルヴィーノです、お兄様」

 ステラの素性を、ルーチェ殿下が説明する。

「そう、ミネルヴィーノさんね。ねえ、ミネルヴィーノさん」

「はい!」

 解雇か、減給か。ステラ個人の処罰で済むならそれだけで温情だ、家にまで咎めが無いことを祈るばかりで、こめかみと背中を冷たい汗が伝った


「君、ちょっと戦場に来てみない?」

「はい!!…………はい?」


 今、何とおっしゃった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 気さくな人が多く今章も読んでいてほのぼのした気持ちになりました。 一生懸命頑張るステラを応援したくなります。 リベリオとのお買い物シーン、毎回微笑ましくてかわいい。 [一言] 次からは不穏…
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