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2-5:魔石と魔法とフェルリータ

「ど、どうしよう、これは……」


 王城勤めから三日、ステラは早くも問題に直面していた。

 宝飾の仕事は事前の予習もあって比較的順当に適応した。百数十点の品目を毎日記録し、貸し出しの手配や返却の受付をして、順番に埃を落としたり曇りを磨いたりする。

 問題なのはそれ以外、もっと根本的な事だった。


「湯沸かし器の使い方を知らない人って、存在したのね……」

「うう、すみません……」

 呆れた声は新人指導をしてくれているナタリアだ。

 まず、入室の制御盤は掌を当てるだけなので、問題なく使えた。だが、早くに来て空調を付けようとするとパネルの使い方が分からない。宝飾室に備え付けの卓上湯沸かしポットの使い方もステラは知らなかった。

「フェルリータって、どうやってお湯を沸かしてるの?」

「ストーブの中で木炭や石炭を燃やして、ケトルを上に置きます」

 ここにある、魔石の埋め込まれた受け皿が熱せられて上のケトルで湯を沸かす、というものとは根本から異なる。


「空調の操作をしたこともないのよね? 夏の暑い日はどうしてるの?」

「……蛇口から水を汲んで、それを道端に撒きます」

「何て前時代的な!」

 ナタリアが驚愕して叫んだ。ステラには返す言葉もない。

「あの、私はフェルリータは都会だと学院で教えられたのですが、違うのでしょうか…」

 王都に来てからこちら、身の回りの生活用品はステラが今まで見たことがないものばかりである。


「フェルリータは、魔石を拒んだ都市なんじゃよ」

 ステラの疑問に注釈を挟んでくれたのは、室長のルカーノだった。ステラが淹れたぬるいコーヒーを文句も言わずに飲んでくれる、宝飾室勤務半世紀越えの部屋の主である。

「魔石を拒んだ都市?」

「そう、フェルリータができたのはおおよそ三百年前、魔石が我が国で採掘され始めたのが百年前」

「それから我らが効率王サマの陣頭指揮のもと、魔石を利用することで生活資本は飛躍的に向上した、って教科書に書いてあるやつね」

 うむ、と髭を撫でながら室長が頷く。


「その時に、魔石による生活の向上を当時のフェルリータ市長が拒んだのじゃ」

「な、何故でしょう。こんなに便利なのに」

「仔細はあるだろうがまあ、景観のため、じゃな」

「……景観?」

 呆然とステラは呟いた。

「指で触れるだけで湯が沸くことも、フェルリータの尖塔を自動昇降機で上がることも、景観を損なうことだと当時の市長は判断した」

 衛生面の観点から上下水道だけは魔石による機構を取り入れたが、機構自体は地下に埋め込まれており市民が生活の中で目にすることはないだろう、と室長は言う。


「観光面で見ると、それなりに成功してはいるのよね。伝統と芸術の街って呼称があるくらいだから」

「そうじゃな。王都や他の都市が魔石を利用した技術を生み出す中で、フェルリータに行けば失われた伝統技術の発展した形を見ることができる」

 悪いことばかりではない、と言われてステラは少しばかり安堵した。安堵したが、ステラの家は宝飾店だ。父が金属を細工するときは火を起こして、汗が滴り落ちる暑い部屋で金属を炙ったり溶かしたりする。それは全て炭を利用した炉によるもので、そこに魔石の機構は組み込まれていない。

「魔石を取り入れことを拒んで、水道の魔石は地下に……う、ううん……?」

 火を直接起こせる魔石を使えばもっと良いものが出来るのではないか、空調があればお弟子さんが熱にやられて夏場に倒れたりすることもないのではないか、そんなことを考えてしまう。


「ちなみに、魔法も医療以外は極力拒んでおる。フェルリータでナタリア君のような水色の髪を見たことがあるかね?」

 ナタリアの髪は、透き通った水色をしている。本人は魚みたいな家名と嫌がっているが、アクアマリンのような色だ。

「見たことありません……」

 ステラの周りの人々は金、黒、茶を中心に、エリデのような赤毛や、加齢による白髪の髪をしている。

「魔力自体は誰しもが微量に持っていて、だから魔石を使えるんだけど。属性のどれかに偏って強い魔力を持っていると髪色に影響が出やすいの」

「属性」

 また初めて聞く単語が出てきたぞ、とステラは筆記用具を握り直す。


「火は赤、水は青、風は緑、土は黄色。私は水属性の魔力が高いの」

「水属性の魔力が高いと、どんなことができるのでしょう」

「魔石は魔力を貯めたり増幅したりする。ナタリア君だと、水属性の魔力を魔石に込めて、その魔石は兵士が遠征などに持っていった際の水の補給に使えるのう」

「水道に使われている魔石は大体この理論ね。水道は巨大な魔石を幾重にも連ねて運用してるから、携帯用とは出力の違いはあるけど」

 と、ナタリアは言う。


「……魔石は、私にも使えますか?」

 室長が引き出しから魔石を取り出した。爪の先程の、乳白色の石だ。それをナタリアが握る。次に掌が開くと、そこにはナタリアの髪色と同じ透き通った水色の石があった。

「はい、これを指先でギュッと摘まんでみなさい」

 空のポットと一緒に手渡され、ポットの上で水色の魔石をギュッと摘まむ。

「うわ、うわぁ……!」

 ステラの指先から溢れた水が瞬く間にポットを満たし、石は元の乳白色に戻った。


「魔力を込めるには魔力の高さが要求されるが、使う分には魔力の高さや属性は問われない。そこの湯沸かしポットも誰でも使えるじゃろ」

「はぁぁぁ…すごい」

「まあ私だと、顔がどこでも洗えたり、庭の水撒きが出来るくらいだけど」

 それは、超絶便利ではなかろうか。 

「……こんなに便利なものを、フェルリータは拒んだんですか」

「そう悲観するでないよ。便利よりも優先する利益があった、とも言える」

「不便を売りにした街、ということかしら?」

「フェルリータに近年移住しようとする人々は、概ねそうじゃろうな。昔ながらの街並みに憧れて移住し、生活と景観を満喫したらまた移住する。フェルリータは魅力的で、人の出入りの多い街じゃ」

 国の東西南北を結ぶ交易路の真ん中にあるから、という理由だけでは無かった。


「知りませんでした……。あ、王立学院の友人はヴィーテからフェルリータに移住して来ていたのですが、ヴィーテはどんな街ですか?」

「魔石的な意味でかの?」

「はい」

「うーん…、ヴィーテはねえ」

 ナタリアが言い渋る。

「も、もしかしてヴィーテも」

 エリデの工房はステラの家の工房と大差が無かった、もしや生活も同じような前時代的と言われてしまうようなものだろうか。

「いいや、別にヴィーテは魔石を拒んだりはしておらなんだが……」

「単純に田舎なのよね」

「えええ……」

 突き出た半島のさらに南端、ヴィーテは年中を通して穏やかな気候の地域だ。そこに住む人々も、魚介類が美味しくて歌が楽しいので十分幸せという気質らしく、別段拒んでいないが積極的に導入することもなく、王都から離れているので技術が伝わりにくい、単にそれだけの話らしい。

「……湯沸かし器とコンロくらいはヴィーテにもあるんじゃない?」

「ですよね……」

 フェルリータは都会、と教えられていたのは何だったのか。人口的には都会かもしれないが、技術的にはどうなのか。自分から拒んでいるならセーフなのか。そのまま地元に居れば生涯知らなかったかもしれない事実を知ってしまい、ステラは途方に暮れた。


「まあ、知らなかったら今から知ればいいのよ! 室長、午後はステラを百貨店に連れて行こうと思うのですが」

「ああ、それは良い。連れて行ってあげなさい」

「ナタリア様、百貨店とは何でしょう?」

「ミネルヴィーノ君のご実家は宝飾店と聞いておる。つまり、店があるな?」

「はい」

「百貨店は、多数の店が同じ建物内に売り場を設けたり、品を下ろしたりする広い広い店じゃ」

「王都一広くて、色んな物を売ってるの!」

 百貨店が大好き、と言うナタリアは楽しそうだ。説明では今ひとつ想像が出来ないが、広くて沢山の商品があることだけは分かった。

「昼食を食べて出掛けて、百貨店でお茶でもしましょうか」

「ありがとうございます。では、お昼を食べたら着替えて来ますね」

「何言ってるの、服はこのまま行くのよ」



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