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2-4:だいたい人手不足のせい

 次の日は快晴だった。王都での仕事初日にふさわしく清々しい春の朝を、ステラは一睡もせず迎える羽目になった。

「うう…起きなきゃ……」

 まともには眠れず、ベッドに突っ伏した状態で仮眠を取ったが目は乾いてショボショボしている。眼鏡を幸いに昨日の残り湯で顔を洗い、妹が持たせてくれた化粧品でなんとか顔を整える。一人部屋というのは、こういうときに気兼ねがないのは楽である。


「ええと、あとはペンと鉛筆と紙と……」

 手持ち用のケースに筆記具を入れて準備をしていると、コンコンとノッカーが鳴った。昨夜のトラウマもあって肩を跳ねさせると、聞き覚えのある声がした。

「おはようございます。ミネルヴィーノ、起きていますか?」

「は、はい! おはようございます、アンセルミ様!」

「制服を届けに来ました。寝巻のままで構いません、開けてもらえますか」

 扉を開けた先に居た侍女長は、昨日と同じ一部の隙も無い出で立ちだったが、心なしか目元が黒い。

「あの、眠られてないのですか……?」

「貴女はどうですか」

「……」

 お互いに顔を見合わせて、早朝からため息をついた。


「……貴女が処分に巻き込まれなくて、本当に何よりです。これを」

 手渡されたのは制服だった。侍女長であるアンセルミと同じ形の、長袖足首丈のシンプルなドレスだ。ただし、色が違う。侍女長は漆黒で、ステラが渡されたものは臙脂色だ。

「新人は三か月の間は臙脂色、その後に、緑、紺、黒と上がります」

 ドレス、襟、袖元、と渡されるままに身に着ける。臙脂のドレスは厚手の生地で出来ていて、飾り気はないが肩と膝に余裕を持った作りで動きやすい。


「靴は華美でないものを。貴女のサッシュはこちらです」

 渡されたのは銀色の幅広リボンだ。右肩から掛けて、左の腰下で結んだ。

「サッシュの色は上級使用人から薄金、銀、銅です。王家の貴色は知っていますか?」

「黒と金です。……ああ、それで」

 カルダノ王家は黒の髪と金の瞳を持つと言う。

 上級使用人で侍女長のアンセルミは、黒のドレスに薄金色のサッシュだ。


「生活使用人はサッシュの代わりにエプロンを。男性はジャケットにサッシュを。軍部はサッシュを左肩から下げ、帯剣を許されています」

 分かりやすい、そして規格が統一されている。もしやこれも効率王の考えた制服なのではとステラは考え、けれど口には出さなかった。まさかだ。


「あの、アンセルミ様。私のサッシュが銅色ではないのは何故でしょうか…?」

「……あとは髪ですね、そこに座りなさい」

「はい!?」

「昨夜の詫びに私が結いましょう。お座りなさい」

「は、はい」

 促されるというより、半ば命令されるがままにドレッサーの前に腰掛け、櫛を手渡した。

「リボンはそちらの白と、そのブローチを貸しなさい」

「はい!」

 何だ、何が起きているのだ。王城の侍女長に髪を結ってもらうのは、それこそ王室の方々ではないのか。鏡の前で硬直したまま動けないステラの髪を、アンセルミは手際よく梳って結っていく。

 眼鏡を外しているので見えないが、自分は今とんでもなくイガグリな顔をしているに違いない。


 五分も経たずに栗色の髪は編まれ、リボンとブローチで留められた。眼鏡を掛けて確認すれば、髪筋一つ首に残さない美しい三つ編みだった。

「髪を結うのは得意ですか?」

「得意ではありませんが……、妹の髪を結っていたことはあります」

 目が悪くなる前は、アウローラの美しい金髪を結ぶのがステラは大好きだった。

「貴女を、第二王女殿下の侍女として推薦することが決まりました」

「は!?」

「昨夜捕縛されたシルヴィア・イラーリオが研修中でした。一週間前に彼女の人となりを見抜けなかった私からの詫びです」

「いえ、待ってください、待ってくだ、あの、そんな」

 侍女、それは王城全ての女性使用人の憧れの職業である。


「本来の宝飾室配属はそのままに、今在籍している侍女が休むときの要員ではありますが。どうでしょうか」

「どう……」

 どう、とは。

 どうもこうもない、全力で断りたい。脳内の母と妹は喜んでくれているが、どう考えても考えなくてもステラには無理だ。


「あの、私には過分なお役目かと思いま」

「お給金は金貨がこれだけ上がります」

 侍女長が掌を大きく広げた。

「は!?」

「宝飾室で新人の貴女が扱える品目も、王室の催事用など多岐に渡って増えます」

「は……!?!?」

「さらに、今回の不始末の対処として一人部屋の永続的使用に加えて、私服も多少なりと支給されます」

「……」

 金貨五枚の賃上げと一人部屋に私服の支給。それだけあれば予備の眼鏡を買うことも遠い夢ではない。それどころか、貯金もできてしまうかもしれない。

 互いの間に沈黙が流れることしばし。

「……若輩者ですが、誠心誠意務めさせていただきます…」

 ステラは負けた。



 案内された食堂は、朝の六時前であっても人が多かった。

「手ずから案内していただいて、申し訳ありません」

「畏まらなくて結構。新人の指導も私の仕事です」

 女性使用人の統括と侍女長を兼任する程度には人手不足、という話らしい。カウンターには一人分ずつの朝食のトレイが並んでいる。水は必要なだけ自分で取る方式だ。


 空いていた四人掛けのテーブルに向かい合って座る。黒パンにチーズ、野菜と豆のスープに、切られたリンゴの朝食だ。牛乳が付いているのが地味に嬉しい。

「ハァイ、いい朝ねアンセルミ様。ここの席いいかしら?」

 黙々と食べていたら、横から声を掛けられた。ステラが見上げると、そこには華やかな美女が立っていた。艶やかな水色の髪を肩より短く切りそろえ、長いまつ毛と夕日の瞳。ドレスの色は紺、サッシュの色は侍女長と同じ薄金色だ。

 歳は四十を過ぎた頃か、耳元と左手薬指の大ぶりのサファイアに負けることのない、豪華な美女だった。


「どうぞ、パーチ様。朝からお呼びだて致しました」

「モーニングミーティングって悪くないわよね、食堂ってところがちょっと味気ないけど」

 そう言って、美女はステラの横に腰掛けた。侍女長に対してのフランクな態度、金のサッシュからも明らかに上級使用人だ。

「ミネルヴィーノ、こちらはナタリア・パーチ様。宝飾室の副室長です」

「ナタリアと呼んで。よろしくね、ステラ」

 スープで噎せながら、ステラは勢いよく立ち上がった。

「し、ししし、失礼しまし…! パ、パーチ様!」

「ナタリアよ。パーチって家名を呼ばれるの、魚っぽくて嫌いなの」

 はい握手、と出されたナタリアの手をステラは恐る恐る握り返して、着席した。遠巻きにも人目が痛い。

「フェルリータの王立学院から参りました、ステラ・ミネルヴィーノです。ご指導よろしくお願い致します、ナタリア様」

「……この子は真面目でいいわね!」

「シルヴィア・イラーリオは、採用した私の不始末です」

「……」

 笑うところではないが、頬が引きつったのは許してほしい。すでに事情は関係各所に通達済みらしい。


 朝食を摂りながらの打ち合わせは和やかに進んだ。侍女長からはステラが侍女を兼任する説明と、ナタリアからは宝飾室の説明があった。

「正直なところ、すっごくありがたいわ。私も王妃殿下お二方と第一王女殿下の侍女を兼任していてね、朝から新人が欠けたって聞いてもうどうしようかと」

「宝飾室は何名いらっしゃるのですか?」

「ステラを入れて五名ね。室長と副室長の私、あと男性の管理官が二名よ」

 男性の管理官のうち片方も、王子殿下の侍従を兼任しているらしい。

「催事や服に合わせて必要なものをこちらで選べる点は効率的だけど、品目の保管や記録は室長に任せきりね。帳簿が得意だと聞いているわ、手伝ってあげて」

「はい、頑張ります」


 これから朝礼をするというアンセルミとは食堂で別れた。事態が事態なので、今日の朝礼をステラは免除された。朝食のトレイを片付けて、手招かれるままにナタリアの後に着いていく。

「私は王城には通いだから、明日からの道順を覚えておいてね」

 今日は初日だから迎えに来たの、とナタリアは言う。居住区から渡り廊下を抜けて、メモをしながら歩く。

「ナタリア様は、女子棟に住まわれて居ないのですか?」

「夫が爵位を持っているから、北東地区にタウンハウスがあるのよ」

 ナタリアは道すがら、夫との出会いを話してくれた。


「旧王都の使用人は何百人といて貴族から町人まで様々だったそうだけど、今の王都で王城に勤めているのはほとんどが地方貴族や下級貴族の縁戚」

「身元の保証を優先したのですね」

「そう。まあ、今回みたいな事故もあるけど。基本的には身元の保証がなければ勤められない、つまり!」

「つまり」

「出会いが多いってコト!」

「……」

「ちょっと、そんな顔をしない! 貴族には大事なのよ!」

 眼鏡越しにも、ステラの遠くを見る目が分かったらしい。

「私の家はフェルリータの商家ですので、ご縁が無いと思います…」

「あら? お母様の方が貴族だと聞いているけれど」

「母方の実家は一応男爵位を持っていますが、母は父に嫁いだ身ですし、それに」

「それに?」

 私は婚約破棄をされて地元に居られなくなって逃げだしてきたようなものなので、とは情けなくて言えなかった。ステラの沈黙を自信のなさと取ったのか、丸まった背をナタリアがパシパシと叩く。

「大丈夫よ! 女性使用人のほうが少ないんだから、絶対にいい出会いがあるわ!」

「ソウデスネ……」


「さ、ここが宝飾室よ」

 宝飾室の扉は予想以上に物々しかった。金属製の扉にさらに鉄格子、傍らのパネルにナタリアが掌を当てるとそれらが重い音を立てて開いた。

「これが魔石のパネル、後でステラも登録するわ」

「制御盤つきの自動扉! 初めて見ました、すごい!」

 フェルリータには無い、魔石を利用した機構だ。

「見たことないの!?」

「そもそも魔石が無いです」

 ステラが魔石を見たのは、学院の授業で見せられた魔石くらいだ。

「……フェルリータって都会なのか田舎なのか分からないわね」

 出迎えてくれた室長のルカーノは御年七十を超えた、温和なお爺様だった。もう二人の男性管理官は四十代と三十代、どちらも真面目で優しそうな人達だ。


「ミネルヴィーノさんが最年少だね、歓迎するよ」

 という言葉も表情も優しかったが、細められた目の下には明らかに一日や二日では染み着かないクマが浮かんでいる。くっきり黒々としたそれを、ステラは気づかなかったことにすることにした。


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