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2-3:嵐の(ような)夜に

 足音で、目が覚めた。


 カツンカツンと響く足音は重く、深夜の廊下に響く。その音が、ステラの部屋の前で止まった。

「シルヴィア・イラーリオは在室しているか」

 扉の外から掛けられた声は男性のものだ。男性は居住棟が分けられていて、互いの棟には立ち入りが禁止されている。枕元を探り、眼鏡を掛けて身を起こす。何かがおかしい。

 コンコンとノッカーが鳴らされる音で、仕切りの反対側のシルヴィアも起きたようだ。


「……なんですの、こんな夜更けに」

「開けろ」

「ええ? 開けるわけがありませんでしょう?」

 シルヴィアもステラも寝巻姿だ。深夜の来客に内鍵を開けるはずもない。当たり前だ。

 だが。

 カチン、と小さな音がした。それが、外からマスターキーを使って開けられた音だったと気づいたのはずいぶんと後になってからだ。


 バン、と扉が勢いよく開けられ、入ってきたのは明らかに武装した集団だった。彼らが手に持った灯りに、銀の鎧と腰に履いた剣が照らされている。

「!? あ、あなたたち、この部屋を誰の部屋だと思って……!」

 捕らえろ、と命じる、滑らかだが重い声。

 仕切りの反対側でシルヴィアが叫んでいたが、容赦なく部屋から連れ出された。捕縛されて連れ出されるシルヴィアに声一つ掛ける間も無い、一分にも満たない出来事だった。


 ミノムシの様に縄で巻かれたシルヴィアの脚が廊下に消えても、上体を起こしただけのステラは動けなかった。

 目を見開いたまま硬直したステラに気づいたのは、最後に部屋を出ようとした騎士だった。仕切りの反対側にも人が居たことに気づいたらしい。

「……同室者か」

「……っ!」

 目が合った。暗がりに浮かぶ鳶色の瞳。ヒュ、と喉が鳴ってベッドの上で後ずさる。ガタガタと震えは止まらず、意味も無く叫びそうになった瞬間に、アンセルミが部屋に飛び込んできた。

「お待ちくださいローレ様! その娘は夕方に入城した宝飾室の管理官です!」

「アンセルミ様!」

 ステラはみっともなくベッドから転がって、なかば床を這いながらアンセルミに縋りついた。


 アンセルミが安堵の息を吐いて、部屋の灯りをつける。シルヴィアが運び出された真夜中の部屋に、ステラとアンセルミと騎士の三人が残っていた。

 灯りの中で見る黒髪と鳶色の目をした騎士は若かった。顔立ちは甘く声は滑らかですらあるのに、その視線も声も恐ろしく重い。

「アンセルミ女史か」

「はい」

「シルヴィア・イラーリオを王女殿下の宝飾品窃盗容疑で捕縛した」

 アンセルミが息を飲んだ。ステラは耳を疑った。

 窃盗、と言ったのか。そんな、まさか。

「これよりこの部屋は捜索が入る。その娘を別室に移すことは可能か?」

「可能にございます」

「その娘の所持品は」

「夕刻の入城の際に記録を致しましたゆえ、照合は容易でございます」

「……騎士をよこす。立会いの下、所持品を照合し、別室に移せ」

「速やかに承ります」

 黒髪の騎士とアンセルミの会話は一切の無駄がない。騎士は頷くと、ステラを一瞥して出て行った。



「……ア、アンセルミ様…」

「ミネルヴィーノ、すぐに荷物をまとめなさい。部屋を移りますよ」

「は、はい!」

「寝巻はそのまま、上着は私が持ちましょう」

 荷物をほどいていなかったことが幸いした。時計と上着を持ったアンセルミに続いて部屋を出る。


「こちらへ」

 案内された部屋は、同階のさらに奥、先程よりも狭い一人用の部屋だった。ベッドが一台に机とクローゼットが付いている。指示されるがままに、机の上にトランクを置いた。

「アンセルミ侍女長は、いらっしゃいますか」

 間を開けず、開け放しの部屋に来たのは、女性の騎士だった。

「ローレ北方騎士長の命で、所持品を照合に参りました」

「承っております。どうぞ、こちらへ」

「はっ」

 一部の隙も無い敬礼をして、騎士が部屋に入る。


「彼女がステラ・ミネルヴィーノ、フェルリータの王立学院からの推薦者です」

「ミネルヴィーノ殿ですね。では、この輪の中に立ってください」

 騎士が手にしていたのは金色の鎖だ。それを床に広げると、鎖で輪が出来た。

「ミネルヴィーノ、眼鏡はこちらへ。他に身に着けている貴金属はありませんか?」

「ございません」

 眼鏡をアンセルミに渡し、寝巻のまま輪の中に立つ。

「……?」

 足元の鎖の輪が光る。ステラを囲むようにして金色の円柱が出来て、すぐに消えた。

「所持金属はありませんね。では、次に所持品の照合を致します。……ああ、寝巻はもう着替えられて大丈夫ですよ」

 騎士とアンセルミの顔が目に見えて緩んだ。それにステラもほっとして、言葉に甘えて着替えさせてもらった。

「ありがとうございます。あの、あの鎖は魔道具ですか…?」

「はい。身に着けている貴金属に反応して赤く光ります」

 魔道具とは魔力を利用して使用する道具のことで、フェルリータで見ることはあまりない。

「この鎖は港の検疫や国境の身体検査に用います。ミネルヴィーノ殿が宝飾室に配属されたら、また使う機会があるかと思います」

 そこから三人でトランクを開け、ステラの所持品と記録を照合した。当然だが、記録外の物は何も出なかった。



「ご協力、感謝します」

 照合は一時間で終わり、来た時と同じ敬礼をして、女性騎士は戻って行った。追って通達はするが、今後の職務に制限や監視が付けられることはないだろうとのことだった。

「……」

「……」

 ステラの疑いは晴れたが、侍女長の眉間の皺は果てしなく深い。

「当面は、この部屋を使いなさい。……遅くまでご苦労でした、少しでも休んでおきなさい」

「はい……」

 数時間前に渡された鍵を返し、さらに新しい鍵を受け取った。懐中時計を見ると、針は夜中の三時、眠気はどこかへ吹っ飛んでいる。


「お母様、アウローラ、……今日は何だったのか、よくわかりません……」


 挨拶をして数時間で同室者が捕縛された。疑いを掛けられて捜索の都合で部屋が変わった。これで一人部屋になったと手放しで喜べるほど、ステラの神経は太くない。

「顔、もう一度洗って……荷ほどきでもしよう…」

 とてもではないが眠れる気分ではない。開いたトランクからタオルと石鹸を取り出し、ステラはのそのそと給湯室に向かうことにした。


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