2-1:王都カルダノ
宿場町に寄ること数回、雨に降られて馬車で寝泊まりすること数回。半月あまりの旅程を経て、ステラの乗る馬車団は王都カルダノへと到着した。夕暮れの地平の先に白く並ぶ建物が薄っすらと見え、ステラは馬車から身を乗り出していたが、移住予定の夫婦とその子供も乗り出していたので、怒られはしなかった。
「え、え、何、あれ…!」
王都までもう徒歩で辿り着けるという距離になり、城壁の東門を通り、ステラはその異様さに息を飲んだ。異様、というには語弊がある。そもそもステラは生粋のフェルリータ生まれフェルリータ育ちの都会っ子であり、他の都市を見たことが無かったからだ。
だが、王都は文献で見たどの都市とも異なっていた。
「建物が……低い…」
白い漆喰と箱作りのシンプルな港町風の建物が並ぶ、だがどれもが平家、もしくはたまに二階建てが見られる程度で、尖塔がひしめくフェルリータとは違って青空が見える。そして何より、道路だ。遷都したての都らしい美しい石畳の道がどこまでも伸びている、そう、まっすぐに。
「交差点が、全部、チェスの目みたいになって……うわあ」
「三代前の王が効率王とか潔癖王とか呼ばれるのが分かるよなあ」
「ああ…それで効率王……」
王都カルダノは全ての道路があらかじめ直線直角に敷いてあり、必要に応じて区画を増やす超効率都市なのだと画商は説明してくれた。
王都は国の西端に位置しており、すぐ西には帝国との国境の山脈地帯、東にはフェルリータとを繋ぐ街道がある。長方形の王都の中で、高い建物は王城のみ。北端にある王城と南端の港の間もまっすぐに繋がれている。そして、東西と南北に走る大通りの真ん中には、巨大噴水つき公園広場。
「……すごい」
すごいとしか言いようがない。何がなんでも片付けたい、という執念すら感じる。
「それに、綺麗です……」
スッキリとした眺望、周囲の居住区の壁は白の漆喰で統一され、屋根の色は自由なのだろう個々の彩りが映える。曲線が少なく、すぐに空が目に入る街はステラの目には新鮮に映った。
「僕たちの店は南東の地区です、機会があったら食べに来てください」
「ああ、この噴水を中央地点にして、地区も割り振りがしやすいのですね」
「そうだな。俺が向かう商業地区は南西だ。ミネルヴィーノの嬢ちゃんは北だな、息災でやれよ」
「はい、ありがとうございます」
街の中央にある噴水のところで馬車の旅は終わった。噴水の周りには待ち合わせをしているのだろう人々や、馬車の乗合所がたくさんあった。
「私は北の王城に向かえば良いのよね。すごい。迷子になりようがないわ」
広場から城までは、広々とした道路が一直線に伸びている。あとは門番に、雇用者の窓口はどこかと聞けば良いだろう。馬車の御者に長旅のお礼を言ってトランクを引き取り、ステラは城に向かって歩き出した。
到着したのは夕方で、大通りの店は商いも酒場もまばらに開いている。
「夕飯を食べれるところはあるかな…」
懐中時計の指す時間は、夜には早いが昼には遅い半端な時間だ。当日の食事が出ない可能性を考えると、何かしら食べておいた方が良いだろう。
荷物を抱えつつ周りを見渡すと、それらしい店が見つかった。カフェではなく、パンや茶を労働者向けに売っている路面店だ。
「ええと、日替わりのパンとコーヒーを下さい」
「いらっしゃい、コーヒーと合わせて小銅貨五枚だよ」
恰幅のいいマダムが、手際良くパンにチーズと野菜を挟んで紙に包んでくれた。コーヒーを入れてくれた器は小さなカップで金属製だ。
「……美味しい」
「お嬢ちゃんはどこからおいでだい?」
「フェルリータです」
「フェルリータ! そりゃ大都会だ」
マダムは大仰に驚いて、その後ニヤリと笑った。
「じゃあ、アレは初めて見るかもだ」
「アレ、とは」
アレ、とマダムが指さした方を向いて、ステラは目を見開いた。
「海さ」
「うわぁ……!」
カルダノの道路は全てまっすぐだ。ステラの立つ、南北を貫く幅の広い大通りも当然まっすぐで、南側の建物が開けた間から水平線がはっきりと見えた。橙に染まる空と白い雲、紺青の海面が夕日を浴びてキラキラと光っている。
「海…! 初めて見ました! すごい!」
「もうちょっと南側に行けば、潮風の匂いがするよ」
「匂い…」
潮風とやらを感じて見たくて、眼鏡をおろして息を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……ここからじゃちょっと遠いねえ」
「ですよねえ…」
残念ながら額に当たるような風も無く、匂いもしなかったが、都会者丸出しのステラの反応を見たマダムが笑って、コーヒーのおかわりをサービスしてくれた。
フェルリータよりも幾分荒々しい風味のコーヒーはとても美味しかった。輝く海面は綺麗で、その上を飛ぶ海鳥の顔は愛嬌があってとても可愛い。到着初日に大満足の夕飯を食べてしまった。
「今日から仕事かい? 頑張りな」
「はい!」
沢山の移住者や労働者を見てきたであろうマダムの激励に、ステラは精一杯の大声で返事をした。
シ〇シティは道路を直線直角に引きたい派です。