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8-10:望みの在処


 三日後、急ぎ片付けられた謁見の間にリベリオとステラを含む、ローレ公爵家の関係者が再度招集された。ゴッフリートとその妻、グレゴリオとその妻、マリネラ妃とマリアーノ第一王子、リベリオとステラ。リリアナは王立病院で治療中だが、治りは人並外れて早く、もう三日もすれば元通りとマリアーノから聞いた。

 血まみれになったカーペットは撤去され、リベリオが粉砕したステンドグラスは透明なガラスが嵌め込まれていた。透明といえどこれだけの大きさだ、何枚かを突貫で継ぎ接ぎしたのだろうか、そしてお値段は。リベリオの隣に膝を突いて、ステラは見えない角度で胃を撫でた。


 三日前の査問会と同じように正面には国王陛下、その下にマリアーノ第一王子とマリネラ妃、シルヴェストリ査察官が控えている。

 ゴッフリートとその妻が進み出て、首を垂れた。

「ヴァレンテ・カルダノ国王陛下に願い奉ります。この老骨の首と引き換えに、子と孫らにどうか寛大な措置を頂けますよう。全ては、我が子ユリウスの凶行に気付くことの出来なかった我々の責に御座います」

「飾りにもならぬ老いた首では御座いますが、ユリウスと共に並べて下さいませ」

 両親の嘆願に、グレゴリオが半ば転がり出ながら額を床に擦り付けた。

「陛下! 魔石と気付かなかった私の責にございます! どうか、どうかこの首で……!」

「下がれ、グレゴリオ」

「下がりなさい、あなたにはマリネラとマリアーノがいるでしょう」

「嫌です! どうかおやめ下さい父上、母上!」

 一歩も譲らないゴッフリートとその妻とグレゴリオに、国王ヴァレンテ・カルダノは聞かせるための溜息を深々と吐いた。


「私は、まだ何も言っておらぬ」


 ピシャリと言い放たれた声に、我に返った三人が口を噤んで姿勢を正した。

「お前たちローレはいつもそうだ。情が深く己に厳しく、苛烈で、戦では最後のひと兵まで戦い、自らの首を……安く見積もる」

 うんざりだと言わんばかりの、苦悩の深い声音だった。

「首謀者であるユリウスをリベリオが討った。ローレ公爵家は自らの手で身内を討ったのだ。その上でユリウスを止められなかった責任だと、お前たち三人の首を切ってローレに送り返したとしよう。ローレの民はどう思う? 公爵様達は責任を果たしたと思うとでも?」

 饒舌な王の横で、マリアーノが隠すこともなく苦笑している。マリアーノはローレ公爵家の出身であるマリネラ妃を母に持つが生まれ育ったのは王都であり、価値観はローレ公爵家ではなく王家に準じている。

「ローレの民は怒り狂うだろう。身内を討ったというのに元ローレ公爵とその妻、現ローレ公爵の首を切るような愚王と、私を恨むだろう。治める者を失ったローレが崩壊し、ローレからの難民が王都に流れ込み、ローレを失ったミオバニアから共和国と帝国が攻め入ることまで考えて尚、自分達の首を切れと申したか!」

 ヴァレンテ・カルダノは効率王もしくはマリアーノほど極端ではなくとも、一子制のリスク回避を自らで選んだ王であり、首を差し出しそれで終いだと考えるローレ公爵家こそ浅慮であると叱咤した。


「……ではこれより、一連のマリネラ妃暗殺未遂事件に関する処分を申し渡します」

 静まり返った折を見計らって、シルヴェストリが本題に入った。最後尾に控えたまま、リベリオとステラは顔を見合わせた。国王暗殺ではなく、マリネラ妃暗殺とシルヴェストリは言ったのだ。

「ゴッフリート・ローレならびにその妻、王都への立ち入りを終生禁ずる」

 ゴッフリートもその妻も年齢は八十を超える。甘すぎると反論したゴッフリートを、王はうんざりと見やって命じた。

「両名には自害も固く禁ずる。そんなにも責を取りたくて仕方がないと言うのならば、残りの生涯はローレの民に捧げるのみに生きよ」

「陛下……」

「達者であれ、それが最もローレのためになろう」

 ゴッフリートとその妻が深く首を垂れ、鏡のように磨かれた大理石に涙が落ちた。


「グレゴリオ・ローレとその妻には、ユリウスの妻子の後見人を命ずる」

「グレゴリオ、マリネラに魔石宝飾を贈ったのはお主だが主犯はユリウスだ。ユリウスの妻子への風当たりは相応のものとなろう。さて、どうするか? 見捨てても構わぬが」

 そう問う国王陛下はマリアーノ殿下に似ていた。いや、マリアーノ殿下の父君なのだから逆なのか。

「ご温情に感謝し、終生務めさせて頂きます」

 グレゴリオとその妻の処分に、王の傍らのマリネラ妃が安堵の息を吐いた。主犯はユリウスであれど魔石を実際に贈ったのはグレゴリオであり、そのグレゴリオが処刑を免れたことによる安堵だった。

「マリネラ・ローレ」

「はい、国王陛下」

「其方はユリウスに暗殺を目論まれた身だが、ローレ公爵家が無辜の民を殺したのもまた事実。一年の間、公式式典への出席を禁ずる。亡くなった民の喪に服し、俸禄を遺族へと返還せよ。これはグレゴリオとその妻と共同で行うこととせよ」

 深く膝を折ったマリネラ妃の首に、罪人の証はもう見当たらない。けれど、これより一年の間は喪のベールを被り過ごすことになる。


「それでは、リベリオ・ローレ」

 シルヴェストリが処分を告げようとするのを、王が手を挙げて制した。

「マリネラ・ローレ妃を暗殺しようとした謀反人ユリウス・ローレを討った褒章として、リベリオ・ローレを北方領ローレ公爵に任ずる」

「辞退致します」

 国王自らの任命を、間髪入れずリベリオは断った。

「私は母の首を絞め、伯父を撃った騎士です。騎士として……人として悖る行いをした私が、どのような顔をしてローレ公爵など名乗ることが出来ましょう」

「……そうか」

 国王はあっさりと引き、ステラの隣でリベリオが肩を下ろした。

「では、処罰としてリベリオ・ローレに北方領ローレ公爵を命ずる」

「陛下‼︎」

 マリアーノ第一王子が王の横でとても良い笑顔になっていた。彼の首からも、罪人の印は消えている。

「全ての風当たりを受けるだろうグレゴリオのために、自らが目眩しとして立とうという恩義はないのか、リベリオ・ローレ」

 反射的に立ち上がったリベリオが王の言葉にグレゴリオの顔を見る。丸くふくよかだったグレゴリオの顔は頬がげっそりと削げていた。グレゴリオの妻も同様に頬は削げ髪も肌も荒れ果てていた。

 そしてそれは、何も知らなかったであろうユリウスの妻子の今後の姿でもあるのだ。

奥歯を噛み締めながら、リベリオはもう一度膝を突いた。

「……謹んで、拝命致します」


 もとより勝てるわけもなかったが、ですが、とせめてもリベリオは続けた。

「四年ののち我が妹リリアナが成人の折、もしくはまだ見ぬマリアーノ殿下の御子が成人した折に爵位を譲る検討を頂きたく」

「そんなにも嫌か」

「器に御座いませぬ」

 譲ろうとしないリベリオに、王は横に控える息子に振った。

「こう、リベリオは申しておるが。マリアーノ、お前はどうだ?」

「うわあ、飛び火がこっちに来たよ。仕方ないけどさあ。でも、それならもう一人候補を忘れてない?」

 リベリオとステラのみならず、ローレ家全員が首を傾げた。まさかグローリアの子を王国に呼ぶわけにはいくまい。あとはゴッフリートの弟妹まで家系図を遡って、誰か居ただろうか。

「リベリオ君とミネルヴィーノさんの子供」

「……」

「ああ」

 思い出したように頷いたのは国王その人であり、ステラとリベリオは声も出せず岩のように硬直した。

「二択は嫌だ、三択にしよう。……子供なんて本来生まれるも育つも不確かの極みなのにねえ。優れた子をと望んでしまったのは、王族、貴族、……僕たちの驕りだ」

 そう戒めるマリアーノの口調が自ずと厳しくなった分、王は幾分声を和らげてリベリオに話しかけた。

「リベリオ・ローレ、……己は器ではないと言ったが、器の良し悪しを決めるのは己ではない、民だ。そのことを忘れるな」

「は……」

 かくして、リベリオの継続を含めての四択はひとまず数年後に持ち越された。


「最後にルクレツィアだが」

 放心から弾かれたようにリベリオは顔を上げた。

「王城にて生涯幽閉とする」

「幽閉……」

 リベリオが驚いたのは幽閉にではなく、ルクレツィアの処分が処刑ではなかったことだ。区別がついておらずとも魔石を染めたのはルクレツィアであり、ユリウスの加担者の筆頭として処刑されるだろうと、リベリオを含めた全員が覚悟していた。

「……陛下、罪は罪に御座います」

 絞り出すように娘への厳罰を望んだゴッフリートに、王は頷いた。

「ユリウスは優れていたが、それゆえに人が己と他人を比べることが分からなかった。いかに努力しても出来なかった者、元より出来ぬ者に理解を示そうともせず切り捨てた。ルクレツィアのような者は他にも居よう。善悪の判断が出来ぬ者が利用された時に利用された者だけを処刑してしまえばそれは、利用した者だけが得をする」

 時間が必要だと王は語った。そういった人々を保護する仕組みが、あるいは裁く法が必要なのだと。

「私の代で法を作り終えるかは分からぬ、マリアーノ達の時代で変える必要も出てくるだろう。それまで、ルクレツィアの身は城で生涯預かろう」

 表立って喜ぶことは出来ない。それでも、ルクレツィアの両親と子は深く頭を下げた。


「そして王妃暗殺を目論んだ身内を討ったリベリオ・ローレ公爵並びに、ステラ・ローレ公爵夫人に褒賞を授ける。両名、望みのものはあるか?」

「先ほど公爵位を賜りましたが……」

「リベリオ君、処罰をもらって喜ぶ人?」

 罰をもらって喜んだわけではない、褒美をもらう資格がないと思っていただけだ。そうリベリオは思ったが、もちろん口には出せなかった。

「良き働きをした其方らへの褒美だ。それこそ目眩しにもなろう」

 ステラとリベリオは顔を見合わせる。正直なところ、この結果とその言葉だけで色々なものが報われた気がしている。

 この上、何か欲しいものがあっただろうか。困惑する二人を見て、王は少しばかり苦々しく笑った。


「口に出せぬ願いは膿む。どのような他愛ないことであっても、望みは口に出し、ときに人の手を借りながら叶えるものだ」

 ユリウスのようにはなるな、と聞こえたような気がした。

 

「ならば、ひとつ――」


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