第4話
火柱があった。
第一印象はこれだ。成人男性一人くらいの大きさの丸太を炎上させたら、こういう炎の塊になるかもしれない。
「火事?」
いち早く消化器を探す俺。そこで汗かきマシーンから我に返るミツル。
「ロミーネ……」
マオのつぶやきに、二人揃って反応した。
炎の塊から手足が生えた。と思えば、前傾姿勢になり、さらに猛獣の頭部のような造形ができた。
ライオンが炎上でもしたらこうなるかもな。
「敵? モンスター?」
「だろうな」
チュートリアル入ったかー。もう少し後にしたかった。こっち丸腰だし。
《貴様ら、その娘をどうするつもりだ》
あ、喋った。どっから声出してんだこいつ。
「あ? 街の案内させんだよ――――いって!」
俺は思わず肘でバカなギャルのわき腹を突いた。
「バカタレ! 正直に話すやつがあるか。『たまたま迷い込んでお世話になってました』とかごまかせ」
「こんなところまで来てそんなので騙せるわけねえだろ……」
《この賊が! 消し炭にしてくれる!》
燃えるライオンが文字通り火を吹き、十数メートル離れてるこっちまで熱くなってくる。物理的な意味で。
アカン、これ強制バトルや。
「おいチャラ男、このあとの展開は」
「チャラ男言うな。まあ見た目はともかく、丸腰だけど倒せる程度の雑魚だ、こんなの。そこから戦闘のイロハをだな」
この手のは最悪素手でもなんとかなる強さと相場が決まってる。
《我は魔王四魔精――――灼熱炎魔! 我が炎が貴様らを一片残さず焼き尽くしてくれる!》
初手からヤベーのが来た!
「おい、本当に倒せるのか」
「ままままま、待て。まだ慌てる時じゃない」
「おい、膝が震えてるぞ。ビビってのか」
「ビビビビビー!」
「言語能力まで失ってんじゃねえよ!」
頭をはたかれて、少し落ち着いた。落ち着け。落ち着くんだ。これはあれだ、強そうに見えてワケあって弱体化してるとか、ブラフで大ボラを吹いてるとかそういうアレ。
実際やってみたら大したことないコケオドシさ。
「いいか、作戦を話す。まずお前が囮になる。その間に俺がマオを連れ出す。以上だ。健闘を祈る」
「潰すぞテメェ」
「しかたねえだろ。入り口あいつが塞いでんだし、誰か捨て石にならんとにっちもさっちも」
「さらっとアーシを捨て石にしてんじゃねえ!」
などとグダグダやっていたら、どうも時間を無為に過ごしていたらしく、それはつまり相手に攻撃のチャンスを与えていたわけで……
まあ、言ってしまえば先制攻撃を決められたわけだ。
その威力は、この黒ギャルが更に黒くなるだけだろうと俺がたかをくくったのとは比べ物にならない威力であった。
だって眼の前を火の海が迫ってくるんだもの。
火炎の津波とでもいったところか。
いや、これ避けるの無理じゃね。
「あっつ! どうすんだよこれ!」
「え? なんだって? 身を挺して俺たちを守ってくれるだって?」
「言ってねえよ!」
難聴系主人公を装って俺がミツルを盾にしようとする。
その前を、ローブがよぎった。
「……ごめんなさい」
難聴ではない俺は少女の呟きを聞き逃さなかった。それから彼女はすっと杖を目前に迫る大火事――その先にいる炎の主に向けた。
「〈フリーエル〉」
魔法の存在を――少なくともこの世界にはそれが確かに存在すると――確信した瞬間であった。
あれだけの脅威であった火炎は雲散霧消し、残ったのはわずかな煙と氷漬けになった火だるまライオンだけであった。
「行きましょう」
マオの言葉に、俺達はただうなずくことしかできなかった。
この絨毯、耐火性だったんだな。
そんなことを考えながら灼熱なんちゃらの氷像の横を通り、大広間を出た。
そこから先も、なんのかんの苦難はあったが、大したことではなかった。罠にかかりそうになったり、まるで迷宮のような通路に遭難しかけたり、それくらいだ。
二〇メートル近い門をマオの杖の一振りで開けて、俺達はようやく外へ出た。
「いやー大冒険だったな」
しみじみと振り返る俺の背中の袋で、がしゃりと重々しい音が鳴る。道中で拾ったアイテムの数々である。
「アータこれじゃ本当に賊じゃん」
「いいんだよ。マオが良いつってんだから」
「はい。どうぞ」
「あざーっす!」
槍だの爪だの笛だの剣だのあったが、どれも装備できなかった。レベルかジョブの問題かもな。とりあえず売って軍資金にしよう。
「ここの近くだと……スラーオという街が近いようです」
家から持ち出した地図をマオが見せてくれた(ちなみに地図は三枚持ち出したので全員分ある)。地図はわりと大雑把というか、ざっくりした縮尺だったが、マオの家があれだけデカいおかげで位置関係がわかりやすい。
「で、マオが行きたい場所ってどこだ」
「王都ビギンです。そこで国王陛下に謁見したいのです」
そこはそんな大雑把な地図でもかなり離れていた。ということは、結構な距離だな。
「遠いけど、そのうち着くさ。頑張ろうぜ!」
「はい!」
まあ時間なんて腐るほどあるんだ。気長にいこう。
元気よくうなずくマオを見て俺もうんうん頭を揺らす。
「よし、とりあえずスラーオとやらへ行こう。先導は頼んだぞ」
「任せてください!」
ウキウキで歩き出す箱入り娘は微笑ましいな。
で、
「お前はまた固まってるんか」
手にした地図と背後のマオ家を交互に見て汗をダラダラしてるミツルの腕を引く。
「ほらキリキリ歩け。捨てていくぞ」
「あ、ああ……」
「歩きたくないとか言うなよ。街についたら、こいつら金に替えて馬車でも調達してやるから」
「ずいぶん高そうな武器だと思わないか」
俺が担いでる袋の中身のことだろう。
「あんな大豪邸だからな。そりゃ宝の山だろう。それ狙いの空き巣や強盗の忘れ形見かもな」
「あの四魔精とやらは」
「まぁ春になれば出てくるんじゃねえの」
この世界に四季があるかは知らんが。
「……まあいい」
何かを諦めたような黒ギャルは、俺の隣を歩き出す。
「それで、街に行ったら何すんだよ」
「とりあえず職業決めなきゃな」
「勇者じゃねえのか?」
「勇者や魔王は名誉職……称号みたいなもんだ。それとは別にれっきとした職があるのだ。まあ、最初は武器屋行って気に入ったの見つけて当座の職業決めてジョブチェンジするさ」
「あっそ」
せっかく教えてやったのに何で塩対応なんだよ。これだからギャルは嫌なんだ。デートとか行っても興味なさそうにスマホいじってんだろ?
「そういえばスマホは?」
「圏外に決まってんだろ」
ざまあ。
そういえば俺のスマホってどうしたっけ。高校の入学祝いで買ってもらってそれから……どうしたかな。たしかちょうど新製品が入ったとかで店員に勧められて、一緒にスマホケースも買わされたんだよな。『一〇〇年先でもあなたのスマホを守ります』とかなんとか眉唾ものな売り文句のやつ。スマホより持ち主の方を守ってもらいたかったぜ。ぼんやりと覚えているのは、そのケースをスマホに装着して、その内側に……
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