第3話
『世界は大きく二つに分かれていた。
魔物を主とする魔族。
人間を主とする人類。
人類は勇者を象徴とし、魔族は魔王を頂点とする。
解決を見ることなく、互いに血を流し続けた歴史が今日まで何百年と続いている』
……らしい。
どうにかこうにかマオから聞き出した話をまとめるとこうだ。うむ、実にテンプレだ。
「で、どうするんよ」
「何はともあれ街にでもいくさ。……少し休んだら」
ごろんと寝返りをうつ。マオのほっそりとしつつも柔らかいお腹に顔をあてて「んごごご」もうこれだけで転生したかいがある。
「テメェ。とっとと行くぞ」
「ぐえー」
ミツルに首根っこを掴まれて引きずられる。こいつ的には俺を戦場に放り込んだ方が好都合だもんな。
「マオ、案内しな」
俺が言うのもなんだが馴れ馴れしいなこいつ。今会ったばかりなのにマオを顎で使ってやがる。ギャルの距離感ぱねぇ。
「あの、でも私には仕事が」
「仕事?」
かわいそうに。その歳でもう社会人か。新人のOLとして日々苦労してるんだろうな。俺は不意に目頭が熱くなった。
「はい。どなたかがいらっしゃると大広間で座って待機していたり、どなたもいらっしゃらなければ魔法の練習をしたり。たまに杖の手入れなんかも」
天下りかな?
出そうだった涙が引っ込んだぞ。
「じゃあヒマなんでしょ。付き合いな」
「でも」
「行こーよー」
ここはこのギャルの話に乗っかろう。マオいないとにっちもさっちもいかないし、このギャルと二人で珍道中とか誰得だ。そしてなにより俺の冒険には癒やしとぬくもりが欲しい。
「どっか行きたいところないの? 一緒に行こうよ」
別に急いで魔王倒しに行かなくてもいいし。あくまで魔王倒すつもりですという建前だ。目的もなくプラプラしてますじゃ体裁悪いし。
とりあえずこの世界に慣れるところから始めないと。俺が本当にやりたいことはそのうち見つかるさ。
「でしたら……」
立ち膝になったマオは少し考え込むように――苦悩するように顔を伏せる。やがて何かを決意したような瞳を見せて立ち上がり、
「行きたい場所があるんです」
熱と力のこもった声で、
「そこになら、きっと私の求める答えがあるはずなんです」
俺はそれに笑って応えた。
「行こう!」
彼女の願いを自分が叶えられるかもしれない。それがなんだか嬉しかった。自分でも役に立てるんだと――今度こそ、誰かに必要とされるんだと期待した。努力の方向性を間違えずに済むかもしれないと期待した。
それがとんでもない選択であったと、
それでも一切後悔することのない選択であったと、
後の俺たちは知ることになる。
「部屋を出ますと廊下がございます。そちらを抜けると大広間に出ます。今の時間は巡回している者も特にいないので、そのまま出られると思います」
まるで空き巣だな。……いや、空き巣だわな。
マオを先頭に抜き足差し足忍び足で部屋を出る。マオの部屋を見てなんとなく察したが、ここはかなりのお屋敷のようだ。デザインやインテリアからして一般庶民など望むべくもないものばかりだ。これが上級国民というやつか。
「こんなコソコソ行かなくてもよくない?」
ヒソヒソとミツルが話しかけてきた。
「別に遊びに行くくらいいいじゃん」
「バカタレ。お前と一緒にするな。どう見ても家からろくに出たこともない箱入り娘だぞ。見つかったら即連れ戻されるに決まってる。場合によっちゃバトルが発生する展開だぞ」
「ハァ? バトりたくねえし」
「だろ? 俺らなんてまだ装備どころか自分のアビリティやステータスもわかってないんだぞ。チュートリアルバトルするにしても、もう少し先にしとくに越したことないだろ」
ここがゲームと違うところ。さすがにある程度の展開は俺の選択でどうにかなるはず。もっとも、さっきは選択する暇もなく死にかけたが。
「こちらが大広間でございます」
マオが人差し指を自身の唇に当てつつ、もう片方の手でゆっくりと重苦しく分厚い扉を開いていく。
体育館を思い浮かべてほしい。そこに赤絨毯を敷き詰めて、バカでっかいシャンデリアを吊るす。壁にはご立派な絵画や石像が並んでいる。
大広間は、そんな感じであった。
ここ、本当に民家?
マオは誰もいないことを確認してから、ここからほど近いところに置かれた椅子に駆け寄る。今いる位置は向こう側にある扉からでは椅子が影になっていた。つまり、マオの部屋への扉は隠されていて、向こう側の扉を開けても見えない位置取りだ。要するに、来訪者が使うであろうドアから入ってきても、マオの部屋に通じる扉がどこにあるかは一見わからないのだ。
「ここにいつも座っているんですよ、私」
ぽんぽんと叩いて自慢げである。たしかにその椅子は大層立派であり、自慢したくなるのも頷けた。大きさはもちろん、背もたれや肘掛けにこれでもかと施された彫刻。造形もこれまた高名な芸術家がいかにも腕を振るいましたといったたたずまいで、クッションも高そう。骨組みの部分は全部純金か? さすがにメッキではないだろうし……
「おい、どした」
ふと横を見ると、ミツルが固まっている。ついでに言うと、ダラダラと汗を流して椅子とその主を見ている。
「貧富の差でも感じてんのか。お前の家って見た感じ狭いし『THE・和』って感じだったもんな」
「そうじゃない……」
「?」
「いや……なんでもない……言ってどうなるものでもない……」
ああ、そう。
さてどうすっかな。ここらへん漁ったらなんかアイテムありそうだな。マオの部屋ではさすがに自重したけど、先のこと考えると、ここらへんで金目のものでもいただいて……
俺が名実ともに空き巣として金策に走ろうとしていると、奥の扉が乱暴に開いた。オイオイオイ誰か来たぞ。
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https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593
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