第30話
「で、これからどーすんだよ」
満腹になって落ち着いたのか、つまようじでシーシーしながらミツルが言う。品のカケラもない。おっさんかこいつは。
「王様に会いに行くしかないだろ」
席にはついたが飯にはまったく手を付けていないマオを俺は見る。
「他に行くあてはないしな」
本来は王様のいるビギンとかいう街に行くのが目的だったわけだし。当初のルート通りだ。
「もともとは国王陛下に謁見し真相を究明するつもりでしたが、やはりこうなると仔細を報告して……」
「なんとかしてもらうしかないな」
マオは小さく首を振った。宗教をぶっ潰すのは国家権力と相場は決まっている。
「王様にチクりねぇ」
飯食って眠くなったのか、ギャルの皮をかぶったおっさんはダルそうな伸びをする。
「それでうまくいくっての?」
「波風は立つだろうさ。あとは出たとこ勝負だ」
正直、うまくいくとは思えない。あの総教皇が政治サイドに手を回していないはずがない。しかしマオの手前、ネガティブなことは言えんのだ。
「あのソーキョーコーとかいうオヤジ倒した方が早いんじゃねえの。口先だけで弱そうじゃん」
「できるかそんなこと。この街すべて敵に回すことになる」
総教皇本人の戦闘力は大したことがないとしても、勇者を筆頭とした教団の戦力をそのまま相手にすることになる。ただの自殺行為だ。
「そこいらのドラマと違って運良くあのオヤジだけ倒してエンドロールってわけでもないしな。実際の物語はそのあとも続くんだから」
「そういうこと。出発は夜が明けてから。こっそり行くぞ。異論はあるか?」
「え? 朝風呂」
「解散! 就寝!」
なんか言ってるミツルをそのままに、俺は明かりを消してカーテンを閉めた。ちなみにこの部屋は大部屋にあたるらしく、ベッドは四つあった。今俺たちがいる研修区画は、誰も研修に来ていないため、全部の部屋使い放題である。さきほどゴロ寝していた個室に戻ってもいいが、孤立したところを襲われたらたまったものじゃない。早朝に抜け出す以上、なるべく固まっていないとな。
…………。
…………。
…………。
眠れねえ。
つうかよく考えれば、総教皇のお目こぼしがあるというだけで、いつ消されてもおかしくない立場だよな俺たちって。あんなベラベラとネタばらしするなんてどう見ても死亡フラグだよな。かといって夜逃げはリスクが高いし逃げ出すなら明るくなってからだ。あ、そういえば逃げる理由がさっき増えたな。まあ俺がやったとバレることもないか。多分。
とりあえず今後は馬車も使えんから、徒歩でいくしかないな。あーめんどくさい。セグウェイとか発掘できんかな。最悪自転車でもいいから……
俺がこれからやる羽目になるであろう早朝徒歩旅行に気を重くしていると、被っている布団がめくられた。かと思えば、俺が横臥しているところを背後から抱きすくめられた。いやー。夜這いよー。
「お邪魔します」
「お邪魔されてます」
耳元でささやくマオの声に身じろぐ。耳に唇があたってくすぐったい。推定年齢JKのあれこれが当たって柔らかい。
「男の人ってがっちりしてるんですね」
「鍛えてますから」
鍛えてたらこんな窮地に立っていない。
ようやく悟ったんだが、この子には男女のあれこれといった感情はないらしい。あの環境じゃそれもそうか。同年代の男子なんて未知との遭遇だろう。スキンシップに飢えているんだろうな。こらこら足を絡めるんじゃない。男は狼なのよ気をつけなさいと。狼くらい返り討ちか。俺にしたってこの子の過去が重くてそんな気にならんし。
「あれから、ずっと考えていました」
声は相変わらず暗い。この街に来てからずっとそうだ。旅館のあたりからマオのテンションの乱高下がすごい。グラフにしたらきっとジェットコースターみたいな軌道を描いてる。
「総教皇猊下の言っていることは、正しいことだと思うんです。誰かを犠牲にして皆が生き残れるなら、その方がいいんです」
「…………」
肯定してほしいのか、否定してほしいのか、わからなかった。お前の両親の死は無駄ではなかったと、それともそんなのおかしいと。
「でも、残された家族は割り切れないと思うんです」
自分もそうだから、と言外の含みがあった。
「どうして家族が死ななきゃならないんだろうって、どうして他に方法はなかったんだろうって。どうして……」
少し長い間。ややあって、重たい何かを引きずり出すように、
「どうして他の人じゃないんだろうって」
言ってから清々したのか、それとも後悔したのか、懺悔のような声は止んだ。
「そうだな」
代わりに俺が話すとしよう。
「赤の他人なら、それでよかったんだ」
見ず知らずの人間がどれだけ犠牲になろうと――そりゃ建前では怒りや悲しみはするだろうが――心は痛まない。
これが総教皇の人身御供がいつまでたってもなくならない原因であろう。いなくなっても大勢に影響のない人材を的確に犠牲としている。そこに一切の忖度や慈悲はない。これまでだって、理不尽な処刑はいくらでもあったはずだ。それを調べれば、疑問の一端にだってなったはずだ。でも皆そうはしなかった。
規範たる宗教の判断。わかりやすい必要悪。
そのもっともらしい流れに黙っていれば、自分の平穏と幸福は約束されているのだから。
「でもこうも考えられる」
ここで発想を転換してみる。
「『自分が犠牲になれば家族は助けられる』、もっと言えば、『自分が犠牲になることで世界は救われる』」
そういう自己犠牲。
「俺もマオが救われるなら、そうするかな」
「嫌ですやめてください」
抱きしめが強くなったな。うーむこの密着感オーイエス。
「そうならないよう守護ってくれ」
切実である。
「それで、これからどうするね」
道筋は立てたが、マオの心のうちを知りたい。当人もしっかり悩んだようだし。
「あなたの言う通り、王都に向かうべきだと思います。それに」
そこでようやく、マオの声がわずかに弾んだ。
「私はまだ、いいえ、もっと冒険がしたいです」
「わかった」
本心からの言葉と受け取った。
「進むにしても戻るにしても、行きたい場所があるなら俺に言え」
俺の胸に回っている手を握る。
「俺が手を引いてどこへだって連れて行ってやる」
やっと定まった努力の方向性。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
その疑問はもっともだ。俺も同じ立場ならそう言う。
「そりゃあれだよ」
他にこれといってすることもないというのもあるが、一番しっくりきてもっともらしいのは――――
「友達だからな」
なんともありふれた陳腐な理由だが、正直そんなくらいの理由なのだ。
初めて出来た友達。ずっと欲しくて手に入らなかったもの。
「友達が困ってるのは見過ごせないだろ?」
「よくわからないですけど」
ごっ。俺の後ろ首に頭突きされた。さっきといい、感情が高ぶるとこういうことする癖でもあるのだろうか。なんか硬い骨みたいのがゴリゴリ当たってるんですけど。杖かこれ。
「よく眠れそうです」
快眠は結構なことだが、ここで寝るつもりだろうか。
「とりあえず、何を拾うか何を捨てるか選び続けろ。多分それが、生きるってことなんだと思う」
俺は身の丈に合わないものを拾おうとして――何かを捨てきれずにしくじった。何も選らばなければ傷つかないが、何も手に入らない。何かを残したまま手を伸ばせば、その手からは何かがこぼれ落ちる。
「私はもう充分すぎるくらい、欲しいものは手に入りましたよ」
それを最後に、小さな寝息が聞こえてきた。
さて俺も……
…………。
…………。
…………。
「アータそのクマどうしたの」
「やかましい」
まあ寝れるわけないよねー!
首筋に艶っぽい吐息は掛かるわ、心音が背後から直で伝わるわ、あっちこっち柔らかくて色っぽいにおいがするわ、人体各所ギンギンなんだわ。
「目が真っ赤っていうか、血走っててキモコワ」
眠い目をこすってあくびをするミツルは俺から距離を取る。
「気にするな。それよりシーツの端とカーテンの端を結んでロープ作るぞ」
「なんで」
「窓から逃げるからだよ。あと金になりそうなものも少々いただいて」
「勇者の冒険ってやっぱ空き巣のことじゃねえの?」
あきれた顔してるミツルをよそに、俺は窓を開けた。ああ、なんて眩しい朝日だ。まるで俺たちの前途のようではないか。
ご覧いただきまことにありがとうございます。
続きを今すぐ読みたい方はカクヨム様にて発表しております。
https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593
改稿前のため一部相違があることご了承ください。
アルファポリス様にて完結済みの作品もございますので、こちらもよろしければ(https://www.alphapolis.co.jp/novel/894051961/715519645)。
今後の予定や現在の情報はホームページを中心に更新・掲載していきます。また、今後は外伝や作品解説等のホームページ独自のコンテンツも充実させていきます。ご訪問お待ちしております。
ホームページ:成実ミナルるみなの徒然なるままに(https://naruminarumina.com/)
最後に、改めてご覧いただきありがとうございます。本作品を大なり小なり評価していただけるのであれば、ブックマーク・☆☆☆☆☆による応援よろしくおねがいします。とても励みになります。
それではまたどこかで。




