作者が見た一つ目の夢のお話
多少は脚色を加えましたが、基本的には夢の内容を言葉にしているだけなのでよく分からない話です。ご了承下さい。
そこは大海原のただ中だった。未明の海は冷たく澄んだ空気をしていて、乳白色の濃霧に覆われていたため、一寸先も見通せないような状況だった。
そこに一艘の丸木舟が浮かんでいた。それは漁船だった。中には若い男女が乗っていた。質素な着物を身にまとっている。二人は網を広げて作業に勤しんでいた。
「ねえ…。」
どこからともなく声がした。微かではあったが、凛と通る声だ。幼い男の子の声のようだった。女は周囲を見渡した。誰もいない。
「どうした?」
男が尋ねる。女は訴えた。
「今、男の子の声が…。」
男は耳を澄ませるが、何も聞こえない。
「気のせいだろう。」
男はさほど気にも留めずに言った。男が作業に戻ったことで、女も渋々作業に戻った。
「聞こえているんでしょう。」
再び声がした。先程より大きい声だ。女は声のした方を見つめる。
「また聞こえたわ。」
「いい加減にしろ。こんなところに子どもがいるはずない。」
男は苛立った口調で言った。
「でも…。」
「聞こえているなら、返事をして。」
今度ははっきりと聞こえた。女は迷わずに答えた。
「聞こえるわ。私は此処よ。」
目の前に男の子が現れた。かなり小さな舟に乗っている。七歳くらいの可愛らしい少年で、静かに微笑んでいる。育ちが良さそうな少年で、明らかにこの場に不釣り合いだ。神秘的な雰囲気がある。
「誰だ?」
少年は男の質問を無視した。それどころか、その存在を認識していないようだった。
「これ、欲しい?」
少年は徐に何かを取り出した。金色の柔らかな絹玉だった。あまりに柔らであまりに淡い色合いだったため、存在感そのものが希薄なほどだった。二人にはそれを少年が何処から出したのか見えなかった。
「頂戴!」
女は大きく笑った。舟から身を乗り出さんばかりにして手を伸ばす。少年は微笑んだまま絹玉を二人の丸木舟に投げ入れた。女は早速手に取ってみた。重さを全く感じさせないくらい軽やかで、水のように滑らかだった。
「もっと欲しい?」
少年は歌うような調子で尋ねる。女は絹玉を両手で大事そうに包み込み、目を逸らさないままで答えた。
「ええ。」
少年は再び絹玉を何処からか取り出し、丸木舟に投げ込んだ。そして再び絹玉を掲げた。
「頂戴!もっと、もっと!」
女は叫んだ。その度に少年は絹玉を放り、丸木舟の中には音もなく金色の絹玉が積もっていった。男はこの状況が不自然だと感じていた。
「もうやめろ。十分だ。」
男は女に声を掛けたが、女は目の色を変えて食い入るように絹玉だけを見ていた。男の制止など聞こえないようだ。男は女の肩を掴み、揺するが、それでも女は絹玉をせがみ続ける。男は女の顔を覗き込んでギョッとした。女はみるみる老いていた。絹玉が入ってくるたびに年を取っていく。
「もうよせ!このままじゃ…。」
絹玉は丸木舟の中で溢れんばかりになっている。女はしわがれた声で追加を求め続ける。少年は愛くるしい笑顔のままで絹玉を放り続けている。
「もっ…と。」
女は乾いた声を出して倒れた。その姿は既に老女になっていた。髪は白く、歯は欠け、皺だらけで痩せこけている。男は慌てて抱き起こすが、最早息がなかった。
「おい、しっかりしろ!」
少年は無邪気に笑い声を立てた。男は少年の方を振り返ろうともしなかった。嘆きの声は何にも遮られることなく波間を抜けていった。
少年は霧に溶け込んで姿を消した。金色の絹玉は舟が揺れた拍子に溢れて水面に落ちた。その絹玉は水面に触れた途端にアイスクリームのように溶けて広がっていった。滑らかな液体となり、微かな日の光を反射して涼やかに光っていた。
日本昔話か。というのが当時の感想でした。不思議な雰囲気はありますが、欲を出すと足元を掬われますというだけの内容のない夢でした。まあ夢なんてこんなものですよね。