第三十三章 千影、魔王に会う①
忍びの朝は早かった。
千影がつい先ほどまで蛍の冗談にならない話を聞き流しながらウトウトしていたら、もう夜が明けた。
だが、この拝殿の奥の間は光ひとつない部屋だったので、ずっと真っ暗闇のままだった。
千影が体を丸めて寝入っていると、突然、壁でもぶち破られたのかというほどの衝撃音とともに、覆面忍び姿の蛍が入ってきた。
「千影!いつまで寝ているんだ!下界の人間たちは金縛りにかけて時を止めているが、時間軸のない魔界はどんどん拡大している。
早く下界に降りないと、集めたヤンキーの元気だけじゃ足りなくなるぞ!」
千影は飛び上がって起きたが、まだ頭が起きていない。
枕元にすっかり溶けて固まったロウソクの跡をぼんやり見つめて、自分はすっかり寝ていたことに千影は気づいた。
千影は蛍に言われるがままに忍び装束に着替え、腰に村雨丸をしっかり差すと、拝殿の外へ飛び出た。
そこには、色とりどりの蝶が春の花の蜜を吸いながら舞う中、忍び一行がすでに拝殿前に待機していた。
千影は慌てて拝殿から降りると、伊賀組の一番後ろに並んだ。
すると、長門守が険しい表情で忍び一行の前に出てきた。
そして、咳払いをひとつすると「さぁ、行ってこい!」と、たった一言、そう言った。
すると、忍び一行は一斉に頭を下げ、音を一切立てずに一瞬で姿を消し、その場に千影と蛍だけが残った。
千影は何をしていいのか分からずうろたえていると、厳しい表情の長門守が千影の目の前までやってきた。
千影は怒られると思い、肩をこわばらせて目をつぶった。
「千影」そう言うと、長門守が千影の頭に大きくて分厚い手を置いた。
「精一杯、頑張ってこい」
そう言ったので、千影は目をゆっくり開けて目の前を見た。
すると、そこには、暖かく微笑む長門守の顔があった。
その顔を見た千影は何だか心が暖かくなって、俄然やる気が湧いてくる気がした。
「うん!じいちゃん!俺、頑張るよ!」
千影は嬉しそうにそう答えると、長門守は小さく何度も頷いた。
「それでは、行って参ります」
千影の横で蛍は長門守に向かって頭を下げた。
すると、長門守は蛍の頭にも手を置いた。
「蛍、お前にはずっと苦労かけさせてしまったな。
これからも千影のことをよろしく頼む」
そう言うと、蛍の頭をまるで小さな子どもにするように撫でた。
蛍は少し恥ずかしそうに戸惑いながらも「はい」と返事をした。
千影はその光景を見て、少し胸がくすぐったくなった。
蛍は千影の手を握ると、また、時空のトンネルへと入っていった。




