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第三十一章 木火土金水の試練(土気の試練)⑦

 千影は一瞬、ぎゅっと目をつむり、再び開けると、土俵は土煙が吹き荒ぶ乾いた大地に変わっていた。

遠くに見える山々もただの土塊が転がっているだけのようだ。


「ここは、私たちしか存在することのできない、土気の世界」


突然、真横から声がしたので、千影は煤けた顔のまま、慌てて村雨丸を構えた。

そこにいたのは、“土の陽”と書かれた半紙で顔を隠す忍び。

その忍びは半紙を外して顔を出した。

それは、ヒバリであった。


「大丈夫よ。私はアンタとは戦わない」


ヒバリは村雨丸の刃を指先で押して刀を下げさせた。


「下界で魔封印が破られたから、この土気の世界も、陰陽のバランスが崩壊してしまったの」


千影は未だにガッチリと村雨丸の柄を握りしめたまま、荒廃したヒビだらけの大地をぐるりと見渡した。

生命の気配が全く感じられない。


「土気は万物を破壊、荒廃させ、死に至らしめる。その一方で、万物を生み育む。

土気は、五気の真ん中に位置する気、五気の王なの。

あらゆる植物は土があっての生命。

金は鋳型がなければ形をなすことはできず、水も土がなければ止まることができず、火も土なくして燃えることができない」


ヒバリはそう言うと、千影の横顔を見た。


「魔王を倒し、世を元に戻す」


千影はヒバリの顔を見た。

ヒバリの大きな瞳から放たれる眼光は、千影の心を魂ごと射抜くほど強力であった。

弱い心を一瞬で全て見透かされたような気がして、千影は臆病な自分をひどく恥じた。


「村雨丸はね、世界を元に戻す、最後の希望の光なの。

そして、村雨丸の使い手は、皆の願いを叶える者」


ヒバリはそう言うと、村雨丸を握りしめたままの千影の右手を両手で包み込んだ。


「だから、お願い。この世が魔物に屈しない、強い世界にして」


ヒバリはそう言うと、千影の手に自分の額をつけた。


「村雨丸は千影くんのものだけじゃない。みんなのもの。

千影くんたった独りで魔王に立ち向かうんじゃない。

みんながあなたに付いているから。

だから、みんなを信じて。

この刃を直接振りかざすのはあなたしかできない。

でも、千影くんを私たちは命をかけて支えるから、あなたは堂々と魔王に立ち向かって」


ヒバリはそう言うと、顔を上げ、千影の顔に近づいた。そして、千影の頬にキスをした。


「ヒ、ヒバリさん!?」


千影はキスをされた頬を手で押さえてヒバリの顔をまじまじと見た。

すると、ヒバリはクスクス笑っていた。


「今のは、ちょっとだけ、土気の陰陽のバランスを整えたの」


ヒバリは千影の足元を指差した。

千影は下を見ると、足元の乾いた大地の割れ目から小さな緑色の芽がひとつ、出ていた。


「えっ、これって、もしかして、今、ヒバリさんがやったの?」


そう言いながら顔を上げると、千影は、元いた土俵の真ん中に突っ立っていた。


(今のは……幻か?)


千影はヒバリにキスをされた頬をさすった。

生まれて初めて女の子の唇に触れた千影。

キスをされた瞬間の感触と温度は頬にはっきりと残っていた。

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