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第四章 忍者と写真集の約束①

 あくる日、千影が目を覚ましたのは、太陽がもう西側へ傾き始めている頃であった。


「あれは……夢だったのかな」


ポテチの空き袋が散乱するベッドの上で仰向けになったまま昨日の晩のことをぼんやり思い出していた。


(忍者が四人。あまりに非現実的な世界で、おおかた俺は嫌われ者のようで、それで……)


そう考えながらふと時計を見た。


「あーあ、けっきょく俺って、こうなんだよなぁ」


高校こそは、初日から休まず毎日登校すると決めたはずであった。

千影の高校の合格通知を聞いた祖母は手をたたいて喜び、仏壇の上に飾ってある、仙人みたいに眉も髭も真っ白で厳しい表情をした千影の父方の祖父と、柔らかな微笑みをたたえた母親の二人の遺影に向かって長々と手を合わせていた。

その姿を見て、千影は心に強く決めた。“今度こそ、ちゃんと生きよう”と。

だが、それは登校二日目であっさりと崩れ去ってしまった。


(今から学校に行ったって、どうせ、またあの双子のヤンキーたちにいじめられるだろうし、だいたい、あんな不良だらけの教室で、まともな授業が受けられるとは思えない。あーあ、どうしてあの時、ちゃんと勉強してもっと真剣に高校選びしなかったんだろう……)


千影は背中を掻いた。


「あぁ、そうか。こうなったのもやっぱり、忍者のせいだ」


千影はあれこれ考えることが面倒になったので、また二度寝をしようと、ポテチの袋とふとんを蹴飛ばして横に寝返りをうった。


「おい、千影。コラ!起きろ!」


「うーん、うるせぇなぁ……」


「おい!」


「学校は……明日からちゃんと行くから……勘弁してよ」


「何を寝ぼけたこと言ってる!いいかげん起きろ!」


とつぜん、千影は、何者かに胸ぐらをつかまれて引っぱり起こされた。


「へ?ばぁちゃん?」


千影のぼやけた視界には、祖母の顔ではなく、今にも千影をぶん殴りそうなほど怒りに満ちた黒い覆面忍者の顔が映っていた。


「うわぁぁぁ!ほ、蛍!ど、どうしてこんなところに!」


千影がこう言うと、蛍は千影の胸ぐらをつかんでいた手の力を抜いた。


「お前、今何時だと思ってるんだ?」


「え?今?今は……その、昼過ぎの二時くらいかな……」


「違う!とっくの昔に日は暮れたぞ!」


「へ?」


千影は昼過ぎに目を覚まさした後、また二度寝をして今の今まで寝ていたのだ。


「昨日俺がお前に言った約束の時間、忘れていたとは言わせないぞ!」


「ヒィッ!そういえば……」


そう言った千影の顔はすっかり青くなり、あわててふとんへ潜り、何やら中をごそごそと漁って薄墨色の巾着袋を引っぱりだした。

その袋には、“忍者部”と白いマジックで雑に書かれてある。千影はその巾着の口を開けると逆さまにして中身を全て出した。

すると、中から黒い布と、紙切れが一枚出てきた。

千影はその紙切れを手に取ると、オドオドしながら蛍の顔と交互に見て、紙に書かれた内容を声に出して読んだ。


「ダイエット兼忍術の特訓について。その一、時間厳守。夜中の一時までに乾宮山の麓にある村正神社の第一鳥居前に集合すること……」


「千影、いま、何時だ?」


「えぇと、夜中の二時半です……」


「俺はなぁ、人気のない薄暗い村正神社の第一鳥居の前で、たった一人、二時間以上もお前のことを待っていたんだぞ」


「うっ、ご、ごめんなさい!」


「まったくお前ってヤツは……まぁ、いい。今日だけは大目に見てやろう。ただし、次はないからな。もしも、また明日このように寝坊して遅れて来たら、罰として通常メニューのランニングに、さらに三十キロ追加してやるからな!」


「ひ!ヒィッ!ごめんなさい!」


「あぁ、もういいから、早くその忍装束に着替えろ」


千影は慌てて忍装束を広げてみた。

だが、それは明らかに千影の体型では着ることのできない、Mサイズであった。

 

 

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