第二十八章 魔封印が破られた!①
色寂しくなった民家の庭や生垣に山茶花の白やピンクの花が咲きこぼれる頃、銀狼とめ組と卑弥呼、西町の三大ヤンキー集団は、西町の中央広場に一斉に集まり、同盟式を行うこととなった。
そこにはすでに、め組と卑弥呼と銀狼の集団が集まっており、その中心には、湊と蓮子が並んで立っていたが、ユキオの姿がなかった。
千影は時折吹く北風に身震いしながら、ユキオがまた体調を崩して寝込んでいるんじゃないかと心配していた。
すると、どこからか「遅くなった」と、落ち着いたユキオの声が聞こえてきた。
千影は声がした方へ振り返ると、そこには、ヒバリと同じ女子高のピンク色のブレザーに、銀狼のマトイを肩にかけたユキオが立っていた。
その姿を見て、「え゛ぇぇぇぇ!!!」と驚き声をあげたのは、千影と蓮子だけであった。
千影は慌てふためきながらユキオのそばに駆け寄った。
「ど、どうしたんですかその格好は!
こんな大事な日に、いきなり女装してくるなんて……」
千影がそう言うと、ユキオは目をビー玉のようにまん丸にしたが、たちまち天を仰いで笑い始めた。
「女装とは失礼だな、ニン!僕は女だ」
そう言うと、ユキオは千影に学生証を見せた。
そこには、髪が長い頃のユキオと、その写真の横には“筧雪緒”と、名前が書かれていた。
千影は大きなシンバルで頭を思い切り挟まれ叩かれたようなショックを受け、フラフラしていると、そんな千影を押しのけて蓮子が雪緒の目の前に立った。
「お前、女ひとりで銀狼を背負うなんて大したもんだ!
オレはお前みたいな強い女、大好きなんだよ!!!」
そう言うと、雪緒の小さくて華奢な肩をガッチリ組んだ。
「さ、早いとこ、同盟式を始めるぞ」
そう言って、赤いふんどし甲冑姿の湊が、雪緒と蓮子の肩を大きな手でがっしり鷲掴みした。
そのあまりにもシュールな光景に、皆、静まり返った。
(す、すげぇ絵面だな……)
千影が引いて見ていると、湊の斜め後ろからハルがこっそりと近づき、「湊さん、それ、セクハラですよ」と、ボソリと言った。
「お、おぅ……」
ハルの忠告を聞いた湊はパッと手を離し、その手を雪緒と蓮子に差し出した。
「これから、俺たちは力を一つに合わせて艮宮山の魔王退治に行くこととする。
決して裏切ることなく、互いに信じ合い、協力していこう!」
湊がそう言うと、雪緒と蓮子は湊の顔を見て頷き、それから互いの顔を合わせてもう一度頷くと、湊の手に手を重ねた。
そして、「オー!」と、三人が手を上に上げると、その周りを取り囲んで待機していた銀狼、め組、卑弥呼の全員が一斉に声を上げた。
千影も力いっぱい拳を天高く振り上げた。
その時であった。
悲鳴に近い声をあげて、レディースの格好をしたつばめが血相を変えて飛んできた。
「東町の風魔、荒神、アゲハの三グループが、こちらに向かって一斉に攻めてきます!!!」
「何だって!?」
湊が声を荒げて言った。
辺りの空気は一変し騒然となった。
千影は苦しそうに咳き込むつばめの背中をさすりながら、どうして急に攻めてきたのか?とか、これからどうしたらいいのか?とか、混乱してぐちゃぐちゃの頭の中を必死に整えようとした。
「テメェら!すぐに戦闘態勢に入れ!!!」
雪緒がマトイとプリーツスカートを翻しながら、ドスの利いた声で、皆に号令を掛けた。
すると、騒がしかった皆は静かになり、一斉に戦いの準備を始めた。
その様子を見て、千影は内心で焦りまくっていた。
(オイオイオイ!!!せっかく無血で同盟結べたのに、何とか、忍びの掟を守ってここまでやってこられたのに……。
ここで一戦交えたら、元も子もないだろ……。
このまま戦っていいのかよ、湊さん……)
周りで皆が武器を持ち、武装準備を進める中、千影は不安でいっぱいの顔を湊の横顔に向けた。
湊は眉間に深いシワを刻んで歯噛みしながら、東町の方を睨みつけていた。
そして、厳しい表情のまま、千影に目を向けると、「今すぐ逃げろ」と言った。
「え?どうして……」
「今すぐ逃げろ!!!甲賀組がお前を殺しに来るぞ」
千影は一瞬、ヒバリの顔を思い浮かべ、湊の言葉を受け入れられなかったが、首を横に振ってその思いを消した。
「湊さんたちも一緒に逃げないんですか?」
「俺たちは……もう、やるしか、ないだろう」
そう言うと、湊はそばにいたハルから、武器である鋼鉄の大軍配を受け取り、どっしりと肩に担いだ。
ハルも赤いふんどしをはためかせながら、鉄バットを手に持ち、「これで僕たちは立派な忍び破れですね」と憫笑して、め組の集団の中に紛れていった。
「そ、そんな……だったら、俺も一緒に戦う!!!」
千影はそう言うと、東町へ移動を開始した湊の後を追った。
そして、ちょうど艮宮山の前を通り過ぎようとしたその時、突然、背後から誰かにマトイの襟を強く引っ張られた。
バランスを崩して転んだ千影は「何すんだよ!」と言って後ろを振り向くと、そこには、銀狼のマトイを羽織り、黒いマスクで鼻から下を覆った蛍が立っていた。
「早く逃げるぞ!」
蛍は千影の腕を掴んだが、千影はそれを振り払った。
「やっと……やっと……みんなひとつになれたのに……どうして……どうしてだよ……」
そう呟くと、千影の目が急に虚ろになった。
ショックと混乱のあまり、千影は、今、自分は何をしているのか、自分は誰なのか分からなくなった。
すると、千影の体から、どす黒い湯気のようなものがユラユラ出てきた。
それを見た蛍は焦ったように駆け寄り、千影の両肩を鷲掴みして揺さぶった。
「千影!!!おい!しっかりしろ!!!自分を見失うな!!!」
すぐ近くの艮宮山が、ゴォォォーゴォォォーと激しく鳴いている。
まるで千影を呼び込むように。
蛍は、瞳孔を大きく開いたままぼんやり立ち尽くす千影の額に“不動明王、文殊菩薩、一字金輪仏頂”を意味する梵字を指先で素早くなぞり、自分の額をくっつけた。
そして、蛍はマスクを外し素顔を晒すと、目をつむり「テンゲメイゲンウンジョウキミョウチョウライ……」と、懸命に繰り返し唱えた。
これは、魔王の力を鎮める忍びの秘術であった……。




